確かめねばならない。
 その存在を。
 何者なのか。どのような意図で作り出されたのかを、この目で見なくては。
 たとえ、『おれ』から生まれたものであろうと容赦はしない。
『彼ら』の障害は取り除かなければ。







夢を継ぐもの  by真也







 風が薫る。窓の外には緑。若々しい色が目を和ませる。
『なんとか、軌道に乗ったようだな』
 読み終えた報告書を机に置き、おれはほっと一息ついた。
 半年前より、おれは木の葉の結界のはり方を変えた。長年の苦労の末、やっと考案した方法だった。それまでの一人の人間が全部を受け持つやり方ではなく、東西南北に術者をおき、四人の力と里にいる火影を媒介に結界を張る。これだと一人一人の負担が少なくて済むし、後継者も作りやすいだろう。六代目に推挙している木の葉丸にも充分可能な結界だ。だが、それぞれが自分の責務を自覚し、協力し合わなければならない。
 でも、それでいいのだと思う。一人の者が必死に守るのではなく、皆が自分の持てる力を出し合って守る、それこそが人のあり方にふさわしいと。
 今のところ、結界は順調に維持できているらしい。今はおれを媒介として結界を張っているのだが、近日この役目を木の葉丸に託し、正式な六代目火影として擁立しようと思っている。
 これで国内はなんとかなる。正直、安堵した。なんとか間に合わせなければと思っていたから。
 数ヶ月前より起こった目眩いと意識消失の発作は、確実に悪化してきていた。側近たちも徐々に気付き、ついには精密検査が行なわれた。が、しかし。
 原因は判明しなかった。医学的に見て、おれの身体はどこにも異常はなかったのである。
「あとは、呪術によるものしかないのじゃが・・・」
 長老たちは言った。けれどもここは木の葉の中枢。術者も多くいる。なんらかの呪術が施されておれば、誰かが気付くはずである。だが、どの術者もそれを感じることはなかった。
 ならば、原因らしきものは一つ。おれの中の九尾。
 遠い昔に封印され、おれと一つになったもの。おれが全て吸収してしまったものだと思っていた。
 しかし、それは紛れもなく封印された化物。どんなに時を重ねようともおれの中に巣食い、生きているのだ。
 これは持っていかねばならない。おれとともに、天へと。
 覚悟は出来ている。もとより里を守る火影の身。それで皆が守れるのなら文句はない。
 だが、まだ早い。早いのだ。
 おれは全てを成し終えていない。『彼ら』のことも、『あいつ』と『彼』から預かったものについても。そして、もう一つ。
「どうなさいましたか?」
 心配そうな声で我に返った。傍らで黒い瞳が見つめている。しっかりした眉と意志の強さを表す口元。長年、支えてくれた大切な友人。
「なんでもないんだ。すこし、ぼんやりしていた」
 微笑みながら見やると、ホッとした顔を見せた。
「お茶を入れましょうか」
「ああ、頼む。今日は何なんだ?」
「野草茶です。どくだみをベースにブレンドしました」
「苦いのか」
「はい」
 もとより料理好きな彼は、最近では薬膳料理の腕も磨いている。おれの病に気付いてから、更に熱心になったようだ。現にここ数ヶ月間、身体にいいからと妙に苦い粥を食べさせられている。
「確かにうまいものではありませんが、その分、身体に効きますから・・・・」
 言い淀みながらも、ことりと湯のみが置かれる。漢方の匂いの、緑灰色の飲み物。おれは息を飲んだ。
 すがるように見つめている。これには弱い。
「わかったよ」
 諦めて、湯のみを手に取った。一口含む。苦くて酸っぱい。一瞬、えづきそうになりながらも飲み干した。
「ありがと。凄い味だな」
 言いながら、湯のみを置く。
「おかわりはなさいますか?」
「いい。ところで、リー」
「はい」
「この後の予定は・・・」
「御言いつけどおり、入れておりません。このところお疲れのようですし、ゆっくりとご静養されるのがよろしいかと」
「そうもいかん」
「えっ」
「出かけるぞ。供を」
「どちらへ」
「暗部研究所だ」
 おれは席を立った。





