行月byつう

ACT3〜行秋〜
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「死に花を咲かせられると思うておったに」
まもなく還暦を迎えるという忍が言った。
副官として、この五年あまりをカカシとともに砂の国で戦ってきた。高氏の自治が認められたのち、木の葉の里に帰還し、そのまま現役を退くはずだった。だが。
この忍は、さらにカカシの側に在ることを望んだ。
「ふた親はすでになく、兄弟もいない。里に残っても、なんの楽しみもないわ」
忍はひとりで生きて、ひとりで死ぬ。そんな時代の男だった。
男はカカシの指揮の下、龍尾連山に入った。西方の砦を巡る激戦のさなかも、若い忍たちを取りまとめて作戦を遂行していった。やがて、敗色が濃厚になったある夜のこと。
カカシは男に、配下の隊を連れて撤退するよう命じた。
「はたけ殿は、どうする」
「俺は一応、司令官だからね。あとから行くよ」
「では、わしも残ろう」
「そりゃ駄目でしょ」
「なにゆえに。わしとて、追手をくいとめるぐらいは……」
「しんがりは大将の役目」
カカシはにんまりと笑った。
「いいとこ取り、しないでよ。だいたい、あんたまで残ったら、みんな引き上げられないでしょうが」
「死に花を咲かせられると思うておったに」
男はぼそりと言った。
「残念でした。俺の隊はこの十年間、生還率トップなのよ」
「……そうじゃったな」
「それにね、『死に花』なんて、ないよ」
カカシは胸のあたりに手をやって、しみじみと言った。
「生きているから、花も咲く。たとえ、いくさ場でもね」
カカシは自分の父親ほどの年齢の忍に、退路を告げた。
「頼むよ」
そして、未明。西方の南に陣を敷いていた木の葉の隊は、一斉に撤退を開始した。
そろそろ、下田辺の荘に入っただろうか。あそこまで行けば、もう安心なのだが。
ぼろぼろになった体を血の染みついた岩肌にもたれかけさせて、カカシは考えていた。もう長くはもつまい。さて、どうするかな。
胸にそっと手を宛てる。
こんなにひどいことになってしまって、すみませんね。もっとうまく、戦えると思ったんですが。
イルカのやさしい顔が見える。慈しむような微笑みが。
カカシは大きく息を吸って、空を仰いだ。青く透明な空に風が渡っていく。
と、そのとき。
覚えのある、強烈な「気」。
やつだ。やつが来た。
カカシは、朱髪の男と対峙した。
「このままでも、あと一刻ともたないと思うけど……どうする?」
焦土色の目をわずかに細めて、男は言った。カカシはじっと男を見据えた。
朱雀。火影が畏れ、かつ愛しんでいる男。
セキヤ。イルカが信じ、自分の命を預けた男。
いいのかもしれない。この男なら。そんな思いがよぎる。
ねえ、イルカ先生。いいですよね。あなたも、許してくれますよね。ああ、でも……。
すんなり認めるのは、ちょっと悔しい。
「あんたは、どうしたい?」
逆に、訊いてみる。
「やなやつだね、あいかわらず」
お互いさまだよ。
カカシは心の中で呟いた。
「朱雀」
「なんだ?」
「この眼……ほしいか?」
写輪眼。千以上の術をコピーした、忍にとっては宝のような紅い瞳。
「ほしいと言ったら、くれるのか」
「やるよ」
こともなげに、言い放つ。
さあ、どう出る。カカシはうっすらと笑みを浮かべて、答えを待った。
ややあって、男はぷいっと横を向いた。
「いらないよ、そんなもん」
「ふーん。どうして」
「いわく、積極的に与えられるものは、概して偽物であることが多い」
真面目な顔で、男は言った。
「……なんだ、それは」
「ある人がね、教えてくれたんだ」
軽い口調で、続ける。
「その人のこと、大好きだからね。嫌われたくないのよ」
言ってくれるねえ。人が動けないと思って。
カカシは半ば自由の効かなくなった手で、皮袋を取り出した。中にあるものを掌で包み、口付ける。
まったく、こんなやつのどこがよかったんですか。
手の中のイルカに語りかける。イルカは困ったように、小さく笑った。
ま、いいでしょう。合格です。認めてやりますよ。こいつのこと。
でもね、あなたは俺のものですからね。いまも、昔も、これからも。
ずっと、ここにいてくださいね。いま、すごく眠いんです。おれが眠っているあいだに、どこかへ行っちゃ駄目ですよ。どこまででも追いかけて、きっと捕まえますから。
『大丈夫ですよ』
イルカはカカシを抱きしめた。
『おれは、ここにいますから。あんたの側に』
イルカが、カカシの中へ入っていく。
ああ、やっと、全部、あなたを感じられる。
ようやくカカシは安心した。これでいいのだ、と。
緋色の髪の男が、じっとこちらを見つめている。さあ、もういいよ。おまえにやる。この現し身を。
男が長剣を抜いた。空を切る、鋭い音。
蒼天に映える赤い髪が、鮮血のように視界に散った。