たとえどんなに長く険しかろうとも、おれは進むのを止めたりしない。
 この道は、おまえへと、続いている。







君への道    by真也








 晩秋のある晴れた日、岩の国で大規模な爆発が起こった。
 折しも木の葉との和平条約が、締結された翌日のことである。岩の国主は和平を望む実弟諸共、木の葉の使節を襲撃した。誠意の証しとして、必要最低限の人数でこれに臨んでいた木の葉側使節の運命は、絶望的だったと言えるだろう。
 しかし、彼らは脱出を成し遂げた。脱出に際しての犠牲者は、驚くことに、たった一名であったという。
 和平使節の中には、偶然、岩の国に迷いこんで救出された下忍も含まれていた。
 これはまさに、奇跡と言っていい状況であった。
 岩国主以下国を司るものたちは、木の葉攻略の為一ヶ所に集結していた。それが要因となり、彼らの殆どが落下してくる岩の下敷きと消えた。
 これにより、事実上、統一国家としての岩の国は壊滅した。
 この戦役において殉職を遂げた上忍は、木の葉内外において「攻守の要」と称されていた。
 彼は自らの身体を爆砕して、向かい来る者たちを巻き添えにした。
 五代目火影へと託された写輪眼以外、彼を表すものは何一つ、残りはしなかった。





 謁見の間に長老、上忍一同が勢揃いしていた。
 五代目火影の目前に、白眼の男が跪く。傍らには、薄紅の髪の少女が控えていた。血がつき、何かを包んだ額当てを胸に抱き、肩を震わせている。母親譲りの緑眼は潤み、意志の強さを表す唇は、色を失うほど引き結ばれていた。
「報告せよ」
 年若い長が告げた。金髪に縁どられた顔は、少女と同じくらいに青ざめている。瞬き一つしない、ガラス玉の瞳。
 白眼の男が報告した。岩の国の裏切りと襲撃。木の葉国境までの脱出。しんがりを担当した、黒髪の司令官の殉職。それと同時の、岩の国主力大隊の壊滅。
 すべてを報告し終えた後、火影の口が開く。低く、機械的な声。「わかった」と響いた。
「もう一つございます」ネジが言う。
「なにか」
「うちは上忍から、お預かりしたものが」
 碧眼がわずかに見開かれた。すぐにもとの状態になる。
「では、あちらへ」
 それだけを言い捨て、火影は奥へと消えた。





 奥殿の一室に、彼らは通された。
 扉の外を側近であるリーが守り、中には火影と側近のサクラ、今回の帰還者ネジとサクラの娘アンがいた。
 彼女は下忍初めての任務で岩の国に迷いこみ、偶然、今回の脱出に加わっていた。
「では、託されたものをもらおう」
 火影が言った。人形のような、面が見つめる。
「はい」アンが顔をあげた。思い切ったように立ち上がる。ふらつきながらも前へと進み、火影の眼前に立った。目を閉じて胸に抱いたものを差し出す。細い腕が、ガタガタと震えた。
 長は無言でそれを手に取った。濃紺の額当てに包まれたもの。凍結された一対の眼。三つの巴を宿す紅い瞳。
 彼の顔が僅かにゆがむ。ぎりりと音がして、奥歯が噛み締められた。
「うちは上忍はこれを私に手渡され、火影様に言伝をと仰しゃいました」
「で、何と」
「『俺は、還ってくる』そう、言われました」
 しぼりだすように、アンが告げた。緑の瞳に涙が溢れる。頬を伝って床へと落ちた。そのまま崩れ込みそうになり、サクラが慌てて肩を支える。
「・・・・・そうか」それを見つめたまま、火影は応えた。俯いた顔に金糸が掛かる。その下の表情は見えない。
「御前、申し訳ありません。私がいながら・・・・」
「黙れ」
 ネジの声が制された。碧い瞳に焔が燃える。
「謝るな。おまえの責任ではない。おれの、火影としての判断が甘かったのだ。サスケはおまえ達を守り抜いた。それだけだ」
 強い口調。火影は断定した。皆、押し黙る。
「サクラ」
「はい」
「大至急、暗部研究所に連絡を。シギという男がいるはずだ」
 固い声が投げられる。側近のくの一は一礼し、御前を辞した。





 二刻のち、暗部研究所の主任が奥殿に到着した。眼鏡をかけた痩身の男で、頭髪は半分以上が白髪だった。
 側近をも席を外した一室で、火影は男に写輪眼を渡した。男は黙ってうなずき、写輪眼を保存ケースにしまった。
「一つだけ、お伺いしていいでしょうか」
 シギが訊いた。火影は無言でそれを許可する。
「ほんとうに、私がこれを頂いてもよろしいのでしょうか。あなたは、先代から申し渡されている『うちは』一族再生プロジェクトを、打ち切ることもできます」
 その言葉に、若い長は初めて顔を緩めた。誰かを見つめているような、柔らかい表情になる。
「いや、続けてくれ。これは、あいつの意志だから」
 束の間、男は火影を見つめた。ゆっくりと、目を閉じる。
「わかりました。では、この検体をお預かり致します」
「よろしく頼む」
「御意」
 一礼して、科学者がその部屋を出ていく。火影はその背を見送りながら、写輪眼を包んでいた額当てを懐にしまった。





