『寒月』
月は、寒さを知る。

byつう

一の章

 ナルトたちが雲の国に派遣されることになった。行方不明になった間者の捜索のためである。
 サスケとサクラはともかく、ナルトはこの手の活動は不向きだ。過去のデータからして、それは明白だった。
「そんなこと、俺にもわかってますよ」
 昼休みの事務局で、なにをいまさらといった調子でカカシは言った。
「けど、いろんな種類の任務をこなしておかないと、いざってとき潰しがきかなくなるでしょ」
「しかし、以前にも同じような任務で……」
「ああ、あれね」
 イルカの反論を、カカシは片手を上げて止めた。
「あんなのは、ご愛嬌ってもんです」
「カカシ先生!」
 敵に捕まって拷問されるのが「ご愛嬌」で済めば苦労はない。
「ま、あれでナルトも、捕まったらヤバいってわかったでしょうから、いい薬になったと思いますよ」
 たしかに、それ以後、著しい逸脱行為は減っているが。
「まあ、今度は俺もついていきますし……ときに、イルカ先生」
 カカシは長椅子にすわったまま、イルカを見上げた。
「風邪でもひいたんですか」
「は?」
「このところ、部屋の中でも首に布巻いてるでしょ」
 イルカは、かっとなった。
「これは、あんたが……」
 ところかまわず跡をつけるからだと言いそうになって、思わず口を押さえた。
 昼休みで同僚はいなかったが、いつだれが入ってくるかわからない。それなのに、なんて話を振るのだろう。
 先日、首の付け根につけられた跡は結構大きくて、胴衣の襟だけでは完全には隠せなかった。仕方なく、薄い生地の首巻きをしてごまかしているのだ。
 カカシは楽しそうに、にんまりと笑った。
「俺、あしたから任務につきますんで」
「知ってます」
 先刻、予定表を受け取ったばかりだ。
「お餞別、くださいね」
「餞別って……」
「イルカ先生です」
 二の句が継げなかった。
「じゃ、待ってますから」
 握り拳のまま固まっているイルカの肩をぽんと叩いて、カカシは事務局を出ていった。
 やっと、目立たなくなってきたところなのに。
 イルカは脱力した。きっとあの男のことだ。これ見よがしに同じ場所に跡をつけるに決まっている。
 どんよりとした気分のまま、イルカは午後の業務を開始した。




 翌日の午後、イルカは火影に呼ばれた。
「なんじゃ、具合でも悪いのか」
 開口一番、火影は言った。
「は? いいえ」
「なら、よいが」
 きっと、この首巻きのせいだ。イルカは心の中で毒突いた。だから、やめてくれと言ったのに、あの男は……。
「聞いておるか?」
 火影が、訊ねた。しまった。なにか指示を出していたらしい。
「申し訳ございません」
 慌てて、頭を下げる。
「なんぞ心配事か」
「いえ。失礼いたしました。それで、ご用の向きは」
「うむ。護国寺へ行ってもらいたい」
「は。文をお届けすればよろしいので?」
「それから、もし徳樹どのが望めば、里までお連れしてくれ」
 護衛の任務もあるかもしれないということか。それなら、相当の装備をしていかねば。
「お望みなら……とは、どういうことでしょうか」
「徳樹どのが持っている情報如何によっては、護国寺も危うくなろうからな」
「承知」
 イルカは文を預かり、火影の館を辞した。
 事務局に早退届を出し、自宅にもどる。
 護衛のことも考え、イルカは武器の手入れを念入りに行なった。今日のうちに、護国寺まで行かねばならない。
 昨夜のこともあって、体力的に少々きついかもしれないが、そんなことは言っていられない。
 額宛てを締め直し、イルカは家を出た。




