『朝が来る』by真也

ACT3



「あーあ、ヒマだよな」
 大きく伸びをしながら、ナルトが言った。虎尾の砦に来てから早、一ヶ月。国境は不気味なほど、静まり返っていた。
「ひょっとしてさ、本当に何もないのかも」振り返って、にやりと笑う。いたずらそうな笑み。まったく。いつまでたっても成長しない。俺は苦笑した。
「そうだといいがな。でも、この結界の様子じゃ期待できないだろう」
「ま、そうか。次、どこ?」
 あいつに問われて、俺は印を組んだ。写輪眼で視る。結界の穴は・・・・。
「そこと、そこだ。そっちは大きいぞ。殆ど効力がないから、二重に張ってくれ」二ヶ所を指差す。
 あいつは『ハイハイ』と言いながら印を組みだした。
 その日、俺達は国境づたいに走りながら、火影の結界の穴を埋めた。虎尾の砦から虎央の砦まで、上忍の足で約二時間程の距離。部分ごとに細かい結界を張ってまわる。これも所詮、ただの補強に過ぎない。でも、やらないよりはましだ。
「なあ。おまえなら大元の結界、張り直せるんじゃないのか?火影のじっちゃんの代わりにさ」
 印を組みながら、あいつが訊いた。
「残念ながら、俺には出来ない」
「何でだよ。おまえ、家のまわりに結界張ってるじゃないか」
「あれとこれは性質が違う」
「どう違うんだよ」
 納得がいかないのか、突っかかって来た。碧い目がまっすぐに見据える。正直、あまり言いたくないのだが。
 俺は苦笑して答えた。 
「あれは・・・・・お前と俺にしか、入れない。無理に入ると、殺してしまう結界だ」
「げっ。なんてもの張ってんだよっ」
「もともとはカカシの家だからな。俺が住む前から、そういう結界の張り方がされていた。許されたものか、結界を張った者と同等の能力を持つ者以外入れない。その意味では結界というよりむしろ、トラップに近い。だが、これはそれとは違う」
「だから、どう違うんだよ」
 焦れてきたのか、双眸が険しくなる。俺はため息をつきたい気分で、言葉を続けた。
「これは『守る』結界だ。お前が散々練習してきた、意志に由来するもの。だから、俺が張っているものとは違う。・・・・・結界の張り直し。それができるとすれば、一部の上忍と、おまえくらいのものだろう」
「・・・・・おれ?」
 ナルトが目を見開いている。心底、意外だったのだろう。
「ああ。理論的にはな。結界を張る技術は教えたし、チャクラも申し分ない。あとは、おまえの意志の力次第だ」
「なんか・・・嘘みたいだな」
 複雑な顔をしている。まだ信じられないようだ。無理もない。がむしゃらにやってる間に、火影を越えてしまったのだから。
 しかし、俺はこの時を目指してお前に教えてきた。カカシの残したものを頼りに。後は時期を待つだけだ。機の熟する時を。でも。
 まとわりつく感情を、俺は振り払った。それに囚われるわけにはいかない。奥歯を噛み締め、遠くを見据える。
「ここらはもう大丈夫だ。次にいくぞ」
 自分でも固い声がでた。構わず、歩きだす。あいつは黙ってついてきた。





 昼になり、俺達は虎央の砦にいた。今日はネジたちとここで、情報交換する日だ。
「ナルトさんっ」
「リー!ネジも。なんか変わりあったか?」
「いいえ、至極平和でしたよ。そちらはどうでした?」
「同じさ。なんにもねぇよ」
「そうですか。それはいいことですよね」
「そうだよな」
 明るく会話するナルトとリーを横目に、俺はネジを伺った。向こうもこちらを見ている。お互い、収穫ゼロというわけではなさそうだ。
「なあ」ナルトが訊いた。
「なんだ」
「おれちょっと、虎尾の砦に行ってくるわ」
「何故だ?」訳が分からず、聞き返す。あいつはにっこり笑った。
「リーがさ、補給食でなんか旨いもの作ってくれるんだって。なら、旨い酒も欲しいだろ?おれ、持ってきたのあるし、取りに行こうかなと。いいだろ?」
 思わず、ため息が出る。懲りないというか、常に現状で楽しいことを見つける姿勢。昔から変わらない。
「構わないが。・・・・・早めに戻ってこいよ」
「ああ。ついでにさ、リーに南側の国境を案内してくるよ。何かの役に立つかもしれないし」
「わかった」
「じゃあな!」
 元気よく、ナルトとリーが出ていく。俺は複雑な気持ちで、その姿を見送った。
 一見、ひどく楽観的に思える。ほっとけなくて、何かしてやらなければとも。
 しかし、きちんと現状を把握しているからこそ、楽しみを見つけるだけの余裕がある。他人を動かす力。現状把握の的確さ。どちらも必要なものだ。長となるならば。
 そして、何より行動力。自分が動かない限り、人は動かせない。机上の空論では、誰も後ろには続かない。
『気質的にも、適性があるな』ぼんやりと思う。
「のんきなものだ」張りのある声。いつの間にか、ネジが近くまで来ていた。
「どちらがだ?」聞き返す。
「両方だ。リーはもともとそうだったが。何回此処に来ても、ナルトは緊張感がない」
 手厳しく返された。
 ネジも窓の外を見ていた。二人の姿が小さくなって、見えなくなる。
「だが・・・奴の為に何かするのは、苦にならない」ぽつりと、呟いた。
 俺はネジを見つめた。正直、意外だったから。
「ナルトには・・・・中忍試験の時、世話になった」
 奴は前を向いたまま、言葉を継いだ。
「ヒナタも。日向家に囚われ続けていたオレ自身も変えてくれた。血統の妄執から出られなかったオレ達を、奴は救ってくれたのだ」
 白眼が、真っ直ぐに見つめてくる。
「本当に感謝している。面と向かっては、とても言えないけれどな」
 いつも皮肉げに歪められている口元が、僅かに弧を描いた。
 俺は黙って首肯いた。
 嬉しさと、誇らしさと、不安が胸を過った。





 ネジから得た情報は、ごく普通に思えるものだった。表向きは。
 『岩の国自体はまだ貧しくて、戦を起こせる程の国力がない』ネジは言った。『ただ、気になることがある。岩の国から砂の国へかなりの商人が出入りしているのだ』とも。
 商人が盛んに出入りしているということは、砂の国自体が何か、動きを起こしている、という可能性が大きい。が、しかし。砂の国と木の葉の国の間には、高氏の自治領区がある。
『高氏の自治区か・・・・』ふと嫌な予感がして、俺はその考えを打ち消した。まだ、その考えには証拠がない。高氏の自治はなされているはずだ。再び砂の征服を受けたという話は聞いていない。
 しかし、気になる。確かに平穏過ぎるのだ。高氏と砂の国の国境でさえ、静か過ぎるこの現実が。
 俺は腕を組みなおし、窓から国境を見つめた。




ACT4へ続く

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