わからない。
奴が何を考えているのか。
命も取らず、身体も使わない。
自分を殺そうとした者を二日間、奴は世話し続けた。懇切丁寧と言えるくらいに。
明日の朝、その奴と同じ任務につく。
『閨でしか使えないのか?』
奴の言葉。それが頭の中を駆け巡る。
今度は、おれが試されるのだろうか。
終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT9
長い通路を歩きながら、おれは無性に苛立っていた。
雷という奴の部屋から自分の部屋までの道。おれは今日、その部屋を出ることを許されたのだ。
奴に散々痛めつけられた日からまる二日、おれは雷の部屋にいた。正確には奴の部屋に拘束されていた。
「眠ることと食べること。それ以外に効率よく体力を回復させる手だてはない」
起き上がろうとするおれを押し戻し、雷はしつこくそう言った。
おれは寝台では眠れない。それでも根気よく寝かせられ続け、最後にはうとうとと眠ることができた。
奴がいるかぎり他の者は入って来れない。奴以外はおれに危害を成さない。奴がいる限り。
いつ、その奴に屠られるかわからない。それでも、その瞬間までは他の者に対して警戒する必要がない。
それは妙な安心だった。
奴に警戒しても無駄なことだ。どんなにおれが警戒しても、死にものぐるいの抵抗を試みたとしても、奴はおれを自由にするだろう。それくらい、二人の差は歴然としている。
雷は己の言葉どおり、おれの命を取ろうとしなかった。それどころかこの二日間、一度もおれを抱こうとはしない。
『どうせ身体が目当てだ』そう考えていた俺の画策は、あっけなく崩れてしまったのだ。
寝台を譲り、食事を運ぶ。汚れた身体を拭き、新しい衣服に着替えさせる。上手く身体を動かせないおれを、雷は献身的に世話した。勿論、無表情で必要最低限の会話だったが。
わからなかった。
今の自分がこいつにとって、その価値を持つとは到底思えない。唯一、奴に益をもたらすあの行為でさえも、あいつは一度も求めなかった。
何を考えているんだ。
いらないなら、打ち捨てればいい。
気に障るなら、いっそ二度と現われないように潰してしまえばいい。
なのにこれは、まるで大切にする行為だ。
おれがもらえるはずのないものだ。
どうしてかわからない。
唇を噛み締めながら、おれは足を速めた。
自分の部屋の前に立ってすぐに気付いた。おれの張った結界がズレている。だれか、侵入した。
中に入って納得する。入口のすぐ近くに見慣れた小荷物。暗部研究所からのものだった。
おれの結界を通ることができて、暗部研究所に足を運べるもの。それは一人しかいない。
暗部の長。油女シノ。
三ヶ月に一回くらいの割合で、シノはその施設に報告とやらで足を運んでいた。
そしてその帰りに、おれの部屋に小荷物を届けてくれる。それは三年きっかり続いていた。
シノは不思議だ。
こんな風に荷物を届けてくれるかと思えば、おれが皆に自由に扱われていても知らんふりをしている。かと思えば、おれが本当に危ない時は、さり気なく命を助けてくれる。
暗部の奴でおれを使わなかったのは、シノと同期の奴。それと、おれ以降に入ってきた者だけ。
ほんの片手ほどの人数だ。
もっとも、暗部に来て二年過ぎた頃から、この身は誰にも自由にさせてはいないが。
否、違う。
今は、あいつが自由にしたも同然だ。
『うちは』だという新入り。
雷。
先程の苛立ちを思いだしそうになり、慌てて小荷物を手に取った。
せっかく楽しみにしていたものが届いたのに、奴の事など考えたくない。
気を取り直して、それを開けた。
中には最新の毒物分析データと新しい毒物の微量サンプル。高カロリー簡易栄養食品。ナギが改良を重ねて作ってくれたもの。味は殆どしないが、ごく少量でかなりの栄養素とカロリーを取得する事が出来る。おれの命綱とも言えた。
三年前、シギがなくなりシノがおれを引き取りに来た時、ナギはシノに必死で頼んでくれた。暗部研究所と連絡を取ることは許されないおれ。でも、せめて生きるために必要なものは届けさせて欲しいと。
おれは毒物を使う。だから常に新しい毒物の耐性免疫をつけておく必要がある。小さな頃から少しづつ、食物にごく微量の毒物を混ぜて与えられ、それに対する耐性をつけてきた。
おかげで今は微量サンプルを身体に入れるだけで、その物質に対する耐性をつけることができる。そういう体質になってしまった。
荷物はその都度シノにチェックされ、手紙などを入れることは禁止されている。
ナギ自身のメッセージはないが、中の物資を見ればわかる。ナギがどんなにおれを思ってくれているか。
ナギ、平気だよ。
辛いこともあるけど、おれは諦めていない。
きっと、見つけ出すんだ。鳴(なる)の言ってた人を。
心の中でそう念じながら、ナギからの物資を抱きしめた。
大丈夫。
正直、何が起こるか予測もつかない。
不安がないと言えば嘘になる。でも。
おれは諦めない。逃げたりしない。
おれにはやることがあるんだから。
きっと、生き抜いてみせる。
ナギの心を抱きながら、おれは自分に言い聞かせた。
ACT10へ続く
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