緑蔭        byつう







ACT3



 休息も任務のうちだ。
 セキヤが出ていったあと、イルカはそのまま牀の上で横になっていた。
 所司の処遇や北部の内乱については、夕方の軍議でなんらかの方針が決まるだろう。セキヤは、軍議の時間まで休んでいろと言った。ということは、自分もその軍議に参加できるということだ。
 体も頭も、明瞭にしておかなくては。幸い、ここなら不意討ちされる心配もなく眠れる。
 イルカは目を閉じて、今後に備えた。



 どれぐらいたっただろうか。
 いきなり扉が開いて、どやどやと人の入ってくる足音がした。
「うわ。なんだよ、これ」
 東依が開口一番、叫んだ。
「手桶、二つもあるじゃん。そんな、ドロドロになるまでやったの?」
「これ。そんな身も蓋もない言い方、やめなさい」
 加煎がたしなめる。
「セキヤのものをセキヤがどうしようと、私たちには口出しする権利はないんですから」
 ……おれは、モノか?
 イルカは、ゆっくりと起き上がった。そこでまた、どっとため息まじりの声が上がる。それもそのはず、イルカは全裸のままだったから。
「だめだよー、俺。仕事する元気なくなっちゃった」
 東依が頭を振る。
「ですよねえ」
 加煎は扇をぱたぱたと揺らした。醍醐はずいっと牀に近づき、
「どれが、よかった?」
「は?」
 質問の意味を計りかね、イルカは目を見開いた。
「だから、どういう格好がよかったかと……」
「はいはい、そこまでー」
 パンパンと手を打ちつつ、セキヤが入ってきた。
「そんな無粋なこと、訊かないのよー。全部よかったに決まってるじゃん」
 セキヤはにんまりと笑って、片目をつむって見せた。
 そうですね。全部、よかったですよ。あなたは。
 口付けも愛撫も、そのあとの心遣いも。
「なんか、やな感じだよな」
 醍醐がむっつりとして、言う。
「まあまあ。それで二人が納得しているのなら、いいじゃありませんか」
 加煎がなぐさめるように言った。
「とりあえず、黒髪さん。忍び服着てねー。これからお仕事だから」
 上機嫌で、セキヤは牀の横の幕を閉めた。
「……忍び服ですか?」
「そ。……ああ、もしかして、持ってきてないか」
「はい」
 夜伽の直後に拉致されたのだ。夜着のまま、ここまで連れてこられた。忍び服は所司の屋敷に置いたままだ。
「んじゃ、仕方ないなあ。ま、旅着でもいいよ。そっちの箪笥に入ってるもの、適当に選んで」
 房の奥に並んだ箪笥を調べる。中には、あらゆる国の、あらゆる職種の者たちが着る衣類が入っていた。
 とりあえず、忍び服に近い旅着を選んで身に付ける。
「これでいいですか」
 幕を少し開けて、問う。セキヤは中を覗いて、
「うんうん。なかなか、いいよー」
 セキヤが幕を開けた。濃い緑色の旅着に身を包んだイルカが、一同の前に進み出た。
「へえ、かっこいいね」
 東依が感想を述べる。
「城攻めのときを思い出しますねえ」
 しみじみと、加煎が続ける。
「また、一発やれるってこったな」
 にんまりと、醍醐。
 なにやら、すでに話が決まっているらしい。軍議の時間までは、まだしばらくあると思っていたのだが。
「それで……仕事というのは?」
 イルカは訊いた。セキヤはこのうえなく楽しそうに、こう告げた。
「申し訳ないけど、黒髪さんのこと、みんなで輪姦すことにしたから」





 小屋の中に、黒髪の男がいた。まだ少年といってもいいほどの、若い男だ。
 髪は乱れ、かつて衣類であったものは、無惨にまとわりついているだけだ。縛られた手首は赤黒く欝血し、顔にも体にも、いくつもの暴行の跡が見てとれた。足は床に着いていたが、もう立つ力もないらしい。がっくりとひざをつき、目も虚ろだ。
 周りでは、何人かの男たちが酒を飲んでいる。
「休憩は終わりだぜ」
 ぼさぼさ髪の大男が杯を置いて、言った。手首を縛った縄を、乱暴に引き上げる。
「今度は、立ったままやってもらおうか?」
 大男は少年の脚を押し上げて、犯しはじめた。
「てなことを、ゆうべからやってたんだけどね」
 ぱたりと扉を閉めて、赤毛の男が言った。
「いまはもう狂っちゃってるけど、まだ正気なうちに、いろいろしゃべってくれたのよー」
「い……いろいろ?」
 喉元に小柄を突きつけられた四十ぐらいの男が、ひきつったような顔で聞き返した。
「そ。あんたと所司がつるんで、北部にいろんなモノ、運んでるとかさあ。内乱を隠蓑にして、人集めやってるとか。もう、たーっくさん、しゃべってくれたよん」
 にやにやしながら、小柄を揺らす。
「あの子ねえ、所司のお小性さんなのよ。寝物語に、面白い話をいっぱい聞いてたみたいよ。あんたも、どうせならもうちょっと頭のいいやつと手を組まないとねえ」
「あいつが……言い出した話だ。わしは、目こぼししていただけだ」
「そんな言い訳、通用すると思ってんの。甘いね」
 小柄の先が、のどに食い込む。つっ、と一筋、血が流れた。
「動かないでねー。ぐっさり、いくよ」
 焦色の目を細めて、男は言った。
「オレたちはね、所司を潰したいのよ。手を貸してくれたら、あんたの命までは取らないであげるけど」
「……本当か」
「信じないんだったら、いいよ。現場ほったらかしてお忍びで遊びにきて、暗殺されたマヌケな司令官だって、笑い話になるだけだから」
 どっちでもいいよ。オレには関係ないもん。
 言外に、そう言っている。
「……わかった」
 結局、自分がいちばん大事というわけね。
 赤毛の男は、ほくそ笑んだ。





