『朝が来る』by真也
ACT11
古参上忍を主力とする援軍部隊は砂の本隊を迎撃し、これを粉砕した。おれ達を疲労させるために、かなりの部隊を投入していたらしく、いとも簡単に勝敗はついたとのことだ。
数名の上忍たちに後の指揮を任せて、おれ達は里に凱旋した。皆、口々に里を守りきったことを称え、『英雄』と評している。なんだか身の置き所がない。ただ自分にできることをやっただけなのに『英雄』だなんて。言い過ぎだと思った。しかし、おれ達の思惑とは裏腹に、里全体が浮き足立っていた。
「ナルトさん!」
火影の屋敷でリーが待っていた。手を振りながら、駆け寄ってくる。
「お帰りなさい!みなさん、お見事でした!」
「リーこそありがと!おまえが西方の砦に知らせてくれたおかげだ!」
「いいえ、おれはできることをしたまでです」
「おれ達もそうだって」
笑いながら、握手した。感謝と生還と里を守りきった喜びを込めて。
「身体の具合はどうだ?開門によるダメージはもうないのか?」
「ネジ。だいじょうぶです。ただ、折り返し皆さんの所へいけなかったのが残念でしたが。でも、森の国の方に、とてもよく効くお粥を差し入れてもらったんですよ。なんでも、ガイ先生と面識がおありだったようで。彼らは、事情をお話ししたら即、停戦に応じてくださいました」
「・・・・そうか」
「サスケさんもお疲れ様でした。さ、火影様がお待ちです」
促されて、おれ達は屋敷へと入った。
おれ達が通された所、それは本殿の広間ではなく火影の寝所だった。
「おい、これはどういうことだ?」
おれは先導したエビスに尋ねた。ネジも、リーも怪訝な顔をしている。火影の寝所には里の長老と、主な古参上忍が勢揃いしていた。
「ナルトくん、見たとおりです」
『すまぬな。わしの身体がもう、動かんのじゃ』
寝所の中から、遠話が聞こえた。三代目火影のものだった。
「じっちゃん!」
「火影様っ!」
「御前!」
「・・・・・・」
おれ達は各々、乗り出した。数メートル先に、横たわったままの火影が見える。小さな、やせ細った姿。死んだように動かなかった。
『どうやら、身体が先にもたぬらしい。このまま、ゆっくりと朽ちてゆくのじゃろう』
「じっちゃん!そんなっ」
「火影様っ、おいたわしい」
『ナルト。リーもそう嘆くな。わしは長く生きすぎた。いや、生きねばならなかったからな。これも、定めじゃ』
「御前・・・」ネジが固く眼を瞑った。拳を固めている。必死で堪えているのか、肩が細かく震えていた。
『じゃが。やっと、わしも肩の荷を下ろせる時がきた。喜んでくれい』
「では、決まったのか?次の火影が」
サスケがぼそりと言う。黒い目が、真っ直ぐ火影に注がれていた。
『おお、うちはの。やはり察しがいいのう』
「誰だ」
『まあ、そうはやるな。エビス』
「はっ。承りました」
エビスはそう返事して、辺りを見回した。長老たち、古参上忍、皆が首肯く。エビスも軽く首肯いて、口を開いた。
「我々、里の上層部は長期に渡り、次代の火影について議論してまいりました。しかし、残念ながらついに結論は出ませんでした。理由は、最有力候補だった故はたけカカシ上忍が辞退されたこと、彼に見合う候補者がいなかったことです」
「そりゃそうだろうな」
おれは呟いた。リーも、ネジも首肯いている。
「でも、今回、我々はこれ以上のない火影候補者を得ることが出来ました。すなわち君たちです」
「ええっ」
リーが声をあげた。おれも目を見張る。
「当然でしょう。君たちは実際、九尾以来の木の葉の危機を守りきりました。木の葉全体の国境を守りきる力。決断力。そしてなによりも人望。申し分ないでしょう。そして、我々は決定しました。君たちの中から次代の火影を選ぼうと」
