回帰   byつう






ACT1



 もしかしたら、おまえが連れてきてくれたのかもしれない。
 東依。
 おまえは、最後まで会いたがっていたもんな。
『ずるいよ、セキヤばっかり』
 唇をとがらせながら。
『もう会えないのかなあ』
 西の空を見つつ、おまえはうそぶく。そのたびに、醍醐は「可能性はあるよ」と言っていたっけ。
 結局、会えなかったけど。でも。
 おまえ、オレを慰めようとしてくれたのか?
 だとしたら。結構、おまえもやるじゃんか。




 セキヤが弟とも思って可愛がっていた東依を亡くして、約一年。いわゆる「朱雀」の組織は過渡期に入っていた。
 あまりにも各国の情報機関の裏事情を知り過ぎたために、それをよしとしない勢力から敵対視されはじめていたのだ。その傾向は三年ばかり前からあって、各国に潜伏させていた仲間を軒並み失ったこともあった。
 このままでは、組織の基盤をおびやかされる。
 そう判断した「朱雀」は、いったんすべての活動を停止した。各国との連絡を断ち、自分たちを真に必要とするものを見極めるため、息を殺して情勢を探った。
 結果、仲間の多くを表向きの仕事に就かせ、中枢にいた何人かのみをもとの隠れ里に残したのだった。そして、いま。
 セキヤは森の国の宿屋で用心棒をしている。
 国境近くのこの町はあまり治安がよくないので、腕に覚えのある者には宿屋や酒場での働き口がある。セキヤは仲間の何人かをこの町に送り込んでいて、自分もときおり遊びがてらに日銭を稼ぎにきていたのだった。
「こんなのでカネもらって、悪いねえ」
 難癖をつけてきたヤクザ者を追い払ったあと。
 セキヤは申し訳なさそうに、宿屋の主人に言った。目の前には、めったに拝めないようなご馳走が並んでいる。
「なんのなんの。旦那がいてくれるだけで、うちはどれだけ助かってることか。どうか、気兼ねなくやってくだせえ」
 主人は、酒姫と呼ばれる酒席に侍る少年を呼び寄せた。
「このかたを、おもてなししてくれ。くれぐれも、粗相のないように、な」
 西方の出身であるらしい、薄い色の髪の少年がセキヤの側にすわった。
 ったく、気ぃ遣いすぎだっつーの。
 セキヤは苦笑した。
 主人はセキヤの性癖を考えてこういう処置をしてくれたのだろうが、いかんせん、セキヤの「好み」までは知らなかったらしい。
 できれば、黒髪の子がよかったんだけどな。
 そんなことを考えつつ、とりあえず酒を飲む。
 少年はまだ、十代前半といったところか。すでに何度か客をとったことはあるらしいが、それに慣れることも諦めることもできていないようだった。
 どっちかしないと、つらいんだよな。
 セキヤは思う。しかし、それは少年自身が気づかねばならぬこと。
 この商売をするからには、慣れて年季の明けるのを待つか、諦めてパトロンを探すしかない。
 この少年に、その勇気があるかどうかは疑問だった。自分の不遇にのみとりこまれているようならば、未来はない。
 セキヤは少年を抱かなかった。こんなやつに用はない。自分は、もっと手応えのあるやつがいい。
 翌日、主人はひどく恐縮したようだった。少年がなにか、気にさわることでもしたと思ったらしい。
「そーゆーことじゃないってば」
 セキヤはため息をついた。自分のせいで、あの少年が折檻でも受けてはたまらない。
「オレはねえ、黒髪の子が好みなの。これからは、そうしてねー」
 主人にそう言って、酒を注文する。
 しばらくのちに、黒髪の少年が隣席に就いた。どこから呼んできたのだろう。きのうまでは見かけなかったが。
 それを訊くと、少年はつまらなそうに、きのうこの店に売られたばかりだと告げた。
「ふーん。で、オレが最初の客?」
「そうだよ」
「オレ、初物食いじゃないんだけどね」
「それじゃ、ここの旦那にそう言ったら」
 そんなことはどうでもいいという口調。セキヤは笑った。
「いい度胸だねえ。んじゃ、お手伝い、したげようか」
 セキヤは少年を宿屋の二階に連れて上がった。そして、約三時間。疲れきって眠ってしまった少年を牀に残して、セキヤはふたたび一階の酒場に戻った。
 あれなら、まあ、そこそこ稼げるだろう。ああいう気の強いのが好きなやつもいるだろうし、体の方も悪くない。しばらくここにいるのなら、また遊んでもいいかな。
 そんなことを考えながら飲み直していると、カウンターの前にすらりとした黒髪の男が立った。
「酒と鶏肉の煮物。あとで握り飯と芋の味噌汁も頼む」
 へえ。まるっきりオレの好みじゃん。そのオーダー。
 そう思って視線を向ける。と、そこには、懐かしい顔があった。
「へっ……」
 思わず、声が裏返る。
 黒髪をきっちりとうしろで結わえ、簡素ながらも清潔な旅着を着た青年が、微笑みながらこちらを見ていた。
「黒髪さん……」
 信じられなかった。でも、たしかに彼がいる。
「あんた、生きてたのかい」
 セキヤは、なんとも間の抜けたあいさつをした。




