どうしてなのだろう。
お前はいつでも、俺がいちばん求めているときに、いちばん欲しいものをくれる。
ごく自然に。
あたり前のように。
空を駆けるもの by真也
月が朧を纏う季節になった。
里でも戦地でも変わらない、月の営み。見慣れているはずなのに。俺は苦笑した。
どうしてだろう。これ程虚しく何かを眺めたことはなかった。やはり、自分が思うより堪えているということか。
四ヶ月ぶりに、俺は里に戻った。目的は暗部研究所に行くため。そことはもう、十年以上の付き合いになる。研究は順調に進んでいるらしい。
『うちは一族の遺伝情報を持つ素体はもう出来ています。が、写輪眼はまだです。きっと、それを表に出すための因子があるのだと思いますが、今のところはなんとも・・・。写輪眼そのものを研究できれば、いいのですけどね』
研究所の主任は、ずり落ちた眼鏡を片手であげながら言った。また白髪が増えたらしい。ボサボサ頭を掻きながら説明する。俺は苦笑しながら、それを聞いた。
かつて、俺は『うちは』全てを忌み嫌っていた。それが今ではどうだ。『うちは』であってよかったとさえ思っている。事実、この能力がなければ、俺達は今の立場にはなれなかっただろう。
今の立場。それが本当に望んだものであったかは、疑問だが。里にとってはいい結果を生んでいるようだ。
あいつは里を離れていた。サクラの話では、今ごろ龍央の砦だという。
火影になったナルト。予想はしていた。多忙な業務。他国で外交することも重要な仕事だ。
俺は杯を進めた。いつもにもまして酔わない。このところ酒量は減っていたが、今日はかなり飲んでいる。
こんな時、思い知らされる。自分の脆さ。不甲斐なさ。しっかりしなければと目を閉じた。
気が渦巻く。室内の空間が、ぐにゃりと歪んだ。とっさにクナイを投げる。金属音が響いた。
「よう」
俺は目を見開いた。金色の髪。碧い瞳。あいつが、そこにいた。太刀を構えたまま、にやりと笑う。
言葉がでてこなかった。
「ここに帰ってると思ったんだ」
構えを解いて、俺の前に立つ。
「・・・・何を、している」
やっと声が出た。不覚にも、胸がつまる。
「何って、会いに来たんだよ」
顔を覗きこんで、にっこりと笑った。目が離せない。
「お前。交渉はどうした」
「続行中さ。明日も会議だ」
「何故、帰ってきた」
「朝になったら帰るよ。同じ方法でさ。本当、一瞬なんだぜ。会得するの、苦労したんだぞ」
「帰れ」
感情を封じ込めて、低く言った。これは、してはいけない範疇だ。
「里を危険に巻き込むわけにはいかない。帰れ」
もう一度、睨み付けて言った。
「いやだといったら?」
小さく笑う。
「駄目だ。自分のしていることが・・・・」
「わかってる!」
みなまで言わさずに叫んだ。瑠璃の瞳に意志の焔。小さく、青白く燃える。
「そんなこと、嫌というほどわかってるよ。でも、これだって大切だ。少なくとも、おれにとっては・・・」
こつり。あいつの額が、肩にあたる。頬にかかる金髪。待ちわびたもの。
全身が硬直するのがわかった。
「時間ないんだ・・・。朝になったら、帰らなければならない」
「ナルト」
「どうしても駄目なら、『お前などいらない』そう言ってくれ」
食い入るように、見つめてきた。
言わなければいけないとわかっていた。が、言えなかった。
「風呂、入ってくる」
身体を離して、あいつが言った。奥の間に入り、勝手知ったるなんとやらで浴衣を取り出す。そのまま、部屋の外へと消えた。
大きく息を吐き出す。引き止めることは、できなかった。
どうしてこんなに、甘くなってしまったのか。口元が自嘲に歪む。すべてを飲み込む感情が、俺の動きを封じた。
あいつに会うことができた。それだけで、こんなにも心が震える。
「もういいだろ」
ぼんやりと口に運んだ杯を、取り上げられた。見上げると、拗ねたような目が見つめている。杯を膳に置き、目の前に膝をついた。
「怒ってるのか」
「まあな」
「何かあれば、『遠話の術』でおれに伝わるようになっている。・・・・・あの術を使えば、すぐに帰れるんだ」
間近にあいつ。
「自分でもわかってた。でも、止められなかったんだ」
自嘲しながらも、言葉を継いでくる。
『触れたい』という衝動を、抑えることはできなかった。引き寄せて唇を重ねる。熱い舌が、俺を待ちうけていた。深く。もっと深く。全てを繋いで。そのまま押し倒した。
見上げる瞳。濡れた唇。乱れた襟元。
首に手がまわる。
「会いたかった・・・」
絞り出すような囁きが、耳に落ちた。
俺の言えない言葉。それを容易く、お前は言ってくれる。
どうしてなのだろう。
お前はいつでも、俺がいちばん求めているときに、いちばん欲しいものをくれる。
ごく自然に。
あたり前のように。
夜具を握る指先。手を取って口づけると、背が波打った。
染まる肌。噛み締めた唇。細かく震えて、それを求めていた。
意地の悪いことだとは、わかっている。でも今日は、この耳で確かめたい。
両手を押え込んで、上から見下ろした。潤む瞳が、何かと尋ねてくる。
「言ってくれ」
意図を察してか、顔に朱が入る。俺は言葉を継いだ。
「お前の口から、聞きたい」
「・・・・・何、言わせんだよ」憮然と睨み付けられる。
「わかっているだろう?」
自然と口元が緩む。でも今、お前の言葉が欲しい。どうしても。
俺達はしばらくの間、見つめあった。
しばらくして、ナルトがぼそりと言う。
「おまえ、ずるいよ」
「そうか」
「そうだよ!いつだって、ずるい」
言われて、苦笑した。自覚はあったから。
「言ってくれないのか」心持ち切なげに、見つめてみる。あいつがそれに弱いのは、承知のうえで。
「耳、貸せよ」
「何だ」
「貸せってば!・・・・・聞きたくないのか」
そっと耳を寄せた。小さく、殆ど聞き取れるかどうかの声で紡がれる、あいつの言葉。鼓膜を伝わり、身体全体にしみわたる。
俺は笑んで、身体を進めた。
今まで、平穏な道を辿ってきたわけではない。だからこそ思える。自分が幸福であると。
お前を求めて、お前に求められて。ただ、それだけで。
まだ整わない呼吸の中、身体を離そうとして、あいつの手に止められた。見つめると、ふわりと微笑む。艶めかしくて、また新しい熱を生み出した。
『いいのか』目で訊くと、あいつの瞳が応える。首肯いて、熱い身体を抱きしめた。
「今日は・・・・ありがと」
照れ臭そうに、ナルトが言った。目が赤い。
「そうだ」思いついたのか、髪に手をやる。
「今回はいい。会ったことがばれる」
「あっ、そうか」バツが悪そうに笑った。
「またな」
「ああ。岩の国なんか、早く片づけて来いよ」言いながら、手印を組みだした。
複雑な印。長い口呪。火影用の書庫でこの術を見つけたと言っていた。判読と会得には、かなりの努力を要したのだろう。
お前には敵わない。
諦めようとしていた俺と、諦めず、方法を探したお前。
お前の切り開く世界が、いつも俺を救ってくれる。
「じゃあな」
風が巻き起こる。ナルトを包み込んで消えた。
明るくなり始めた空を見上げながら、俺はあいつのくれた奇跡を噛み締めていた。
<END>
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