散華   byつう






ACT3〜四阿〜



 あの文は、偽りではなかった。
 内務尚書からの、内々の親書。あれに書かれてあったように、セキヤは著しく弱っていた。頬の肉は落ち、あごがとがっている。唇は土気色をしていて、もちろん顔色も悪かった。
「話を、聞こう」
 単刀直入に、ナルトは言った。大丈夫か、とか、どうしたのだ、とか、そんなことを訊いている場合ではない。
 こんな状態で、セキヤはここまで来たのだ。おそらく、森の国の重臣たちは反対しただろう。それでも、自ら行かねばならぬと判断したからこそ、無理を通したのだ。自分はそれに、応える義務がある。
「人払いを」
 セキヤは言った。ナルトは笑った。
「してあるよ。今日はリーもいない」
「そうか」
 セキヤもわずかに口元をゆるめた。直後、ふらりと上体が揺れる。
 使者の正装をした刃が、すばやく側に寄った。背を支えて、横にすわる。
 すわっているのも、つらいのか。ナルトは唇を結んだ。
「ここなら人目につかないと思ったんだが、中の方がよかったか」
「……いや。上等だよ」
 セキヤはゆっくりとあたりを見回した。懐かしそうな顔。
 以前、この男がここに来たのは、森の国の建国直後だった。あれからもう十二年か。
 あのときにセキヤが所望した緑萼の木は、しっかりと王城の庭に根を張ったらしく、毎年、その季節には幾枝かの梅とともに森の国の特産品が送られてくる。
「無理を言って、悪かったな」
 穏やかな声で、言う。ナルトは首を振った。
「おれとおっさんの仲だろ」
「やなやつだねえ」
 くすりと笑って、セキヤは懐に手を入れた。
「でも、まあ、長い付き合いだから許してやるよ」
 言いながら、取り出した品を並べる。
「これは……」
 ナルトは目を見張った。
 古い巻物と、小柄。そして指環。
 それらがなんであるか、火影の名を継いだときに知らされていた。かつて森の国を治めていた朱家の一族のみに伝わる、忍の奥義を記したもの。
 そんな、いわば命とも言うべきものを、なぜセキヤはここに持ってきたのだろう。
「三代目のじいさんから、話ぐらいは聞いてるよね」
「ああ」
「これ、預かってよ」
「え?」
 ナルトは耳を疑った。
 預かるって? この、朱家の門外不出の術が詰まった「三種の神器」を?
「どういうことだよ」
「いやあ、オレんとこには、これをうまく使ってくれそうなやつがいないのよ」
 セキヤは苦笑した。
「刃には忍の術を教えなかったしさあ。ほかのやつらも、戦闘能力は言うことなしなんだけど、これを預けるには役不足でね」
「だからって、余所者に渡すことはないだろ」
 木の葉の国は森の国と友好的な関係を築いているが、それとて永遠のものではない。自分が火影として里をまとめているうちはいいが、それから先のことはわからないのだから。
「んー。まあ、いろいろリスクもあるけどね。いまんとこ、おまえに預けるのがいちばん確かだと思って」
「おれが、その術を解読してもいいのか」
「いいよ。べつに」
 あっさりと、セキヤは言った。
「でなきゃ、持ってこないって。おまえが使ってもいいし、それに……」
 焦土色の目がいたずらっぽく光る。
「ガキどもにやってもいいよ」
 ガキども。すなわち、風と雷のこと。
 ナルトはまじまじとセキヤを見た。
「それこそ、無茶苦茶な話だな」
「そうでもないよー。あいつら、見込みあるもん」
 何事か思い出したのか、にんまりと笑う。
「試したからね。この手で」
「セキヤ……」
 ナルトは背筋が震えるのを感じた。風と雷は、この男と剣を交えたというのか。
 自分は一度も手合わせをしたことはないが、それでもわかる。この男がどれほどの力を持っているか。気紛れに里の家に遊びに来て、縁側で茶を飲んでいるだけの男ではない。
 以前からその強烈な「気」は重々承知していたが、火影となってからはなおさらに、いわゆる「朱雀」の力の凄さをまざまざと感じてきたのだ。
 そんな男が、風と雷に剣を向けた。そして、彼らを認めた。
「いいんだな、本当に」
 あの子たちに、あとを託しても。
「見極めは、おまえに任すよ」
 真摯な表情。ナルトはゆっくりと頷き、卓の上の品を懐に収めた。
 このためだったのか。
 胸のあたりが、ずしりと重かった。
 これを託すために、セキヤは病を押して出てきたのだ。自分の手で、始末をつけるために。
「日がかげってきたな」
 ナルトは立ち上がった。
「床を用意させてある。中へ」
「ん。そうね。刃、あとで薬湯を……」
 刃の腕を取って立ち上がろうとしたとき。
 セキヤの体がひきつったように震えた。ひざが、がくんと折れる。
「……セキヤ!」
 刃が叫んだ。ナルトもあわてて、脇を支える。
 軽い。
 左側を刃が抱えているとはいえ、この軽さはなんだ。
 意識を失った男の朱色の髪が、風に吹かれて頼りなげに揺れた。




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