五月闇 byつう
ACT1
どうして、自分がこんな目に遭うのかわからなかった。
冷たい指が、内部に食い込んでくる。
「……んっ」
異様な圧迫感と、こみあげてくる吐き気。乱暴に動かされるたびに、背筋に言いようもない不快感が走る。
嫌だった。どうしようもなく、嫌だった。
「甘えてんじゃねえよ」
朱色の髪の男は言った。
殺気を含んだ声。加えられる苦痛。
ナルトは、恐怖した。
木の葉の里へ行くとセキヤが言ったとき、醍醐は一瞬、顔をしかめた。
「いまんとこ、じいさんからつなぎは来てないぜ」
じいさんとは、三代目火影のことである。
「そうですねえ。ほかからも、木の葉がらみの依頼はありませんし」
茶を配りつつ、加煎が言った。
じつのところ、なるべく木の葉の国に関係する仕事を受けないようにしているのだが、そんなことはもちろんセキヤも知っていた。
「おまえら、気ぃ遣いすぎよ」
セキヤは豆煎餅をかじりながら、二人の顔をちらりと見た。
「黒髪さんがいなくなってから、もう半年もたつのよ。いくらオレだって、もうわかってるって。木の葉の里に行ったって、どうにかなったりしないよ」
醍醐たちの心配は、痛いほどわかる。
イルカが死んだと知らされたあと、セキヤはしばらく正気を失っていた。イルカを手にかけた岩の国の忍が許せなくて、前線の砦をことごとく潰して、多くの忍を殺した。無為な殺戮だった。いま思い出しても、自分が許せない。
だから、忘れないことにした。どれほどの血を浴びているのか、ずっと覚えていよう。結果、彼のいる場所に行けなくても、仕方ない。自分は、それだけのことをしたのだから。
ねえ、黒髪さん。悔しいけど、オレはあんたんとこには行けないよ。まあ、いずれ、あいつが行くだろうから、その方がいいのかも。
死んでからまで、あいつに会いたくないからね。なんたって、相性サイアクなんだから。
その「サイアク」なやつは、先月の末に里を離れて、前線に赴任したと聞く。死にに行ったのかと思ったが、前線での戦い方を見る限り、そうではないらしい。
物見の連中がもたらす情報では、最初、それが「写輪眼のカカシ」だとだれも気づかなかったという。ただ、えらく戦の「巧い」やつが来たという噂が流れ、その正体を探ったところ、カカシの名が出てきたというわけだ。
あのイルカと、同じ時を過ごしたのだ。たぶん、あのころとはまったく変わっているのだろう。それにしたって、会いたくないには違いないが。
「なに笑ってんだよ。気色の悪い」
醍醐が眉をひそめて、茶を飲んだ。
「思い出し笑いですか? 隅に置けませんねえ」
加煎が一重の目を細めて、笑う。
「ふーんだ。オレにはね、たっくさん思い出があるのよん」
セキヤは思わせぶりに、そううそぶいた。
木の葉の里に来るのは、かれこれ四年ぶりか。
セキヤはぶらぶらと、通りを歩いた。とくに、あてなどない。ただ、なんとなく来たかった。イルカが暮らしていた場所の空気を吸いたかったのだ。
前に来たときは、まだ山に雪が残っているころだった。浅き春。セキヤが生まれた地方では、そのころのことを「光の春」と呼ぶ。
空気はまだ冷たくて、溜め池に薄氷が張るような寒さなのに、陽の光だけは明るくきらめいている。そんな季節のことだ。
あのとき、淡いたまご色の光の中にイルカはいた。こちらを見る黒い瞳。
だいぶ、驚いてたよな。ま、あたりまえか。オレたちは仕事のとき以外、会ったことがなかったんだから。
あのとき、ここに来てよかった。そうでなければ、自分は「任務」中のイルカしか知らずにいただろうから。
『おれを作ったのは、あなたですよ』
イルカの言葉が蘇る。
『また、いつか会いましょう』
うん。会いたいね。でも、それは無理だから、たくさん思い出すことにした。思い出しか、残っていないから。
以前に入ったラーメン屋の前を通る。いい匂いがした。
のれんをくぐると、「いらっしゃいっ」と威勢のいい声が飛んできた。あのときと同じように、何品か注文して腰を下ろす。
三つばかりとなりの客が、みそラーメンを食べていた。
そういえば、あのヒヨコ頭のガキも食べてたよなあ。どこが旨いんだか、いまだに理解に苦しむが。
そんなことを考えていると、うしろから「こんちわー」と入ってきた少年がカウンターの端にすわった。
……こんな偶然があっていいのか?