 うみのイルカは、木の葉の国の中忍である。
 もっとも、彼自身は自分の名を名乗らなかったので、セキヤもずっと彼のことを「黒髪さん」と呼んでいた。
 下田部の荘で一緒に仕事をしてから、かれこれ六年ちかくたつ。幼さの残っていた顔はすっかり青年のそれになり、なにかしらの余裕さえ感じられる。
 いい男になった。任務一途で、自らをかえりみなかったあのころとはまったく違う。こうやって酒を酌み交わしながら、雑談ができるなんて。
「ほーんと、惜しいなあ。黒髪さんがヒトのものになっちゃったなんて。いまからでも、オレに乗り換える気、ない?」
 冗談まじりに、訊いてみる。答えはわかっているけれど。
「二股はかけない主義なので」
 イルカもセキヤの真意はわかっているのだろう。さらりと答える。
「いや、だからさあ。二股じゃなくて、鞍替えしないかって言ってるの」
 もうひと押し、してみる。
「それほど器用じゃありませんよ」
 またしても、するりとかわす。
 面白い。また、こいつと一緒に仕事ができるなんて、めちゃくちゃラッキーだよな。
 セキヤは上機嫌で杯を空けた。




 翌日、セキヤはイルカをともなって町を出た。山間部の村に戻る道々、今回の仕事の概要を聞く。
「つーことは、森の国と雲の国と、両方の布陣を変えなくちゃいけないわけね」
「時間がありませんので、雲の国だけでもいいんですが」
「大丈夫。まかせてよ。いまねえ、森の国でもひと悶着起こってるから、それをつつけば、簡単よー」
 くすくすと、セキヤは笑った。
 楽しい。こんなに楽しいのは、久しぶりだ。東依が死んでから、遊んでいてもいまひとつ面白味に欠けていたのだが。
 もしかしたら、おまえが連れてきてくれたのかな。東依。
 だとしたら、結構、おまえもやるじゃんか。
 雲ひとつない蒼天の下、セキヤは鼻歌まじりに歩いた。




