朱に染まった世界の中に、奴は現れた。
 いつも通りの、皮肉げな笑いと。
 それまで感じたことのない、冷たい殺気をまとって。







朱髪の鬼    by真也








「まだ帰ってないだと?どういうことだ」
 俺は受付を睨みつけた。風が雲の国任務にでたのは三日前。今日には帰ってくるはずだった。
「森の国で休んでいるようです。なんでも、不慮の事故に遭ったとか」
 ファイルをめくりながら、おどおどとその新米が答える。反らされたままの視線。同じ中忍。それも、十一才のガキに。正直、ばかばかしいと思いながら、俺は言葉を継いだ。 
「ケガとか、してないんだろうな」
「かすり傷だと聞いています」 
「そうか」 
 ほっと胸を撫で下ろす。しかし、風が傷を負うとは。余程の事故だったのか。
「明日は、休みだな」
 予定を確認して、俺は受付所を出た。





 下町を抜け、河原を行く。肌寒くなってきた。夕日があたりを朱く彩る。さわり。風が吹き抜けた。河原のススキがなびいている。乾いた音をたてて、まるで生き物のようだ。
「夕暮れ・・・・・か」
 両手をズボンのポケットに突っ込んで、ぶらぶらと歩く。家に帰るにはまだ早い。日没まで、ここで時間を潰そうか。
「ちっ」
 嫌なものを思い出して、舌打ちした。先ほどの受付の様子。視線を合わせないながらも感じる畏怖と羨望。そして、感じる別のもの。
「まったく・・・・人を化け物扱いしやがって」
 風が一緒のときはまだいい。一人でいると、尚更感じてしまう。皆、俺たちを通して奴を思い出し、同時に比較しているのだ。
『うちはサスケ』と。
 どんな奴だったか知らない。でも、耳には聞こえてくる。奴の強さが。
「うるさいんだよ」
 一人ごちる。自分でも情けない。でも、誰にも聞かせられないのだ。『うちは』末裔の愚痴など。
 そういうわけで自然と、ひとけのない場所に行く習慣がついた。





 さくり。
 後ろでした物音にぎくりとする。それまで、全く気配など感じなかった。
 次の瞬間、すさまじい殺気。同時に風圧。反射的に飛んだ。右腕に熱い衝撃。はらり。忍服の袖が裂かれた。間から見える肌には、血が滲んでいる。
「誰だ」
 叫んだ。本能的に感じた恐怖を打ち消すために。
「出てこい!卑怯者!」
「ばあか」
 張りのある声がして、そいつが姿を現した。俺は驚愕する。朱色の髪。鳶色の瞳。見覚えのある細身と、見たことのない長剣。
「・・・・・おっさん・・・」
「卑怯だろうがなんだろうが、やられたもんがまぬけなんだよ」
 言い終わらぬうちに、長剣が振り下ろされた。早い。一撃。もう一撃。必死で横に飛んだ。
「ほらほら、逃げてばかりじゃ死ぬよ」
 ザッ。
 ススキの波が一撃で寸断された。背中を切られながらも、大きく飛ぶ。距離を取り、くないを構えた。
 奴は時々、家に来た。たいてい、黒髪の青年と二人で。刃という青年が稽古をつけてくれることはよくあったが、奴が相手になることは一度もなかった。縁側に座り、声を投げるくらいで。
 そのセキヤがどうして。わからない。ただ、これだけはわかる。奴は、本気だ。
「いくよっ」
 瞬時に切り込んでくる。何とかくないで受け止めたが、蹴りとばされる。腹に重い衝撃。息ができない。胃液が逆流する。着地したところで、長剣が眼前に迫っていた。
「!」
 構える暇もなく横に転がった。左腕が大きく裂かれる。今度は深い。ぼたぼたとこぼれた血を右手で押さえながら立ち上がった。
 にらみつける。力の差は歴然としていた。このままではやられてしまう。
「使えよ」
 口元に普段と変わらぬ笑い。殺気が痛い。身体の震えを、唇をかみしめて堪える。
「写輪眼、使えよ。『うちは』だろ?」
 くないを構えて走り込む。一撃、二撃と金属音。軽く受け止められた。らちがあかない。後ろに大きく飛んで、距離をとった。精神集中。写輪眼を見開いた。
「やあっと、やる気になったみたいね」
「うるさい!」
 火遁印を組み、炎をはき出す。奴が片手で印を組んだ。俺は目を見開く。炎は全て奴を避けて通った。どうやら、目に見えない障壁を張ったらしい。
「はぁっ!」
 手裏剣を投げる。これも跳ね返された。舌打ちして印を組む。風を巻き起こし、真空を放った。だめだ。奴のまわりをすり抜けてゆくだけだ。
「効かないねぇ・・・」
 障壁の中で、奴がにやりと笑う。
「つぎは、あいつだからね」
「なに!」
 弾かれたように走り出した。つぎだと?あいつ、だと?ナルトをやるというのか?!
「甘いよ」
「わぁっ!」
 体当たりしようとして、障壁にはじき返された。身体に電気が通ったように、痺れてしまっている。
「畜生・・・」
 歯をギリリと噛みしめ、印を組んだ。右手にチャクラを集めて。もう、あれしかない。
「なんだ。もう終わりみたいね」
 まだだ。まだ。限界まで気を溜めて。この一撃にかけるんだ。
「ならば、とどめいくよん」
 今だ。
「セキヤ!」 
 全力で走り込んだ。右手に放電が走る。ヂヂヂヂヂヂヂと響く音。
『千鳥』
 青白い火花が散る。奴の障壁と俺のチャクラがぶつかっている。身を裂くような衝撃。でも。
 なんとしても、破る。
「!」
 抜けた。確かに手応え。そのまま反動で飛ばされた。背中を地面に打ち付ける。身体を起こして見上げると、朱髪の男が呆然と右腕を見つめていた。前腕に傷。血が滴っている。
『やった!』
 男の顔が変わった。それまでの不敵な笑みが、さらに色濃いものになる。にやり。焦土の瞳が細められた。
「・・・・・やるねぇ。でも、まだまだだよっ」言葉と同時に殴り飛ばされる。受け身をとり、構え直した。
「ちっ!今度こそ!」
 俺は向かっていった。何度も。何度も。
 日が暮れてしまっても、俺たちは戦い続けた。