「はーい。おつかれさまー」
 セキヤは大袈裟に手を叩きながら、小屋に入ってきた。
「え、もう終わりかよ」
 醍醐が不服そうに言った。両手にはまだ、イルカを抱えたままである。
「いつまでやってんのよ。ほら、どいてどいて」
 眉間に縦じわを寄せて、セキヤは醍醐を押し退けた。
「まさか、ほんとに突っ込まなかっただろうね」
「危なかったけどな」
 醍醐は、ぽりぽりと頭をかいた。
「俺も、命は惜しいもんで」
「賢明だね。だから、好きだよ」
「そりゃ、どうも」
 横を向いて、うそぶく。
「黒髪さんも、ありがとね」
 セキヤは縄をほどきながら、言った。
 特殊な色粉による化粧で、すっかり面変わりしたイルカが床に下ろされた。湯でしぼった布で顔と体をを拭く。
 しばらくして常の状態にもどったイルカは、セキヤが差し出した衣服に着替えて、事の次第をただした。
「で、司令官の反応は?」
 セキヤは、イルカの話を聞いたのち、すぐに所司の館に向かい、北部国境の司令官の身柄を確保してきたのだった。
「ばっちりよん。おかげで、だいたいのとこ、わかったし」
「というと、やはり……」
「うん。ありゃ、上から仕掛けたもんだね」
「火薬庫を、あらかじめ潰しておこうということですか」
「そ。火が点く前に、導火線を抜いて、廃棄処分しようって腹でしょ」
 北部国境の内乱。くすぶっていたものをつついて燃え上がらせ、一気に灰にしてしまおうという雲の国の上層部の思惑。それに所司と北部の司令官が関与していた。が、それだけなら、なんの問題もなかったものを、この二人はそれに乗じて、武器の密輸やら傭兵の斡旋やらで暴利を貪っていたらしい。
「小悪党だよねえ。便乗犯っつーか」
「それ、捨て駒ですよ」
 イルカは言った。一同の視線が集まる。
「どういうことよ。黒髪さん」
「所司は、火影さまの親書を見て、そのうえで司令官と引き合わせると言ったんです。ですから……」
 『本物』にするつもりだったのかもしれない。内乱を。
 火影は、所司に乱に同情するような内容の親書を送っていた。そして、亡命者がいれば受け入れる、と。
 もちろん、それは雲の国の内情を知るための方便であったが、それを鵜呑みにしたからこそ、所司は司令官を呼び寄せたのではないか。
「うーん。そうすると、北御門の砦って、モノホンなわけ?」
 北御門とは、北部国境の最前線の通称である。
「おそらく。……所司に、さっきと同じ方法が通じるでしょうか」
 イルカは提案した。自分を見せしめにして、心理的に追い込む。それができれば、余計な手間ををかけずに情報を引き出せる。
 おそらく所司は、司令官よりも多くの情報を持っているはずだ。
「どうかなあ。なまじ、一回寝てるから具合悪いよねえ。かえって、あんたをスケープゴートにして逃げるかもしんないよ」
 そうかもしれない。
 こんなことなら、あそこまでしなければよかった。いまさら、どうにもならないが。
「ま、こうなったら、こっちも本気でやらせてもらおっか」
 やたらとうれしそうに、セキヤは言った。
「本気って……」
 いやな予感がした。
「東依!」
 セキヤの声が、ひときわ高くなる。
「はーい」
 期待に満ちた、東依の瞳。
「あのおっさん、好きにしていいよー」
「よっしゃーっ。まっかせといて」
 東依が嬉々として、小屋を飛び出していった。
「あの……殺さないでくださいね」
 おそるおそる、イルカは言った。
「なによ、黒髪さん。あいつのこと、気になるの」
 拗ねたように、セキヤ。
「まさか。ただ、所司は生き証人ですから」
「あ、そうよね」
 セキヤは頷いた。
「加煎ー」
「はい、なにか」
「東依に、ちょっとだけ手加減してって言っといて」
「御意」
 にっこりと、加煎は答えた。
 まったく、ここの者たちは素晴らしい。
 それもこれも、すべてセキヤの力であると思うと、イルカは自分が、とてつもない幸運の中にいるような気がした。




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