 村に戻ったセキヤを、醍醐と加煎が出迎えた。
「こりゃまた、めずらしい客を連れてきたな」
「こんなことなら、きのう市に行ったときにもう少し上等な酒を買っておけばよかったですねえ」
「酒なら、あるよん。店からぶんどってきた」
 セキヤは布袋に入った一升びんを二本、加煎に差し出した。
「これはこれは。さっそく宴の用意をいたしますね」
「あの……」
 イルカが心配そうに、口をはさむ。
「あまり時間がないんですが」
 期限は五日。たしかそう言っていた。が、セキヤは三日で方がつくと踏んでいた。
「心配しなくても大丈夫だよ。あした、西方の砦に文を出す。それから、東雲の里に人をやって、偽の情報を流す。それで、おおむねオッケーよん」
 イルカはまだ心配そうな顔をしている。
「ま、その文は黒髪さんに書いてもらうけどね。いろいろ、細工しなきゃなんないし」
「わかりました」
「じゃ、とにかく乾杯しようよ」
 セキヤはイルカを集会所に引っ張っていった。
「みんな、集まってるー?」
「よう、お客人。ずいぶん、ご無沙汰だなあ」
「今度は、どんな仕事だい」
「セキヤのこと、頼むよー。あんたがいないと聞き分けが悪いったらないんだから」
 男たちが次々とイルカに声をかける。イルカはそのひとつひとつに、笑顔で答えた。
 やっぱり、変わったな。
 セキヤはしみじみ思った。あの顔。みんなの中に入って、なんの違和感もない。以前はそうではなかった。表面上はうまくやっていても、どことなく作り物めいていて、皆、いまひとつ踏み込んだ話ができなかった。
 それが、いまはどうだ。昔話やら自慢話やら、それぞれが言いたいことを言って盛り上がっている。まだ酒も配っていないというのに。
「お待たせしました」
 加煎と厨当番の男が、酒や料理を運んできた。
「うわっ。今日はまた、はりこんだねえ。やっぱり、お客人のおかげかな」
「猪肉、こんなに出していいのかよ。あしたから粥ばっかりじゃねえだろうな」
「嫌だぜ、俺。加煎の薬草粥だけは」
 どっと笑いが上がる。
 たしかに、あれはいただけない。どんなに調子が悪いときでも、すぐに治るとはいえ、半径二メートル以内に近づけないような強烈な臭いのする粥など、だれが食べたいものか。
 いつだったか、捕虜に三食、あの粥を食べさせたら、捕縛した翌日に洗いざらい情報をしゃべってくれた。捕虜を痛めつけようと手ぐすね引いていた東依が、例によって「ずるいよー」と唇をとがらせていた。
 懐かしい。そう思って、セキヤは自分の心が妙に軽くなっていることに気づいた。
 こんな気分は久しぶりだった。やはり、東依が自分のことを心配して、「黒髪さん」を連れてきてくれたのだろうか。
「さーて、それじゃ、一杯やるか」
 醍醐の音頭で、宴会が始まった。毎度のことながら、無礼講である。飲む者、食べる者、歌う者。興が乗ってくると、皿や椀を手に踊り出す者まで現れて、集会所には夜半まで男たちの騒ぐ声が響いた。
 加煎が市で買ってきた酒も、セキヤが店から持って帰ってきた酒もおおかたなくなったころ。男たちは酔い潰れて、集会所に雑魚寝した。
「あー、飲んだ飲んだ。んじゃ、そろそろ寝よっかなー」
「そうですね。明日から仕事ですし」
 男たちに毛布をかけて回りながら、イルカが答えた。
「黒髪さんは、オレのとなりの部屋ね」
「え?」
 イルカは驚いたように目を見張った。醍醐と加煎も、片づけをしていた手を止める。
「あの……おれひとりで、部屋を使ってもいいんですか」
「いいよー、べつに。空いてるから」
 こともなげに、言う。
 イルカの疑問はわかっている。これまで、イルカはずっとセキヤの部屋に寝泊まりしていた。ほかの者が異議を唱えても、セキヤはそれを退けてきたのだ。それなのに、今回はなぜなのか。
 イルカは今度も、自分と同じ部屋に泊まる気でいたらしい。たしかに、その方が自然だろう。しかし、それはできない。
 イルカはもう、他人のものだから。
 いまでも、愛しい。はじめて会ったときからずっと、自分はイルカを大切に思っている。手にいれたくて、でも壊したくなくて、心の中で守ってきた。この想いを、いまさら崩したくはない。
「昼まで寝てても、大丈夫だからねー」
 セキヤはあくびをしつつ、立ち上がった。ちらりとイルカを見遣って、続ける。
「あ、そうそう。鍵は、しっかり掛けときなよ。醍醐が夜這いにくるかもしんないからねー」
 冗談まじりにそう言って、セキヤは集会所を出た。うしろで醍醐がなにやらがなっていたが、それはきっぱりと無視した。
 戸口からイルカが見送っている。その視線を感じながら、セキヤはゆっくりと房に戻った。




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