『朝が来る』
もし、人それぞれに至福の時というものがあるのなら。
おれにとってのそれは、今、この時だと思う。
朝が来る by真也
ACT1
深くサスケを受け入れ、おれは大きく息をついた。
任務を終えた後、大抵おれたちは互いの肌を求める。共に在る喜び。共に生き残れた喜び。全てを噛み締め、身体を繋ぐ。
身体の奥で息づくあいつ。鼓動と拍動が混ざり合い、艶めく波が生み出される。それはいくつも折り重なって、全身を包みこんでしまう。
徐々に表層が剥がされ、偽りも、虚勢もないおれが現われる。その自分が切望しているのだ。おまえを。
閉じていた目を開くと、黒い瞳が見つめていた。濡れたような輝き。その奥に、揺らめくものを見つける。
おれは微笑み、ゆっくりと腰を動かしだした。とたんに、甘く、背骨が疼きだす。上がる息。噛み締めても、声が漏れだしてしまう。思わず、指を噛んだ。その手が取られ、薄めだが形の良い唇が声を奪ってゆく。
どれだけ、貫かれても。
どれだけ、揺さぶられても。
頭のどこかで、自分の声がする。
『もっと、深く』
『もっと、激しく』
『もっと、欲しい』
何処までが自分か分からなくなるくらい、おまえと繋がる時間。
何よりも、手放したくない時間。
限られたものだと知りながら、おれは願ってしまうのだ。
このまま、同じものでありたいと。
一つのものでありたいと。
どうか、終らないでくれと。
「何なんだろうな。やっぱ任務かな」
長い廊下を歩きながら、おれは隣を見た。黒い髪が揺れる。端正な横顔。サスケは黙りこくって歩きつづけていた。
「おい。聞いてるのか?」
「聞いている。たぶんな。だが、問題はその内容だ」
「は?どういうことだよ」
意味がわからず、怪訝に見上げた。漆黒の目と視線が合う。
「もうすぐ、わかる」無表情のまま、ぼそりとあいつが言った。
早朝、おれたちは招集の命を受けた。それも、火影からの勅命である。若手とはいえ上忍。里の内外の状況も理解している。急にどうこうという事態でないとわかっていても、気がはやった。
現在、木の葉の里はおれたちを含む若手上忍が主軸となっていた。古参上忍の殆どは木の葉の国の東側、森の国の龍尾連山の西方の砦に詰めている。
龍尾連山。カカシ先生が亡くなったとされる場所。そこに位置する西方の砦は先の雲の国との戦いで、ガイ上忍が奪取したものだ。
カカシ先生の死後、三代目火影はそこに主な上忍を配置した。そして三年。今のところ、雲の国に不穏な動きは見られていない。二年前、雲の国で起こった、内政を揺るがす出来事も関係しているのだろうが。
「雲の国かな」思いついて、訊いてみる。
「いや。違うだろう」サスケが応える。固い声。言葉を継いだ。
「動きだすのなら・・・・おそらく、砂の国」
「砂・・・か」
「ああ」
奥殿への渡り廊下がやっと終った。居間の扉を開ける。
「よう」
「おはようございます」
「ネジ!リー。おまえたちもか?」
「はい。ナルトさんたちもだったんですね!」
「オレとリー、それに貴様たちか・・・・厄介なことになりそうだな」
「ああ」
ネジの言葉に、サスケが首肯いた。
おれとリーを取り残して、二人の話は続く。彼らにはわかっているらしい。
「まあ。写輪眼の貴様が来るなら、半分は受け持ってもらえるということだな。砂忍の特徴もわかっているだろうし。そう無謀ではないというところか」
「こちらもだ。お前がいるなら、話が早い」
「サスケ。何二人で話してんだよ。全然わからないぞ」
焦れて、口をはさんだ。
「そうです。ネジも話してください」
先が思いやられるとばかりに、ネジがため息をつく。サスケが口を開いた。
「木の葉の国を取り囲む国の中で、友好関係を築けていないのはどの国だ?」
「東側なら雲の国とその属国、森の国でしょうか。そして西側ならば砂と岩の国でしょうね」
「後は雑魚ばかりだもんな」
「それらに対して、我が国の守りはどうなっている?」
「東側は大丈夫です。なんせ、ガイ先生を始めとする古参上忍の方々がいますから。よっぽどの事がない限り、砦は落ちないでしょう」
「ならば、西、か」
「さすが上忍、察しがよいのう」
投げられた声におれたちは上座を見た。瞬時に跪いて礼の姿勢をとる。三代目火影が現われた。
「遅くなったの。最近、とみに身体の自由が利かぬでな」
「じっちゃん。大丈夫か」
「おい」ネジが睨む。
「よいよい。腹を割って話すため、奥殿まで呼んだのじゃからな」
火影が細くなった目を更に細めて言った。年輪の様に這うシワが深まる。
