『朝が来る』by真也
ACT12
馬鹿な話だ。
俺は、何を求めてしまっていたのだろう。
あいつが望んだ夢をもとに、それまでの道を作ったのは、まさしく自分。それは、俺も望んだ夢のはずだった。なのに。
一瞬、俺は願ってしまったのだ。お前が『火影』を拒否することを。
「お前が命じてくれ」とまで、言っておきながら。お前が答えを出すまでの僅かな時間、俺は心底願った。切望してしまった。もう一つの答えを。
本当に、馬鹿な話だ。
今日の出来事は、俺の予定に入っていたはずだ。何年も前から予測し、自分を律し、納得したはずだった。
ナルトが『火影』になること。
『火影』になって、いつか離れてゆくということ。
わかっていたはずだった。
「五代目火影として命ずる。木の葉を守るため、戦え」
その言葉を聞いたとき、『時』が来たと思った。
いつか来ると思っていた。期待しながら、恐れながら待ち続けた瞬間。
その『時』が来たのだと。
望んで、願って、期待して。
そうなるように、力を尽くした。
なのに、結果を認めたくない自分がいる。
どうしようもなく、馬鹿な話だ。
月の光を受けながら、俺達は黙々と歩いた。互いの足音だけが聞こえる。あいつは前で、黙り込んでいた。
本殿では、まだ凱旋の宴が続いているだろう。やっとすり抜けた危機。新しく決まった長。いい事ずくめのはずだから。
酒宴の途中で、ナルトは疲労を理由に帰宅を申し出た。三代目火影は受諾し、俺達は家路へと向かっている。翌朝、あいつは本殿へ出頭しなくてはならない。火影になるための引き継ぎと最終的な結界修行。それがナルトを待ち受けている。三代目が亡くなるまでの僅かな時間で、あいつはそれを会得しなければならない。
通いなれたいつもの道を、あいつは踏みしめる。俺が買い取り、里での時間を殆ど過ごしたカカシの家。イルカ先生の着衣はあいつの肌に馴染み、カカシのものを着るということに、俺はようやく抵抗を感じなくなった。その家への道を、ナルトは進み続けている。
ふと、あいつが立ち止まった。俺はただ、その姿を見つめる。しばらくして、ぽつりと言った。
「サスケ」
「何だ」
「ラーメン、作るよ。・・・・・・約束だから」
振り向いて、小さく笑う。下手な笑顔。俺は黙って首肯いた。
家に着き、風呂で汗を流した後、あいつはラーメンを作りはじめた。湯を沸かし、丼にインスタントラーメンを放りこむ。スープを入れて、沸いた湯を注ぎこんだ。蓋をして食卓の上に運び、座って待つ。
唯一、あいつが作れる食べ物。インスタントラーメン。
至極手軽な、それでも温かい食べ物。
遠い昔、イルカ先生を失った日、二人で食べた。精一杯泣いて、罵った後。
傷付いた心を、寄り掛かることで必死に癒した。あの人がくれていた温もり。冷えてしまって、二人で身を寄せあった。
いつの間にか、俺にとっての温もりは、お前になっていた。
「できたぞ」独り言のように言う。
「そうだな」箸を手にとった。
温かいものが、胃を満たしてゆく。噛み締めるように咀嚼して、嚥下した。前を見やると、鼻水を啜りながら、あいつは口を動かせていた。
啜る音。噛む音。飲み込む音。
機械的に続く。
しばらくして、空の丼が二つ並んだ。
「うまかったな」あいつが言う。
「ああ」言葉を返した。
「借りは、返したぜ」ぎこちなく笑う。
ただ、苦笑するしかなかった。
あいつが丼を片づけようとする。手がすべった。転げ落ちた丼がくるくると回る。ぼんやりと、ナルトがそれを見つめていた。
「おい」気になって、口を出す。白い顔が、引き攣ったように歪んだ。
「もっと、作ればよかった・・・・・・」
「ナルト」
あいつが顔を上げた。迫る碧眼。噛み締めた唇が開いた。
「サスケっ。おれ、本当は・・・」
「言うな!」
思わず、抱きしめた。頬に掛かる金髪。あいつの匂い。胸にこみ上げてくる感情。それを吐き出すわけにはいかなかった。歯を食い縛って、絞り出すように囁く。
「言うな。・・・・・・それを言ってしまったら、俺達はもう、戻れなくなる」
「サスケ」
震える声。背に手がまわった。すがりついてくる。力を込めて、強く抱き返した。
そうだ、戻れなくなる。
お前がその言葉を言ってしまったら、俺は自分を止められない。
たとえ何者が立ちはだかっても、薙ぎ倒して行くだろう。
お前を、全ての人から奪って。
修羅の道であろうが。
人に帰れぬ道だろうが。
終わりのない闇の道だろうが。
お前を引きずって尚、歩んでしまうだろう。
だからこそ、言ってはならない。
その言葉だけは。
俺を動かすのも、止めるのも。
お前だけなのだから。
「くれよ」
呟きが、落とされる。見上げてくる瞳。青白い焔。切なく燃える。
「ならば、くれ。おまえをくれよ!」
紡ぎ出される声、悲鳴に聞こえた。
暴れだす心を封じ込んで、その身体を抱いた。
ACT13へ続く