緑蔭 byつう ACT6 火影の使者としてやってきたのは、まだ若い男だった。 銀髪に藍色の目。額宛てを斜めにつけて、左目を隠している。 片目がないのか、こいつ。 セキヤはそんなことを考えながら、上座に就いた。 「用件は」 「……あんたが、朱雀?」 とぼけたような声で、銀髪の男は言った。セキヤはわずかに眉をひそめた。 「用件はなにかと訊いている」 「俺は、あんたが朱雀かって、訊いてるんだよ」 邪魔臭そうに、男は続けた。 「朱雀じゃないなら、用はない」 じいさん、面白いやつを送ってきたな。 「で、あんたが、朱雀?」 ふたたび、訊く。 「そうだ」 あっさりと、セキヤは答えた。 「証拠は?」 「証拠?」 「そう。あんたが、間違いなく『朱雀』だという証拠」 これはまた、曲ものだ。あのクソじじい、もしかしてオレを消しにかかってるのか? 「では訊くが、おまえが木の葉の遣いだという証拠は?」 「三代目直筆の文を持ってる」 「拝見しよう」 「嫌だね。本物かどうかわからないやつに、渡せない」 どうどうめぐりだ。セキヤは立ち上がった。 「渡せ」 「断る」 二人のあいだに、緊迫した空気が漂った。冷たい、刺すような緊張感。 男に隙はなかった。見事に、全身をガードしている。 上忍だな。しかも、トップクラスの。まとっている空気から察するに、暗部の者かもしれない。 まじで、オレを消しにきたのかな。 セキヤは足もとから、ピリピリしたものが這い上がってくるのを感じた。久しく忘れていた、恐怖。 そうだ。オレにはわかる。 きっとこの男は、呼吸をするように人を殺すだろう。 動くな。 セキヤは自分に言い聞かせた。 先に仕掛けた方が、負けだ。 かなりの時間、二人はそうしていた。 精神的に、そろそろ限界かというとき。 カチャリ、と、扉が開いた。二人が同時に飛ぶ。 「おわっ!」 扉の両側から振り下ろされたクナイと小柄をかろうじて避けて、醍醐はうしろに転がった。 「なんだよ、いきなり!」 「バカ! 死にたいのか」 セキヤが小柄を手に、言った。危なかった。本当に、もう少しで殺すところだった。 「紛らわしいこと、してくれて」 銀髪の男が、むくれる。 「……俺は、坊やに頼まれて文を持ってきただけだぞ」 「黒髪さんが? なによ。文なら加煎が……」 「あれからまた、進展があっただろ。木の葉から遣いが来てるんなら、文を預けてもらえないかって」 「なるほどねー。でも、こいつ、本物かどうかわかんないよん」 セキヤはちろりと、男を見た。 「オレを殺しにきたのかも」 「……げっ」 醍醐の顔色が変わる。それはそうだろう。ついさっき、小柄とクナイの洗礼を受けたところなのだから。 「そんなことは、命令されてない」 男は憮然として、クナイを仕舞った。 「なにが悲しくて、文遣いなんかしなくちゃいけないのかと思ったけど、まあ、ここならそれも、頷けるな」 ごそごそと、懐から書状を出す。 「はい。たしかに渡したよ。じゃ、俺は帰るから」 「おい、ちょっと待て」 醍醐が前に出た。 「文遣いが、返事も聞かずに帰るな」 「返事はいらない。これ、三代目の言伝ね」 銀髪の男は、ひらひらと手を振った。 「……ふふん。見事にビンゴだね」 壁際で文を読んでいたセキヤが、口の端を持ち上げた。 「これなら黒髪さんの手伝いもできるし、カネも手に入る。言うことないねー」 セキヤは男に向き直った。 「火影のじいさんに、愛してるって伝えといて」 「……嫌だよ」 男は顔をしかめた。心底、嫌そうだ。 「頭、固いのね。あ、でも、これは持ってってよ」 セキヤはイルカが書いた文を差し出した。