「火影様っ。お話をお伺いしますっ」
リーが几帳面に訊いた。結んだ口元に力が入る。
「おお。そうじゃったのう。まあ、大体はおまえたちが今、話していたことなのじゃがな」
「と、いうことは。西側、砂と岩の守りでございますね。何か、動きが?」
「いや、まだ大きなものはない。じゃが、最近、いろいろと小者がちょっかいをかけて来ておる」
ネジの問いに火影は答えた。皆の顔が更に締まる。
「面倒だな。砂も高氏との戦いで堪えてるだろうに」
「だが、もう三年だ。国力を取り戻していてもおかしくない」
「流石だの。うちはの。用心して足りぬことはない。充分、考えられることじゃ」
「では、今回の我らの任務は、西側の防衛、ということでございますね」
「兵を挙げるのですかっ?」
りーが乗り出した。とっさにネジが止める。
「リー。それはまだ早い。証拠がないからな」
「じゃ、おれたちが真相を探るってわけだ」
「おお。ナルトも成長したの」
「あ、じっちゃん。酷い」
火影は声をたてて笑った。ネジも、リーも笑う。サスケは腕を組み、複雑な顔をしていた。
「ともかくは、俺達に西側の国境を守りきれ。と、いうことだな」
皆がひとしきり笑った後、あいつがぼそりと言った。火影が首肯く。
「詳しいことは、エビスに任せてある。エビス」
言い終わらぬうちに、黒い影が現われる。
「御前に」
「詳しい説明を、のう。わしは休む。情けない。もう足が震えておるわ」
侍従がそっと近づき、火影の背を支えた。
「はっ。では。君たちはこちらへ」
エビスに促され、おれたちは別室へと向かった。振り向けば、侍従に抱えられるようにして部屋を去る長の姿が見えた。
なんだか、ひどく頼りなく思えた。
「それにしても、どう考えたって無茶な話だよな」
火影の屋敷から帰る途中、おれは愚痴をこぼした。辺りが朱に染まる中、あいつは黙って歩きつづけている。正直、同意が欲しかったのだが。不信に思って、前にまわり込んだ。
「最近、黙ってばかりだな」
「そうか?」
「そうだよ。・・・・・で、おまえはどう思うんだ?」
「何が」
「今回の作戦だよっ」
やや大きめの声を張り上げた。サスケ意見を聞きたかった。
今回の作戦、それはよく言えば上忍としての力を大きく見込まれている、悪くいえば人手不足の苦肉の策というべきものだった。
木の葉の国の西側には、国を囲むようにして山脈が走っている。名を虎西山脈という。その山脈は東の龍尾連山と違って、岩山だらけの険しい山々だ。我が国はこの山脈の北側と中央、南側の三ヶ所に砦を築いている。それらの名をそれぞれ虎頭、虎央、虎尾の砦といい、砂の国と岩の国に対する守りの拠点となっていた。三年まえ砂の国から独立した高氏は、虎尾の砦のすぐ西側に位置している。
今回のおれ達の役割は国境の防衛、そして砂と岩の国の動向を探ることだ。西側の国境全体を二つに分け、虎央の砦より北側をネジとリーが、南側をサスケとおれが守る。これは、かなり無謀な作戦と言えた。いくらそれぞれの砦に常駐の中忍たちがいるとはいえ、これらをまとめる上忍がたった四人しかいないのだ。
「仕方がない。他の上忍たちは、雲の国側の国境を離れるわけにはいかないからな」
サスケがぼそりと言った。確かにそうだ。雲側の最前線、西方の砦は渡すわけにはいかない。せっかく3年前、取り返したのだ。多大な犠牲を払って。
犠牲。その中に、彼も含まれている。生ける『英雄』、写輪眼のカカシ。
「そうだけど。でも・・・・辛いよな」
ため息と共に、言葉を吐き出した。改めて思い知る。彼の存在の大きさを。でも、もうカカシ先生はいない。
「確かに、たった四人で国の半分を守りきれるかと言えば、どうか分からない。この三年、何もなかっただけでも幸運と言えるだろう。だが・・・・」
あいつがいったん、言葉をきって振り返った。闇色の瞳がおれを見つめる。
「それが俺達の役目ならば、やるしかない」淡々と、言葉が紡がれた。
「そうだよな」おれは首肯く。そのとおりだ。
埋めるべき存在がどれだけ大きくとも、今はやるしかないのだ。国を、木の葉の里を守るために。
「さて、今日は喜八にでも寄ってゆくか」
殊更元気に言った。サスケは困ったような表情で見つめている。やがて口を開いた。
「俺は構わないが・・・・・飲み過ぎるなよ」
「わかってるって。さ、いこう!」
やや強引にあいつの腕を引いた。そうだ。あれこれ考えても始まらない。せめて、景気を付けてやっていこう。当分、旨い酒は飲めなくなることだし。
夕暮れの中、おれたちは喜八へと足を向けた。
ACT2へ続く