 その施設は、ひっそりと山奥に佇んでいた。
 かつてあいつが通い、あいつの分身である「彼ら」を生み出したところ。暗部研究所。
「お久しぶりです」
「お互い、年をとったな」
 白髪に深く刻まれた皺。小さくなったその姿。だが、淡々とした物言いは変わっていない。
 暗部研究所主任はいつもと変わらず、おれを迎えた。
「今日は、どのようなご用件でしょうか」
「おれの精密検査の報告書はみたか」
「はい」
「どうだ?」
「どうもありません。かなり衰弱なさっておられるかと思いますが」
「原因は、なにか」
[わかりません。報告書を拝見する限り、特に異常な結果はありませんから」
「言ってくれるな」
 思わず苦笑した。火影という権威を恐れず、事実だけを述べる潔さ。老いたりといっても、彼の魂はなんら変わりない。真実のみを求める心は。
「ご用件をどうぞ。診断が目的ではないかと思いますが」
「そうだな。では、言う」
 おれは大きく息を吸った。瞬きせず、シギが見つめる。
「おまえは何故、あれを創ったのか」
「あれと、言いますと」
「らしくないぞ。おまえの隠しているものだ」
 眼鏡の奥の瞳が僅かに見開かれる。彼は眼鏡を外し、大きく息を吐き出した。
「申し訳ありません。ご存じでしたか」
「おれは火影だ。把握しておらぬものはない」
「そうですね。では、なぜ今日になって」観念したように、皺深い瞼が閉じられる。
「様子を見ていた。消すことは容易い」
「お見逸れいたしました。で、ご処分は」
「まだ決めてはいない。この目で確かめてからだ」
 おれの応えに、シギの目が見開かれた。白みがかる老いた瞳に、おれがうつる。
「彼にお会いになるので?」
「ああ。だが、その前におまえの答えを聞きたい。何故か」
 もう一度訊いた。シギの顔が引き締まる。彼はひっそりと口を開いた。
「夢を見たいと、思いました」
「夢?」
「はい。この世にはいくつも叶うことなく消えた夢がございます。私は今まで、己の夢を描いたことはありませんでした。でも、初めて夢を見たいと思ったのです。だから、私はあの子を創りました。夢の可能性を高めるために」
「夢の、可能性・・・」
「はい。『あの子』が『彼ら』に出会う可能性はほんの僅かです。しかし、あの子が存在しないかぎり、夢の可能性はないに等しい。だから私自身、それを信じてみたくて鈴(りん)を創り出しました」
「りんと、言うのか」
「はい。あなたの『鳴門』にあやかりまして、門を叩くものであるよう、鈴(りん)と」
 シギの、殆ど見えぬだろう瞳が細められる。口元に、微かな笑み。
「・・・・そうか」
 おれは目を閉じ、呟いた。
 夢。
『火影』を得る代わりに、あの時捨てた夢。
 シギはそれを拾い、育てていたのか。
「会わせてくれ。鈴に」
 おれは目を開き、シギに告げた。老研究者は黙って首肯いた。





 本と器材に囲まれた研究室の片隅に、彼は座っていた。
 金色の髪、碧い瞳、見覚えのある顔。過去のおれよりは日に焼けていない。透けるような白い肌。
「誰なの?」
 鈴は訊いた。素直な、警戒心のない顔で。
「わたしの友人です。鈴、こっちへ来てください」
 シギが言うと、少年はゆっくりと歩んで来た。『彼ら』より一回り小さな身体。同い年だと聞いたが。
「初めまして、鈴」
「こんにちは。あなた、誰かに似ている気がする」
「そうかい?よろしく。おれは、鳴(なる)」 
 そう言って、おれは右手を出した。鈴がおずおずと手を出す。そっと手を握った。
「君は、ここが好きかい?」
 握った手を離し、視線を合わせて訊いた。おれと同じ瞳がまっすぐに向けられる。
「はい。おれはここから出たことはないけど、シギもナギも優しいから」
 にっこりと笑った。安堵する。限られた環境ではあったが、愛されて育ったのだ。おれの分身は。
 彼のまわりの科学者たちに、深く感謝する。
「これからおれは何度かここに来て、君にいろいろと教える。いいかい?」
「教える?」
「そう。少し厳しいだろうけど、弱音を吐かないでついて来てほしい。君に必要なことだから。いいね」
 そう言って促すと、鈴は黙って首肯いた。静かな目。物事をきちんと冷静に見分けている。
 これなら、もしかしたら。
 でも、足りないものもたくさんある。学ばせなければ。生き残る方法を。
 意を決して、おれは彼を見つめた。





「どうなさるのですか」
 廊下をゆっくりと歩みながら、シギが訊いた。おれは答えなかった。
「私の処分はいかようにも・・・でも、あの子は・・・」
「殺しはしない。しかし、今のままでは己の命一つ守れぬ。ならば、『彼ら』には必要ない。足手まといになるだけだ。これから生き残る方法を教え、おまえが死んだら暗部へとやる。そこで生き残れぬようなら、それまでのことだ」
 殊更に厳しく言い放つ。シギの息を呑む音が聞こえた。沈黙が流れる。しばらくして、シギは「御意」と答えた。
「リー!」
 側近を呼ぶ。一瞬で黒い影が現れた。
「このこと、内密にな」
「はっ」
「暗部の責任者を呼べ。奥殿で話す。先に行け」
「承知」
 言葉とともに、リーの姿が消える。おれは出口へと向かった。




 急がねば。
 まだ、死ぬわけにはいかぬ。
 より多くの時間をもぎ取り、残していかなければ。
 可能性を。
 道標を。
 夢を、継ぐものたちに。



 気を抜けば、あの目眩いが襲ってくる。
 唇を噛み締め、背筋を伸ばして、おれは未来を見据えた。



end


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