いくさばで、あるいは狐狸の住む山中で、もしくは他国の収容所で。
 骸となって捨てられて、獣や禽に食われて果てると思っていた。
 それもいい。この身を食らって、生を繋ぐものがいるのなら上等だ。生きながら引き裂かれてもかまわないとさえ思っていたのだから。
 自分はそれだけのことをしてきた。安らかな死など、望むべくもない。そんなことは、とっくの昔に覚悟していた。
 なのに。
 この静かさは、なんだ。こんなことが許されるのか。この俺に。
 ふいに体が軽くなる。嘘のように痛みも消える。
 ああ、これが、そうか……。
 『見るべきほどのものは見つ』。
 セキヤは納得した。






散華   byつう






ACT1〜王城〜



 森の国の王城では、その日、緊急に重臣会議が開かれた。
 集まったのは五家七公と称される大臣クラスの重臣と、国主の側仕えの者たちだった。
 国主が病床に伏してからというもの、森の国では国政のあらゆる分野で大臣を中心とした各部に国主の権限が移譲され、事実上、まつりごとのほとんどは合議制で行なわれていた。
「されば、これでよろしいな」
 長時間の会議の末、重臣の中でも最高齢の宋郭という男が、重々しく結論を述べた。
「……御上がそれほどまでに仰せであれば、致し方ありませぬ」
 内務尚書の地位にある男は、不本意ながらも賛意を表明した。各部の長も、それに倣う。
「では、随員の選出は礼部と内務でよしなに」
 昼過ぎに始まった会議が終了したのは、もう夜も更けたころだった。





「ずいぶん、遅かったな」
 寝殿の一室。セキヤは、幕を開けて入ってきた刃に声をかけた。
「あたりまえだろ」
 刃は議事録を枕辺の卓に置いた。
「こんな状態なのに、木の葉へ行くなんて無茶を言うから、みんなを納得させるのがたいへんだったんだから」
「とくに、加煎か?」
「いや。加煎は、わかってたみたいだけど……でも、会議の最中、いつ扇が飛んでくるか、気が気じゃなかったよ」
 加煎はずっと、眉を寄せて扇を手元で弄んでいた。そして、各部の長の意見がひと通り出揃ったのち、やっと口を開いたのだ。
 御上の御心のままに、と。
「そっか。丸くなったねえ、あいつも」
 言うなり、セキヤはぐっ、とのどを詰まらせたような呻き声を漏らした。あわてて、刃が手水鉢を差し出す。
 こうした発作的な嘔吐が、ここしばらく続いていた。常食はおろか、流動食ですらすぐに吐いてしまう状態だ。
「……すまん。もう大丈夫だ」
「のどか食道が切れたみたいだね」
 吐物には血が混じっていた。
「胃の動きを抑える薬湯があるけど、どうする」
「もらうよ。ヒヨコ頭の前でいきなり吐いちゃまずいからな」
 セキヤは鎮痛剤や睡眠薬、あるいは鎮静剤の類を一切拒否していた。病から来る痛みや苦しみといったものを、すべて甘受するつもりだったから。
 それが、自分に与えられた罰。自分が為してきたことに対する、相応の報いなのだとセキヤは考えていた。
『俺の思う通りにさせてくれ』
 セキヤは言った。刃の腕に抱かれながら。
『わかった』
 刃は答えた。セキヤの望むことはなんでもする。それが刃の、セキヤへの想いを示すたったひとつの方法だったから。
「速効性はないけど」
 薬湯を注ぎつつ、刃は言った。
「いいよ、べつに。木の葉の里に行ったときに、無様なことにならなければ」
 セキヤの瞳は、ただその一点に向いていた。
 木の葉の里。見守りつづけた場所。セキヤにとって、それは聖域でもあったのだろう。
 あの人がいた場所。あの人の遺した者たちが暮らす場所。
 セキヤが「宝物」と称したその人を、刃は知らない。が、その人がいまのセキヤを作ったのだと思わずにはいられなかった。
 あたたかくて、やさしくて、強くて、厳しくて。
 セキヤの中に、その人はずっと生きているから。
「いつごろ、行けそう?」
 薬湯をなめるようにして飲みながら、セキヤは訊いた。
「来月の半ばには」
「……そう」
 セキヤは唇を結んだ。何事か、考えているようだ。
「刃」
「なに?」
「加煎を、呼んで」
「え……」
「まっとうな手続きを踏んでる時間は、ないからね」
 セキヤは薄く笑った。
「ヒヨコ頭の側近に、話を通してもらう」
 加煎は五代目火影の側近と懇意にしている。セキヤはそれを利用しようというのだ。
「……わかったよ」
 そこまで、来ているのか。
 刃は踵を返した。時間を無駄にはできない。
 今夜のうちに、木の葉の里に繋ぎを取ってもらおう。そうすれば、今月中に五代目との会談が成るはずだ。むろん、非公式なものだろうが。
 寝殿から正殿に続く回廊が、果てしなく遠く思えた。




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