終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT10
トントンとリズムよく木々を渡ってゆく。今のところ遅れを取っていない。
思ったより基礎はしっかりしているな。
鈴の前を行きながら、俺はそう判断した。淀みない足裁き。あれでは、過日の後遺症も考慮に入れなくていいだろう。
「ここで寝るのは嫌だ」
「寝台は身体を休める所だ」
お互い全く通じないやりとりを何度も繰り返しながら、寝台に縛りつけておいてよかった。やはり、身体を横にするのとしないのでは、体力の回復具合が違う。
奴の身体を拭き、衣服を着替えさせる。
食事を運び、食べたがらない口に押し込む。
己の寝床を譲り、わざわざ寝台の隣で眠る。
自分でも滑稽な二日間だった。自らの命を狙った者の介抱をする。それまでの俺では考えられないことだ。
こうしたかったのかもしれないな。
漠然と思った。そうかもしれない。徐々に衰弱していったナルト。姿形がどんなに変わっていこうとも、最後まで見つめていたかった。共に苦しんでいたかったのだろう。でも。
あの人はおそらく、それを善しとはしない。
「おまえはおまえの為すべきことをするんだ」
穏やかに笑い、透けるような空色の瞳を真っ直ぐに向け、優しく俺を拒んでくれただろう。
その苦しみを共に感じていいのは、あの男だけだったから。
日が高く昇ってくる。今のうちに、一休みしておこう。
俺は足を止めた。
今回の俺たちの任務は砂の国。正確には高氏の一族の自治領。それまで何回も自治権を砂に奪われては取り戻したこの一族の、ある男の暗殺が目的だった。
そいつがいなくなれば、砂側へのつなぎがなくなる。それだけに、厳重な警備が予測された。
「今のうち、何か食べておけ」
面を外して振り返り、念の為に言う。鈴は黙って首肯いた。
木の葉支給の携帯食を取り出しながら、俺はそれに気付いた。鈴が口に運んでいるもの。灰色の泥団子のような物質。
「それは何だ」
思わず訊いていた。およそ人の食べるものに見えなかったから。
「何って、携帯食だよ」
憮然として鈴が答える。
「食べられるのか」
「失礼な奴だな。ほら」
自分の食べているものを少し割ってこっちに投げた。受けとり、口に運ぶ。
不味い。というより苦味以外、味が殆どしない。加えて固くて、ぼそぼそした食感。石を砕いて食べているような感じだった。
「不味くないのか」
不思議に思い、訊いてみる。鈴は大きく目を見張った。
「不味いもなにも、最低限の量で充分な栄養が取れればそれでいいだろう?他に何を求めるんだ?」
介抱している時、薄々は感じていた。こいつは食に対する欲がない。
知らないのだろうか。
『上手いなぁ。やっぱラーメンは味噌に限るよ。温かくてさ。このコーンがおれ、好きなんだ』
鄙びたラーメン屋の一角で、ナルトは幸せそうに笑った。いつもよりくだけた言葉で。少年の姿で。本当に、相棒かなんかに言うみたいに言った。
同じ顔をしているのに、こいつは知らない。
味も、温かさも。それから生まれる豊かな感情も。
なんだか、無性に哀しくなった。
「食べるのをやめろ」
無気になって命令する。鈴は黙ってその食料を置いた。
「すぐ戻る。俺が来るまで待っていろ。逃げるなよ」
言い捨て、枝を蹴った。後ろで鈴が何か言っていたようだが、その時にはもう、聞こえる位置にいなかった。
鳥か、魚、野ウサギでもいい。確か暗部服のポーチにあれを入れていたはず。いた。
飛び立とうとしていた山鳥をめがけ、おれはクナイを放った。
「何してたんだよ」
帰ってきた俺を一瞥して、鈴は口をとがらせた。
「黙っていろ。火遁を使うぞ」
短く言い捨て、印を組む。火炎を獲物に放った。普段より高音の炎。毟ってない羽根ごと鳥を焼いてゆく。肉の焦げる臭い。
程無くして、真っ黒な焼き鳥が一羽できた。焦げている所をクナイで削ぎ落とし、砕いた岩塩を振る。足を一本差し出した。
「・・・・なんだよ」
怪訝そうな目つきで鈴が睨む。本当に知らないんだな。
俺はその足に噛りついた。一部を噛みきって飲み込み、更にそれを差し出す。
「食え。毒など入ってない」
「入ってても効かないよ。おれは毒使いだぞ」
「なら、食ってみろ。できないのか?」
「できるよっ」
顔を真っ赤にしたまま、鈴は足をふんだくった。息を呑み、それを睨み付ける。思い切ったように噛りついた。猫舌なのか肉の熱さに舌を焼き、それでも口に運んだ。ぎゅっと目を瞑っている。
咬む音。何回か咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。
びっくりした顔をしている。
「なんだ。これは」
「鳥だ」
「熱い」
「焼いているからな」
「何だか、とても食べやすい」
「岩塩をふった。・・・・・美味いだろう」
豆鉄砲をくらったみたいな顔を覗きこんで言った。こくりと、素直に首が振られる。再び熱さに顔を顰めながらも食べ始めた。
森で暮らしていた時、俺は狩りをし、獲物を火遁で焼いて食べていた。
リーおじさん達のように、料理など出来なかった俺には、それが一番手軽な方法だった。
米などの主食は里でご飯を買い、おかずは魚や鳥、森の動物を焼いて食う。野菜は生か、風呂を沸かす時の応用で水遁と火遁を組み合わせて茹でた。
醤油や味醂などという高度な調味料を使えなかった俺は、常に塩か、岩塩を常備していた。
大まかな方法ではあったが、生きるに充分事欠かなかった。
「肉って、こんなに美味かったんだな」
手渡された足を骨まできれいに食べつくした後、鈴はぽつりとつぶやいた。
「温かいからな。更に美味く感じる」
「温かいものなんて、今まで食べたことなかった・・・・・」
独り言のように言う。こいつの過去を垣間見た気がした。
「火遁は使えるか?」
「えっ・・・・・見よう見まねだけど」
さり気なく訊くと、驚いたように答える。
「ならば、敵に気付かれる心配がなければ、こうすればいい」
「・・・・うん」
首肯きと共に金色の髪が揺れる。さらりと軽い音をたてた。
「少し休んだら、朝まで駆けるぞ。明朝には砂との国境につく。砂の国へは行ったか?」
「いや。おれは、花の国の大商人とか、霧の国のおエライさんとかが多かったから・・・・」
「そうか」
なるほど。本当に閨の任務のエキスパートだったらしい。でも、俺が見たいのはお前の実力。掛け値なしのお前の忍としての能力。油断させ、騙して戦うのではなく、正々堂々と戦う力。
確認させてもらう。お前の真価を。
鈴を横目で見ながら、俺は任務内容を心で反芻した。
ACT11へ続く
戻る