『朝が来る』by真也
ACT2
翌朝、おれ達はネジやリーと合流した。虎央の砦まで、上忍の足で一日半の道程。四人は進んだ。
「それにしても。さすがに砂や岩の国との国境だけあって、どんどん緑がなくなりますね」
あまり西側の任務についたことがないリーが言った。
「そのうち、砂と岩のみになる。いつ来ても殺風景な場所だ」
ネジが憮然として返した。たぶん、見飽きているのだろう。
「ネジはいつもこっちばかりだったもんな。そうそう、おれとサスケで何回か虎頭の砦に行ったことあったっけ。おまえの交代用員としてさ。そういや、子供、いくつになったんだ?」
「上のフユヒが六才、下のアキヒが三才になる」
「うわ。もうそんなになるかぁ・・・・でもネジってさ、年に数日しか帰ってないんだろう?それで二人の子持ちかぁ・・・・凄いな」
「ナルトさん、この場合凄いのはヒナタさんです。少ない機会を有効に活用されていると言えますね」
「リー。余計なお世話だ」
ネジが睨んだ。顔が赤い。
「あ、これは失礼しました」
リーは律義に頭を下げる。おれは苦笑した。ふと、隣を見やる。サスケは前を見据えて歩いていた。いつになく、厳しい表情で。
「おい。どうしたんだよ?」
「いや。正直、驚いている」
「何が?」
「結界だ。・・・・・ここまで弱まっているとは思わなかった」
言われて、気で探る。確かに里全体を守る火影の結界は、かろうじて外敵を寄せつけない程度の力しかもたなかった。
「酷いな。これじゃザルだ」
「火影様も衰えには勝てない。と、いうことだな。無理もない。あのお年だ」
ネジが溜め息をつく。
「次代の火影は、決まったんでしょうか」
リーが心配そうに訊いた。おれ達は顔を見合わせ、首を振った。誰もそのことについて有力な情報を持ってはいなかった。
「あの人が・・・・・はたけ上忍がいれば、こんなことにはならなかったろうに。不甲斐ない。西方の砦の戦線に参加出来ていれば・・・」
悔しそうに、ネジが吐き捨てた。リーの顔が曇る。
「ネジはずっとはたけ上忍の配下でしたものね」
「ああ。砂側の虎尾の砦にあの人が来てから、十年近く任務を共にさせてもらった。・・・・・・凄い人だった。いつも、敵にも、味方にも最小限の犠牲で最大限の効果を出す作戦を立てていた。いつだったか、敵の司令官を倒すために犠牲が多く出る作戦を考えて上申したとき、言われたよ。『命より大切なものはない』と。だからこそ、安心してあの人の下で戦うことができた。部下の命も、敵の命も尊重する人だったから」
「そうか・・・・噂には聞いてたんだ。やっぱ、凄かったんだな」
「そうですね」
命を尊重する心。他を思いやる心。『人』としての心。
彼の中には常に生きていたのだ。イルカ先生が。
「ぐだぐだ言ってもはじまらない」
サスケがぼそりと呟いた。皆の目が集まる。あいつは、言葉を継いだ。
「カカシが、そうまでして守り抜いた国境だ。火影の結界力が落ちていようがいまいが、全力で守り抜く。それだけだ」
強い意志を示すまなざし。おれたちは黙って首肯き、足を速めた。
翌朝、結局まる一日でおれ達は虎央の砦に着いた。砦に常駐の中忍から引き継ぎを受ける。細かい打ち合わせを終えて、ネジとリーは虎頭の砦へ、おれ達は虎尾の砦に向かった。お互い、虎央の砦から虎頭、虎尾の砦までをテリトリーとして巡回する。週に一度は虎央の砦で情報交換、緊急時は遠話の術で話し合う手筈となった。
「でも。おれ達、南側でよかったのかな」
その日の夜、砦の一室でおれはサスケに尋ねた。あいつが怪訝な顔をする。瞳がなぜかと訊いていた。
「いやさ、国境全体の防衛についてはネジの方が詳しいだろうし。北側だけなら、おれとおまえも何度か行ってるし」
「大丈夫だ」
断定的に返される。おれは苦笑した。察して、サスケが言葉を継ぐ。
「俺には、カカシの記憶が在る。それと・・・・・これもな」
数冊の本が放られた。疑問に思い、中を見る。これはイチャパラ。おれは眉を顰めた。
「なんだよ、これ。イチャパラじゃないか。お前、そんなとこまでカカシ先生見習ってんのか?」
「馬鹿。奴と一緒にするな。表向きはそうでも、中身は違うんだよ。写輪眼なら、違うものが視える」
「違うもの?なんだよ」
「例えば・・・・つい最近、お前が会得した術」
「なにっ」
おれが会得したもの。広範囲に結界を張り、それを生きているかぎり固定化する方法。
つまり、火影に匹敵する結界術だ。
「なんでそんなものが、書いてあるんだよ」
「これは、カカシから譲り受けたものだ。術の他にもここら辺の情勢や、奴と砂の国との戦いの変遷が記されている。他には、雲の国の情勢と内部事情。写輪眼でのみ見られるのは、文字自体に印が結ばれているから・・・・これを考えたのは、イルカ先生だ」
「イルカ先生が?」
「ああ」
穏やかな笑顔が思いだされる。あの笑顔の下で、どれだけの思考があったのだろうか。確かに、術や体力的には中忍だったかもしれない。でも。先を見わたす力、思考力は紛れもなく、上忍以上のものだったのだ。そしてそれが活きる基盤を作り、独自の情報を付け加え、忠実に伝えた銀髪の上忍。
「本当にいろいろ、考えてくれてたんだな」
「奴らは常に先を見ていた。里全体を。俺達は、それだけ心を尽くして育ててもらっていたんだ。だから、今度は俺達がそれに応えていかねばならない。もう、そういう時期に入ったのだと思う」
あいつが淡々と告げる。静かな。でも、その奥に強い意志を秘めた眼差し。前を向いて、立ち向かおうとしている。期待や、願いという大きなものに。
「そうか・・・・そうだよな。おれ達、いい年になっちまったもの」
苦笑して、見上げた。黒曜石の瞳が見返す。温かな視線。おれだけのもの。大丈夫だ。これが在るかぎり、おれは歩いてゆける。先にどんなものがあろうと、進んでゆける。そんな気がした。
窓の外に月が見えた。白く、孤高に輝いている。差し込む光が辺りを照らした。ゆっくりと、サスケの顔が近づいてくる。
そっと落ちてくる唇を、目を閉じて待ちうけた。
ACT3へ続く