 護国寺に到着したのは、夜遅くになってからだった。
 途中、山路が崩れていたため余計な時間がかかってしまった。イルカは徳樹上人の寝所近くの庭に忍んだ。
 明かりは消えていたが、上人はまだ起きていたようだ。音もなく、戸が開いた。
「何者か」
「木の葉の遣いでございます」
「こちらへ」
 上人は濡れ縁にイルカを招いた。
「まずは、これを」
 イルカは文を差し出した。
「ご苦労であった」
 上人はその場で文の封を解いた。灯明にかざして、読む。
「……承知したと、火影どのにお伝えあれ」
「いまひとつ、長より言伝がございます」
「なんじゃ」
「上人さまがお望みであれば、木の葉までお供せよ、と」
 上人は、ぐっと唇を結んで立ち上がった。
「お気遣い、いたみいる。が、その儀にはおよばぬ。それよりも火影どのに、岩の国の草をご詮議あれ、と」
「岩の国……でございますか」
 このところ、岩の国とはもめ事を起こしていないはずだが。
「岩の上層部は、思うたよりも大仰なことを考えておるようでな」
「……と申しますと」
 イルカの問いに、上人は薄く笑った。
「御許は、詳細を知らぬと見ゆる」
 たしかに、そうだった。自分は火影の遣いに過ぎぬ。分をわきまえぬ物言いだったとイルカは反省した。
「火影どのに、よしなにな」
 それだけ言うと、上人はくるりと踵を返し、寝所に消えた。


 岩の国で、何事か起こっている。
 その情報を一刻も早く火影に伝えねばならない。イルカは帰路を急いだ。
 往路をそのまま使えば時間がかかりすぎる。コンパスを手に、イルカは道を外れた。
 このあたりの地形は頭に入っている。以前、諜報活動をしていたときに何度も行き来していたから。
 いろいろな任務をこなしておかないと、潰しがきかない。
 カカシの言葉は正しいと、イルカは思った。
 いまごろ、あの男はどこにいるのだろう。ナルトたちとともに、もう雲の国に入っているころか。
 間者が消息を断ったのは、もう一週間も前。実のところ、生存の見込みの乏しい者のために危険を侵してまで潜入する意味があるのかどうか、はなはだ疑問に思っていた。
 もしかしたら、カカシの本当の目的は、まったくべつのところにあるのではないか。かつて岩の国にナルトたちを率いて赴いたときのように。
 あのときの任務は、隠蓑であったとイルカは思っていた。でなければ、ナルトにいきなりBランクの任務など回ってくるはずがない。
 ナルトの力を侮っているわけではない。カカシでさえも、危機的状況におけるナルトの意外性を買っているのだから。
 しかし、だからこそ、ナルトを伴う任務に関しては、予定表などという建て前を鵜呑みにはできなかった。
 他国に行くと言いながら、じつは国内でなんらかの任務についている可能性もあるのだ。そう。あのときのように。
『少し、休ませてください』
 深手を負ったカカシが、はじめてイルカの家を訪れたあのときの……。
 雲の国と岩の国。対極にあるはずの両国が、木の葉の国に対してなんらかの働きかけをしてくるのだろうか。
 徳樹上人は、岩の国の動向に懸念を抱いていたようだった。
 これは軽視できない。なぜなら、護国寺は宗教的に木の葉の民の基盤であると同時に、軍事的にも重要な位置を占めていたから。
 政教分離は、それこそ建て前にすぎない。表向き、寺は自治を認められていたが、じつのところは情報収集の場である。
 人が集まる所には、情報も集まる。そして、それは市などの商業機関も同様だった。
 夜間の移動は、精神的にも体力的にも消耗が激しい。
 昨夜、カカシによって奪われた体力がうらめしい。こんなことなら断ればよかったかも……。
 そこまで考えて、イルカは翻意した。
 いや、やはり、あれでよかったのだ。昨夜は、まだこの任務を受けていなかった。その段階で断っていたら、ますますひどいことになっていたかもしれない。
 なにしろ、あの男の執念深さは尋常ではないのだから。
 イルカは、そう自分をなぐさめつつ、先を急いだ。




『寒月』  終



二の章へ

 『寒月』扉に戻る。    月シリーズ本編扉へ