 夜風が頬をなぶってゆく。アザと傷だらけの顔が痛い。痛いのは顔だけじゃない。全身だ。
 結局、立てなくなって気を失うまで、俺は戦ったらしい。気がつけば、焼けこげてほとんど丸坊主になったススキの原の一角で倒れていた。
『今日はお前に免じて、帰ってやるよ』
 朧気に奴の声を聞いた。勝ち逃げされたのが悔しい。でも、今は指一本動かせない。完敗だ。
 セキヤ。今まで気まぐれに現れては、言いたいことを言って帰っていった。今回も同じだ。ただ今日の場合は、言うだけではなかったのだが。
 ともかく、必死で戦った。それまでの戦いの経験など、比較にもならない。初めて思った、自分が死ぬかもしれないと。
「・・・・・くそ」
 なぜ、奴がこんなことをしたのかはわからない。ただ、初めて知った。本当の戦いとはどういうものか。きれい事など言ってられない世界。大切なものを守るためには、手段など選んでいられないのだ。
 正直、今までうぬぼれていた。『うちは』に。皆の視線に。自分は強いのだと。
 でも、間違っていた。
 世の中にはもっと強い奴がいる。きっと、自分は守られてきたのだ。たいせつな『うちはの末裔』だから。
『強くなりたい』
 そう思った。純粋に。たいせつなものを、守れるように。
 夜空に瞬く星々を睨みつけながら、俺は心に誓った。





 夜半、重い身体を引きずって家に帰った俺を、アンが待ち受けていた。またけんかしてきたのだろうとさんざん小言をくらったが、倒れるように途中で眠ってしまった。空腹で起きたら朝になっており、布団に運ばれていた。
 貪るように食べた朝食の後、ひょっこりと風が帰ってきた。俺は目を見張る。片側だけばっさりと切られた髪。頬には浅いが、明らかな刀傷が刻まれていた。
 風は俺を見て「やっぱり」と、呟いた。俺たちは気づく。お互いの傷が、誰につけられたものであるかを。
「雷、ぼろぼろだね」
「うるさい」
「・・・・明日から特訓、しないとね」
「ああ」
 ぽつりと出た言葉。俺は素直に頷いた。
 鳥の声が聞こえてくる。さらに明るくなる景色の中、俺たちは庭に面した縁側を見つめた。そこに時折座っていた奴のことを。これからもやって来て、そこに座るだろう奴のことを。
『待ってろよ』
 俺は背筋を伸ばして、そこに見える朱髪に呟いた。



end



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