少しずつ、重なってゆく。
 おまえと彼が。
 自らを見つめ、前を見据えて。
 立ち向かおうとしている。
 この手を離れて。







羽ばたきの前  by真也








 目眩がした。
 最初はほんの、軽いものだったが。
 ここ数年のオーバーワークが祟ったかと、身体を休めたり、いいと言われる粥を食べたりした。
 症状は消えず、むしろ酷くなっているようにも思えた。そのうち、ほんの瞬間だが、意識を失うようになった。
 痛みはない。ただ、眠りに誘われる瞬間のように、自分を保てなくなる。
 さすがに遠出をすることが出来なくなって、外交をもっぱら、六代目として推挙している木の葉丸に任せるようになった。
 里の内政はなんとかなる。その為に人材を育てた。古参の上忍たちやエビス、サクラやリーもいる。
 あとは、外の守りを整えねばならない。
 現状の方法では駄目だ。
 一人の突出した忍が、全てを背負う方式では。
 器に値する者が生まれてくる可能性も不安定。それに充たないものが長となれば、国を滅ぼすきっかけにもなる。
 強大な力など持たなくていい。人は元々弱いものなのだから。
 弱いもの達が力を合わせて生きてゆけばいいのだ。
 それぞれの自覚を持って。
 木の葉全体を守る結界についても考えねばならない。そう思いながら、おれは文庫の扉に手をかけた。
 少し、一人で休みたかった。





 僅かに軋む戸を開けて、おれは目を見張った。
 天窓からの光が照らすその空間に、あいつがいた。
 いや違う。
 雷がいたのだ。
「ナルト」
 彼は丸く目を見開いていた。心底、意外だったのだろう。無理もない。火影が供も連れず、気配を殺して文庫に入ってきたのだから。
 見ていた本を閉じ、棚に直そうとする。部屋を出るつもりか。思わず声が出た。
「おれまで遠ざけるのか?」
 困ったように眉が顰められた。いじめてしまったらしい。
「冗談だよ。・・・・・久しぶりだな」
「政務は、いいのか?」
 ぼそりと訊いてくる。伸びた背。声変わりした低音。相変わらずの細身だが、必要な部分にはしっかりと筋肉がついている。ほっそりとした顔に、目つきだけが鋭くなっていた。
 郊外の家を出て、森で自活していると聞く。周りの援助もいっさい絶って。
『似てるな』
 ぼんやりと思った。顔が、ではない。あの頃のサスケに。
 全てを拒んで時を重ねたあいつ。
 自らを律して、黙々と力を溜め続けた。
 その頑なさまで彼は受け継いだのか。いや。おそらく違う。
 それほど大きかったのだ。あの事件で自分を抑えられなかったことが。
「政務は順調だよ。里も平和だ。なにしろ、頼もしい新上忍がいるからね」
 いたずらっぽく言った。雷の顔が僅かにゆるむ。
「・・・・知ってたのか」
「おまえ、おれは火影だよ」
 この春、彼は14で上忍になった。
 サスケが上忍になったのは18。カカシ先生以来の、最年少上忍だと聞く。単独行動ばかりで協調性がないのが心配だが、任務遂行の正確さと戦闘における非情なまでの冷静さは、里内外でも定評があった。
「おめでとう」
「別に。大したことない」
 祝いの言葉にそっけなく呟く。照れ臭いのか。年相応な一面も見て、おれはほっと胸を撫で下ろした。
 聞こえてくる口さがない噂は、もっと深刻なものだったから。
 信じていた。しかし、心配がないと言えば嘘になる。会って直接確かめたいと思いながらも、政務に追われ、どうしても時間が取れなかったのだ。
「何読んでたんだ?」
 近寄り、手元を覗きこむ。おれは息を呑んだ。
 雷が読んでいた本。それは、イルカ先生が残した写本の一つだった。
 イルカ先生が記し、カカシ先生がサスケへと伝えた重要な機密。あいつが印を施し、ここに残した大切な形見。
 それを今、あいつの残した雷が手に取っている。
「おまえ、これを」 
 胸の震えを抑えながら、俺は訊いた。
「とてもすごい本だと思う。誰が書いたのかわからないが。たぶん、うちはに関わる人が書いたんだろうな」
「知っているのか?」
「ああ。表はなんの変哲のない写本だけど」
 雷はその本を開いた。パラパラとページをめくる。
「これが、呼んでいる気がしたんだ」
「本が?」
「そうだ。上忍になってすぐ、ここに来た。うちはのことを調べたかったから。あの草の言うことが本当か確かめたかった。中に入ってすぐに感じた。この本の存在を。手にとり、中を開いて確信した。だから、写輪眼を使った」
「・・・・そうか」
 導いたのだ。同じ業を背負う彼を。あいつが。
「うちは一族の歴史も調べた。ほんの一部しか残ってなかったけれど。確かに、うちはで虐殺はあった。でも、生き残った男は他に危害をなすことなく、里の為に生きて殉職した」
 彼はたどったのか。誰の手も借りず、一人で。
「そいつに出来たのだから、俺にも出来る。そう思った」
「雷」
「ナルト。俺は、超えたい。『うちは』も。『うちはに囚われる俺自身』も」
 雷がまっすぐに見つめた。漆黒の瞳。その中の輝きは消えていない。
「今はまだ駄目だ。俺は写輪眼を十分に使いこなせていない。『うちは』も『俺自身』もコントロールしきれていない。だからこそ写輪眼を使い、実戦を重ねている。術も少しずつ、コピーし始めているんだ」
「おまえ・・・」
「いつか、教えてくれ。あいつのことを」
 背筋を伸ばし、雷は言った。その顔に焦りや、いらだちは見られない。
 こみ上げてくるものを味わいながら、おれは頷いた。




 少しずつ、重なってゆく。
 おまえと彼が。
 自らを見つめ、前を見据えて。
 立ち向かおうとしている。
 この手を離れて。




「もう行くから」
 照れくさそうに、雷が言った。軽い音がして、天窓の姿が消える。
 おれは微笑んで見送った。
 目眩はまた起こり始めている。それでもまだ、戦わなければならない。
 どこまで行けるかわからないけれど。



 彼が全てを乗り越えた時、その手に渡したい。
 あいつの心を。
 あいつの思いを。
 あいつの、翼を。





『頼む。力を、くれ』
 おれは祈るように、あいつを呼んだ。




end



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