「ちょっ・・・ちょっと待ってくれよ。おれ達、ただ夢中で・・・」
『ひたすら、里を守ろうとする気持ち。それが一番の火影の条件じゃ。本当は、もっとゆっくりと話を重ねたかった・・・・・すまんの。もう、そう長くはもたぬ。おそらく、引き継ぎ期間を生きるだけで、精一杯じゃろう。だから、決断を急がねばなるまい』
「じっちゃん・・・・」
おれはまわりを見渡した。長老も、古参上忍達も、目で首肯いている。そうなのだ。本当に、時間が限られてしまっているのだ。長い間、里を支えてきた三代目火影。彼がもうすぐ去ってしまおうとしている。
「それも、道理かもしれません」張りのある声、ネジだった。
「私は今回の戦いで、それにふさわしいと思えるものに、気付きました。・・・・少なくとも、私は彼の為に命をかけることができます」
「そうですね。おれも、そうです」思いついたように、リーも呟く。
意味が分からず、おれは横のサスケを見上げた。サスケは黙って目を閉じている。漠然と、不安になった。
「私は今まで通り、西側の守りにつかせて頂きたく思います。今回のことも私が虎尾の砦にいれば、未然に防げたはず。何卒、御命令を」
『ネジ。おぬしが国境に居てくれれば、この上もなく心強い。頼むぞ』
「御意」膝を折り、ネジが厳かに拝命した。そのまま、上忍の列に加わる。
「おれは、守りたい人がいます。体術しか出来ぬおれです。なればこそ、常にその人の傍にあり盾となりたいです。どうか、守らせてください」
『リー。おぬしの体術。里でも一、二を争うものじゃ。立派に、その役目を果たしてくれる事じゃろう。頼むぞ』
「はいっ。お任せくださいっ」リーも膝を折る。命を受けて、上忍の列へと向かった。
おれは呆然と二人を見やる。
『うちはの。おぬしはどうじゃ?』火影が訊いた。
サスケは目を閉じたまま、押し黙っている。沈黙が流れた。まわりが焦れて、気が乱れようとしたとき、あいつの低音が響いた。
「俺は、戦士でいたい。・・・・・・それに、俺には防御結界は張れない。本当の意味で里を守ったのはナルト、お前だ」
「サスケ」
「俺は・・・・お前が守るこの里の為に、戦いたい。ナルト。お前が、俺に命じてくれ」
漆黒の瞳がおれを見つめる。まっすぐに。その言葉の真意を悟って、おれは戸惑った。おれがサスケに命じる。つまり、それはおれが・・・・。
「ナルト」
あいつが、おれの名を呼ぶ。おれの好きなまなざしで。声で。微笑みで。
今、夢がある。
少年の日に掲げた最初の夢が。
それを果たすために、鍛錬を重ねてきた日々。わかっている。
言葉一つで、その夢は叶う。
たったひとつの言葉で、叶ってしまう。
でも。
でも、おれの本当の夢は・・・・・・・。
『がんばれよ』
遠い昔、彼が言った。心にあの人を宿した、銀髪の上忍が。
彼らは常に先を見つめ、里全体を見据えていた。その上で、心を尽くして育ててくれたのだ。
そして、命を賭して守ってくれた。里を、おれ達を。
たくさんの同胞の命と想いの上に、おれ達はいる。
見渡せば、皆の視線を感じる。幾多の瞳が、おれに答えを求めていた。意を決し、大きく息を吐き出す。吸い込んで、言った。
「うちはサスケ」
「はっ」
「五代目火影として命ずる。木の葉を守るため、戦え」
「御意」
サスケが膝を折り、拝命する。踵を返し、上忍の列へと進んだ。あいつの背中を見送る。位置につくのを見届けて、上座を向いた。精一杯、背筋を伸ばす。
「おれに、どれだけのことが出来るかわかりません。でも、五代目火影として、最善を尽くします。よろしいでしょうか」
『うむ。頼むぞ、ナルト』三代目火影が応えた。
「一同!五代目火影に拝礼!」エビスの声が響く。
そこにいた者全てが、年若い長に向かって頭を垂れた。
ACT12へ続く