男はそれを一瞥し、 「そんなもの、俺の仕事じゃ……」 言いかけて、口ごもった。まじまじと表書きを見る。 ややあって、男は何事か納得したらしく、すんなりと書状を受け取った。 「預かる」 「あらまあ、急にてのひら、返しちゃって」 なんとなく、拍子抜けだ。 「ひとつ、訊くが」 藍色の隻眼を向けて、男が問うた。 「なによ」 「あんたら、今度はどこの城、落とすんだ?」 全速力で山を駆け降りながら、カカシは二年前のことを思い出していた。 高坂の城攻めの折り、自分は先鋒として進路の邪魔になる敵を始末する任に就いていた。城攻め自体はじつにあっけなく終わった。駐屯する兵を残して引き上げることになった、その帰途。 カカシは、火影の側近くに従う黒髪の少年を見た。なんでも、中忍になったばかりの初仕事で、城攻めのお膳立てをしたという。 面白い。今後、どんな働きをするだろう。そう思って見ていたが、その後はまったく目立った働きはなく、火影の事務の手伝いなどをしていた。 あれは、まぐれだったか。そう思い始めていたところだった。 面白い。まったく、面白い。 あんな連中に混じって、力を発揮できるなんて。 うみのイルカ、か。 カカシは少年の名を胸に刻んだ。 醍醐に二通目の文を預けてから、イルカはひとり、内乱の行方を考えた。 順当にいけば、雲の国の思惑通り適当なところで潰すことができるだろう。しかし、すでに北御門の砦が相当の貯えをしているとしたら。 長期化するかもしれない。結果、北部は疲弊して、他国に侵入されたり属国の独立を許したりする事態もありうるのだ。 とりあえず、下田部をどう始末するか。 セキヤの申し出を受けるのは簡単だが、そうすると最悪の場合、自分は木の葉の国に戻れなくなってしまう。 『黒髪さんは、オレのもんなの』 『オレのこと、好きになった?』 なんの迷いもない言葉。すんなりと、胸にしみ込んでくる。 心はすでに傾いていた。体も、おそらく次には。 「なに難しい顔、してんの」 いきなり耳元で囁かれ、イルカは身じろいだ。いつのまに帰ってきたのか、セキヤが横に立っている。 「隙、ありすぎよん」 「すみません」 「でも……うれしいねえ」 言いながら、横に腰をおろす。 「それだけ、オレのこと、信頼してくれてるんだ」 セキヤはイルカの肩に、ことんと頭を乗せた。 「……どうかしたんですか」 「なにがー?」 「ずいぶん、疲れているみたいなので」 「んー。そうね。ちょっと、ヤバい相手だったからね」 「火影さまの、遣いが?」 なにかトラブルでもあったのだろうか。 「ったく、やな野郎でねー。もう、相性サイアクよ。木の葉の上忍って曲もの揃いだと思ってたけど、ありゃまた特別だわ」 「上忍……ですか」 「たぶんねー。黒髪さん、知ってる? 銀髪で、青い目のやつ」 銀髪の上忍。……ああ、あれか。 イルカは、つい最近、暗部を抜けて里に戻ってきた人物の名を思い浮かべた。 はたけカカシ。 個人的な面識はないが、単独の極秘任務を主に行なう手練れだ。火影がひそかに、「諸刃の剣」と称している男。 そんな男が文遣いに来た。それはつまり、火影がセキヤたちに一目置いている証拠だ。 「黒髪さん?」 「……あ、はい」 「どしたのさ。教えてくれないの」 「すみません」 里の人事は、機密事項だ。 「こないだは、いろいろ話してくれたじゃん」 たしかに。しかしあれは、任務を果たすためにセキヤの協力が必要だと考えたから。それゆえ、あえて禁を犯した。 「任務の遂行に関係のないことは、話せません」 「任務、ね」 セキヤはため息をついた。 