五月闇     byつう







ACT2



 壊れかけた戸を開けて、二人は土地神の祠に入った。
「うわー。だいぶ濡れちゃったな」
 ナルトが水を吸った髪をばさばさとはたく。
「なんか、拭くもん持ってる?」
 セキヤが訊いた。
「手拭いぐらいなら」
「じゃ、早く拭いたら。背中に雨がしみ込むと、風邪ひくよ」
 まだ初夏である。気温もそれほど高くない。
「そっちこそ、ずぶ濡れじゃん」
「オレはいいの。鍛え方が違うからねー」
 ナルトはまじまじと、セキヤを見た。
「なによ」
「前にも、そう言われた」
「へ? オレ、そんなこと言ったっけ」
 記憶を辿ってみる。前に来たときは、バカ話ばっかりやってて、そんなまともなことは言った覚えはないのだが。
「いや、サスケに……おまえとは鍛え方が違うって」
 なるほど。で、落ち込んだわけね。
 ばかばかしい。だったら、自分ももっと鍛えりゃいい。それを、いつまでもうじうじと。
 だいたい、こんな話を部外者に聞かせるのも問題だ。イルカの知り合いだというだけの、男に。
 仮にも忍であるならば、もう少し警戒心を持ってもらわねば困る。あのときの、イルカのように。
 セキヤははじめてイルカに会ったときのことを思い出した。国境の基地で捕虜になり、さんざん拷問された挙げ句に、夜伽を強いられていたイルカ。あのとき、彼は十六歳だった。
 生き残るためにイルカはそれに甘んじた。セキヤが取り引きを持ちかけても、こちらの正体がわからないという理由で、きっぱりと断ってきた。あの洞察力と決断力。中忍になったばかりとは、とても思えなかった。
 それにくらべて。
 このヒヨコ頭はどうだ。まるで、アカデミーのガキと同じじゃねえか。
「やっぱ、かなわねえのかな。あいつ、頭いいし」
「……いい加減にしろよ」
 固い声。
「え……」
 その場の空気が、一瞬で変わった。
「……!」
 ダン、と大きな音がして、ナルトは板の間に顔を押しつけられた。セキヤの手が、首のうしろを鷲掴みにしている。
「な……なに……」
 突然のことに、ナルトは混乱しているようだった。セキヤはナルトの両足のあいだにひざを入れ、腰を上げさせた。
 下衣を乱暴に引き下ろす。ナルトの体がびくりと震えた。
「へえ。もしかして、知ってんの」
 セキヤの指が、その場所に食い込んだ。
「んっ……」
「相手はだれよ。その、サスケくんかな?」
 言いながら、内部を探る。
「い……やだ……」
「甘えてんじゃねえよ。いつまでも過ぎたことをぐだぐだと。黒髪さんはねえ、おまえの年にはもう、ひとりで任務に就いてたんだよ」
「お……おれだって」
「ばーか。おまえみたいなやつに回ってくる任務なんて、たかがしれてるよ。黒髪さんは、任務でこーゆーことやってたのよ」
 ナルトは目を見開いた。
「……イルカ……先生が?」
「そ。黒髪さんにとっては、自分の体も「道具」だったからね。使えるものはなんでも使って、任務を遂行する。そういうことを、十六んときからやってたんだ。おまえに、それがどういうことか、わかる?」
 セキヤは指を引き抜き、ふたたび力まかせに挿入した。
「黒髪さんにはね、自分の思い通りになることなんか、なにもなかった。それでも、ひとりで任務をこなしてたんだよ。なのに、おまえはどうよ。みんなが自分を置いていくだの寂しいだの、文句ばっか言いやがって。そんなやつ、やられちゃった方がいいんだよ。どうせロクなもんにゃ、なれないんだから」
 腰を責められつつも、ナルトはじっとセキヤの話を聞いているようだった。
 つらいはずだ。快感など与える気はない。ただ、苦痛のみを伝えるためにこうしているのだから。
 ナルトは声を出さなかった。歯を食いしばり、じっと一点を見据えたまま、いつ終わるとも知れぬ行為に耐えている。
 もう、いいか。
 ナルトの横顔を見ながら、セキヤは思った。
 明らかに、顔が変わった。それに、この状況で泣きもせずわめきもせず、許しも乞わないのは見上げた根性だ。
 セキヤはいましめを解いた。ナルトの体が、横向きに倒れこんだ。
「はい、おしまい」
 立ち上がって、宣言する。
「え……」
 ナルトはセキヤを見上げた。まだ信じられないような表情をしている。
「いい勉強になったでしょ。タダでここまで教えてあげたんだから、感謝してよねー」
「……おっさん……」
「おっさんじゃないの。オレは『セキヤ』。こんど言ったら、ほんとにやっちゃうよ」
 性格はともかく、カラダはけっこう好みなんだから。
「いつまで寝てんの」
 じろりとにらむと、ナルトは慌てて起き上がった。顔を歪めつつも、身繕いをする。
「ま、いいカオになったね。さっきまでのおまえだったら、連れて帰ってみんなで輪姦しちゃおうって思ったけど」
 ナルトは、ぐっとあごを引いた。
 そうそう。警戒しなくちゃ駄目だよ。
「今日は、その顔に免じて許してあげるよ。じゃあねー」
 セキヤは祠の外に出た。
 雨は小降りになっている。これぐらいなら、問題はない。
 本当は、イルカの家のあたりにも行ってみたかったが、やめておこう。もう新しい住人がいるかもしれないし。
 あのヒヨコ頭に会えただけでもよしとしよう。少しはこたえたみたいだし。
 ごめんね、黒髪さん。あんたのコドモ、いじめちゃって。
 でも、きっと許してくれるよね。『やりすぎですよ』と困ったような顔で笑って。
 遠くの空から、幾筋かの光が降りている。あの山のあたりは、もう晴れているのだろうか。
 セキヤはそっと印を結んで、その場から消えた。





 男が出ていったあとも、ナルトはしばらく動けなかった。体が小刻みに震えている。
『黒髪さんは、任務でこーゆーことやってたのよ』
 セキヤは言った。使えるものはなんでも使って、任務を遂行していた、と。
 どれほど、つらかっただろう。つらくても、苦しくても、だれにも言えなくて。
 ほんとに、おれは甘えていたんだな。
 しみじみと、そう思う。サスケに対しても、サクラに対しても。そして、いまはもういないイルカに対しても。
 こんなことじゃ駄目だ。サスケが暗部に行った意味を、ちゃんと考えなくては。
 ナルトはゆっくりと立ち上がった。祠の戸を押して、外に出る。
 雨はすっかり上がっていた。薄い虹が山にかかっている。さっきまで、あんなに暗かったのに。
 今度サスケに会ったら、ちゃんと訊こう。あのときのことを。
 それまでは、おれはおれのできることを精一杯する。甘えないで、逃げないで。
 雨を含んだやわらかい土の上に、ナルトは一歩を踏み出した。



  (了)



『鳥』シリーズ『飛来』へ続く




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