散華   byつう






ACT2〜奥殿〜



 森の国の国主が病に倒れたという噂が流れたのは、三月ばかり前のことだった。
 意識不明の状態であるという話もあれば、単に過労で休養をとっているだけだという話もあって、詳細は明らかではなかった。森の国の内務尚書と継続的に連絡を取っているロック・リーでさえ、この件に関しては情報を得ていなかった。
「雲の国の花街で派手に遊んでる、なんていう噂もあるしなあ」
 木の葉の国の五代目火影は、あの赤毛の男ならそれもありかと内心では思っていた。
「火影さま」
 本殿の執務室に、いつにもまして真面目な顔で側近の男が入ってきた。
「ああ、おはよう、リー」
 窓際に立って外をながめていたナルトは、書類の積まれた卓に戻った。
「まだ全部は見ていないんだが……」
 火影になって十四年ちかくたつが、いまだにデスクワークは苦手である。
「書類は事務方にまかせましょう。サクラさんが非番の者にも招集をかけましたから」
「……なにかあったのか」
 常とは違うリーの様子に、ナルトは眉をひそめた。
「森の国から内々に、火影さまへの親書が届きました」
「内務どのか?」
「はい。まずはこれを」
 リーは懐から小さく折り畳んだ書状を出した。
 森の国の内務尚書とリーは、鷹を使って個人的に文の遣り取りをしている。互いに自国の情報を提供しあって、両国の親交に役立ててきた。
 ナルトは厳しい顔つきで、その文を読んだ。二度、目を通してから手の内で消滅させる。
「こちらから伺うと伝えよ」
「火影さま……」
「どうしても、いま会わなければいけないのなら、おれが……」
「それはなりません」
 リーはきっぱりと言った。
「なぜだ」
「あくまでも非公式に、というのが森の国の意向です。火影さまが動いては、諸国に知れてしまいましょう」
「セキヤが……いや、朱雀どのが動いても、それは同じだろう」
「大丈夫です。そのために、いろいろな噂を流しているそうですから」
 ナルトは合点した。
「なるほど。噂の出どころは、本人か」
 国主の健康状態は機密事項に属する。が、隠しても、いずれはばれるのならば、都合のいいように操作した情報を積極的に流して、どれが事実なのかわからないようにしてしまえばよいと、セキヤは考えたのだろう。
「わかった。朱雀どのの希望通りに。表方には知らせるな。国境から里までの警護は暗部に依頼する。奥殿の警備も、しばらくはアスマとガイに頼んでくれ。中忍では心許ない」
「承知」
 リーは拝礼して、房を辞した。
 文の様子では、セキヤの病状はかなり悪いようだった。婉曲な表現を常とする内務尚書にしては、直接的な文面。余裕がないのだろうか。それとも、こちらに緊急の会見を承知させるための策なのか。
 ナルトとて、もう十代の少年ではない。政治上の駆け引きのなんたるかを、十分に知っている。ことさら自分から、そういう手段を使うことはないにしても。
「失礼いたします」
 表方の書記官が、一礼して入ってきた。すばやく卓の上の書類を集めて、出ていく。それと入れ違いに、アスマとガイが現れた。
「だいたいのところはリーから聞いたのだが」
 ガイが眉間にしわを寄せたまま、言った。
「警備は奥殿だけでよいのか」
「ああ。あまり大袈裟なことをしては、目立つから」
「念のため、紅に本殿の警備をさせたらどうだ」
 アスマが口をはさんだ。
「表方には内密にするのなら、防音壁がいるだろう」
 それは、そうかもしれない。紅と、何人かのくの一で表方の監視をしてもらおう。ナルトはアスマの進言を受け入れた。
「それで、いつ来るのだ?」
 ガイが訊いた。
「はっきりとはまだわからないが、おそらく四、五日うちには」
「承知した」
 さらにいくつかの事項を確認し、アスマとガイは退出した。




 予想より二日ばかり遅れて、その一週間後。
 森の国の王城から「使者」が到着した。国主から五代目火影への、ごく個人的な暑中見舞いを持参したという。森の国の重臣たちと親交の深いガイ上忍は、その使者を伴って奥殿を訪れた。
 使者は、国主の近侍であった。五代目は使者を歓迎し、夕餉までのあいだ、庭を散策しようと誘った。使者は恭しく拝礼し、「御意」と答えた。




 奥殿の庭は、木々の緑が美しい。夏の盛りだというのに、この庭は涼しかった。吹き抜ける風が心地よい。広葉樹の日陰にある四阿に、五代目は使者を案内した。
「よお」
 四阿には、先客がいた。じつは密かに、ここへ案内するようガイに命じておいたのだ。
「セキヤ……」
 ほぼ、一年ぶりの再会だ。
 ナルトは心の動揺を抑えて、その男の名を呼んだ。




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