セキヤはその、金髪の少年を見据えた。
「おやっさん、みそ、ひとつね」
少年が注文する。
やっぱり、味噌なのね。セキヤは苦笑した。
少年は横の卓に手をのばしてコップを取った。すわり直そうとして、顔を上げる。
「あ……」
青い目が、大きく見開かれた。
「よう。ヒヨコ頭」
セキヤはにんまりと、笑って見せた。
ラーメンをおごってやると、ヒヨコ頭の少年はぺこりと頭を下げた。
「ごっそさん」
「ごちそうさまでした、でしょ」
「ごちそう……さまでした」
「はい、よろしい」
なんだか、教師になった気分だ。イルカも、こんなふうにこいつを見ていたのだろうか。
四年ちかくたって、ヒヨコ頭の「ガキ」は、いっぱしの忍になっていた。忍服のよれ具合からすると、もう中忍になってしばらくたつのだろう。
うずまきナルト。木の葉の里にとって、吉凶併せ持つ重要な人物だ。もっとも、本人がそれを自覚しているかどうかは疑問だが。
店から出たセキヤのあとを、ナルトが付いてきた。方向が同じなのかと思ったら、そうではないらしい。ちらちらとこちらを窺っている。
「なによ」
セキヤは立ち止まり、ナルトをにらんだ。
「どこまで付いてくる気?」
「……なにしに来たんだよ」
思い切り、不審げな眼差し。
「ごあいさつだねー。おごってやった人間に対して、『なにしに来た』だって? ちったあ口のききかたに気をつけなよ」
意識的にすごんで見せる。ナルトは黙って下を向いた。
「じゃあな」
短く言って、踵を返す。と、そのとき、ナルトがぼそりと呟いた。
「イルカ先生に、会いに来たんじゃないのか」
足が止まった。ふたたび、ゆっくりと振り向く。
「どういうことよ」
「先生と、あんた……仲、良さそうだったから」
セキヤはナルトを見下ろした。じっと拳を握り締めている。
「墓参りに、来て……くれたのかと……」
最後は消え入るような声になった。
墓といっても、忍の遺体は髪の毛一本まで処理されてしまって、実際にはなにも残らない。慰霊碑に名前が刻まれて、それで終わりだ。
そんなものを拝む気は、セキヤにはなかった。しかし。
「んじゃ、案内しろや」
「え……」
「墓だよ、墓。どこにあんのよ。オレは知らないんだからね」
「……こっち! こっちだってばよっ」
ぱっと表情が変わった。セキヤの腕を掴んで、引っ張る。
わりと力、強いのね。
セキヤは自分を引っ張っていく腕を見ながら、そんなことを考えた。
慰霊碑に手を合わせて、頭を垂れる。
こんなことをするのは、はじめてだった。親が死んだときでもしなかったのに。
まあ、あれは、できなかったと言う方が正しいか。謀反人として処刑され、首をさらされたのだから。
遺体がどうなったのか、いまでもわからない。だから、詣でる墓もない。
「ありがと」
帰り道で、ナルトが言った。
「このごろ、なんだかみんな、イルカ先生のこと忘れたみたいで寂しかったんだ」
「忘れる?」
「いや、ほんとに忘れたわけじゃないのは、わかってるって。でも、だんだん、思い出す回数が減っていってるみたいでさ」
「仕方ないんじゃないのー? 生活、していかなきゃなんないし」
まったく、なんでこのオレが「こども悩み相談室」みたいなこと、やらなきゃいけないんだよ。
心の中で愚痴りつつも、とりあえずは当たり障りなく答える。
「生活かあ。そうなのかな。みんな、どんどん先に行っちゃって……あいつだって……」
あいつ、ね。
セキヤはちろりと横を見た。こういうとき、自分の頭の良さが恨めしい。
だれか、好きなやつにサヨナラされちゃったわけだ。で、悩める青少年をやってる、と。
「あいつって、恋人?」
「え、いや、そんな……サスケは、スリーマンセルんときからの同僚で……」
男かよ。
セキヤはため息をついた。
黒髪さん、あんたの教え子は、男と色事やってるみたいだよ。まあ、それが悪いとは言わないけど。
「あ、降ってきた」
ばつの悪さをごまかすように、ナルトが空を見上げた。
先刻まで青空が嘘のように、急速に雲が広がっている。一分とたたぬうちに低い雲が垂れこめて、大粒の雨が落ちてきた。
「なんだか、真夏の雨みたいだねえ」
夕立にも似た、強い雨。
「んな悠長なこと言ってないで……こっちだってば」
ナルトの手が、セキヤの袖を引っ張る。
「なによ」
「向こうにお堂があるんだ」
要するに、雨宿りをしようということか。セキヤは納得して、道を逸れた。
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