「結局は、それなんだよなー」 ごろりと横になる。 「どうしたら、黒髪さんにお仕事のこと、忘れてもらえるんだろ」 途方に暮れたように、言う。こういうときのセキヤは寂しそうだ。 忘れられたらいいと思う。本当に。そうすれば、どんなに楽だろう。 でも、できない。 この男の腕は、ゆりかごのようだ。やさしくて、あたたかくて、安らかで。だから、一旦それに慣れてしまうと、きっと自分はもう外に出られない。二度とひとりで歩けなくなってしまう。それが、恐い。 「……そんな顔、しないでよ」 寝転んだまま、セキヤは言った。 「ごめんね」 イルカの首に手を回して、そっと引き寄せる。 「十分だよ、それで」 イルカはセキヤの胸に頬をつけるような態勢になった。鼓動が、はっきりと聞こえる。 「あした、殿様を殺るよ」 「え……」 「お墨付き、もらったからね」 火影曰く。当方は「朱雀」に、北方の内乱が木の葉の国に飛び火することを防ぐよう依頼する。 「では、下田部の処分は……」 「オレたちで勝手にやっても、いいってことでしょ」 楽しそうに、セキヤは言った。 それにしても、火影は下田部の国主のことを知っていたのだろうか。文は行き違いになったはずだが。 イルカがそう言うと、セキヤはかぶりを振った。 「それはないね。文にも名前までは書いてなかったし。でも『だれか』が絡んでるっていうのは、薄々わかってたんじゃないの。でなきゃ『朱雀』につなぎなんか取らないって」 「それ……どちらが、本名なんですか?」 前々から気になっていた疑問。 「セキヤ」と「朱雀」。火影は、「朱雀」と呼んでいたが。 「……オレは『セキヤ』だよ。『朱雀』なんて、犬に食わしても惜しくない」 吐き捨てるように、言う。 「セキヤってね、『赤也』って書くんだよ。かっこいいでしょ」 右手をのばして、空に書いてみせる。イルカはセキヤの胸にもたれたまま、それを見た。 「そうですね。素敵です」 この男にもいろいろ複雑な過去があるのだろう。が、いまは、それを詮索する時ではない。 イルカがそんなことを考えていると、控え目に戸を叩く音がした。 「はーい。だれ」 セキヤが誰何した。 「ただいま戻りました。……よろしいですか?」 加煎だ。セキヤは素早く牀から下りて、扉を開けた。 「申し訳ありません。木の葉より言伝がございましたので」 神妙な顔で、加煎は言った。 「まず、そちらに」 加煎はイルカに一礼し、火影の言葉を告げた。 『先例のごとく為せ』 イルカは頷いた。これで、なんの問題もない。高坂の城攻めのごとく、セキヤたちと行動をともにすればいい。 「それから、セキヤに」 「はいはい。なんだって?」 「『借り物は大切に扱うように』」 「……けっ、あのクソじじい」 火影の嫌味がわからぬセキヤではない。要するに、イルカを大事にしろということだ。 「いつか、そっ首、獲ってやる」 「まあまあ。さっき醍醐に聞きましたけど、なかなか楽しいことになったんですって?」 微笑しつつ、扇で口もとを隠す。 「ま、ね。んじゃ、そろそろ打ち合わせ、しよっか。物見に出た連中も、もうすぐ帰ってくるだろうし。醍醐と東依、呼んできて」 「御意」 加煎がゆったりと房を出ていく。 セキヤは卓に地図を広げ、イルカを手招いた。 「三カ所で、同時に動くからね。流れをざっと、頭に入れといて」 「わかりました」 「北御門には醍醐、物資の輸送ルートには加煎と東依。で、オレと黒髪さんは下田部ね。黒髪さんには、またちょっと、細工してもらうよ」 すべては、極秘のうちに。 イルカはセキヤの言葉をひとことも聞き漏らすまいと、神経を集中した。 ACT 7へ |