 夕暮れには少し早い時間、彼はかつて通った道を歩いていた。蒼空に白い月が浮かんでいる。肌寒くなった風が、伸びた金髪を揺らした。一足ずつ、確かめるように踏み出す。数歩離れて、黒髪に口を真一文字に結んだ側近が続いた。中忍試験の頃に知り合い、火影の人となりを熟知した男である。誠実に、彼を守り続けてきた。またこれからも、守りつづけるであろう。
 葉の落ちた木々。空へとその手を伸ばしている。天に届くように。そこに住むものに、触れられるように。
 時折彼は立ち止まり、頭上を仰いだ。空と同じ瞳を見開き、誰かを探すように。
 程無くして、里の郊外にある一軒家にたどり着いた。
「ここからは、一人でいさせてくれ」
 彼は側近に告げた。男の黒い目が大きく見開かれ、泣きそうに口元が歪む。
「火影様。しかし・・・・」言いかけて、口ごもった。そのまま下を向く。
「リー」
「申し訳ありません。おれ、心配で・・・」
「おまえの気持ちは、よくわかる。これでもおれ、火影だもんな。でも、だからこそ、おまえの危惧するような事にはならない。それに」
「それに?」
「おれは、進まねばならない。あいつは『還ってくる』と言った。だから、その日まで」
「ナルトさん」
「朝になったら、迎えに来てくれ。・・・・・・あいつの気が残っているうちに、ここに入りたいんだ。頼む」
 彼は静かに言った。澄みきった瞳。穏やかなそれ。
 ロック・リーはその瞳を信じた。拳を握り、視線を反らさず首肯く。年若い長はやんわりと笑って「ありがとう」と言った。
 火影が戸を開け、中へと進んでゆく。
 過去に『生ける英雄』と呼ばれた男が所持し、今は『攻守の要』と称された男の家の戸が、静かに閉められた。



 その家は、封じた。
 中にいる者の哀しみも、涙も、慟哭も。
 全てを見つめ続けながら、全てを漏らさず、封じ続けた。 
 それまで見つめてきたものと同じように。



 夜が去り、朝の光が充ちる頃。
 五代目火影はその家から出て来た。蒼白な顔に泣き腫らした目ではあったが、口元は強い意志に引き結ばれていた。
 結局、一睡もせずに外で夜を明かした側近は、その姿を祈るように見つめた。長はその家に結界を施し、家の管理をロック・リーに託した。



 五代目火影の治世は比較的短いものだったが、歴史上まれと言えるくらい、平穏な時代であった。森の国を始めとする隣国と次々和平条約を結び、武力でなく外交にて物事を解決した。
 人々はつかの間ではあったが、平和な時を得たのである。



 うちは上忍殉職後まもなく、暗部研究所にてある一族の再生実験が成功した。
 生まれたふたりの子供は、紅の眼を持っていたという。





 天窓から、暖かな光が差し込んでいた。
 文庫の片隅に腰掛け、青年はぼんやりとしていた。背中へと伸ばされた金髪が、さらりと流れる。
 かちゃり。文庫の扉が開けられた。
「やっぱり、ここだったのね」
 薄紅の髪の女性が入ってきた。
「火影さま。会議のお時間ですよ」緑の目を細めて、サクラが微笑む。
「ん。わかった」
 火影と呼ばれた青年は困ったように微笑み、椅子から立ち上がった。ぎしり。古びたそれが音をたてる。戸口に向かい、扉の前で彼はふと振り向いた。瞬間。
 天窓に黒髪の上忍。忘れない、あの笑顔。
『じゃあな』
 年若い長は微笑み、文庫の扉を閉めた。





 そうだ。
 おれは進まなければならない。
 どんなことがあろうとも。
 歩み続けなければ、たどり着けないのだから。
 その道が、おまえにつながる限り。






 end



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あとがき>
まずは皆様、ナルトを見守って下さってありがとうございます。
ナルトは覚悟しながらも、その道を選びました。
サスケを失った後も、彼は進んで参ります。いつか、その道があいつに続くと信じているから・・・・・。
宜しければ、彼のこれからを見てやってくださいませ。
真也拝

つうコメント>>
きりきりと、胸が痛みました。
「うずまきナルト」である前に「五代目火影」でなければならないナルト。
愛する人を亡くしても、すぐに泣くことも許されない。
里の家に封じた哀しみ。
ナルトの新たな一歩を、そっと見守りましょう。

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