終わらない夢
 〜暗部編〜 by真也








ACT7



 膝がギシギシと悲鳴をあげている。
 かろうじて体重を支えてはいるけれど、いつまでもつか分からない。
 どこかツボらしき所を突かれてしまった右腕は動かないし、左腕は背中にねじり上げられている。ここも、やばい。いつ折れるか、外れるかわからない。
 顔は身体を支えるのに必死で、夜具に押しつけられたままだ。
 最初は酷い痛みを訴えていたそこはもう、痺れて何も感じない。
 昔、こんなことがあった。
 ここに来てすぐの頃。
 自分の身さえろくに守れなかったおれは、何を強いられても従うしかなかった。
 あの時もここで。
 寝台の上で。
 いつ終わるともしれない行為を耐えつづけていた。
 否。
 あの時と同じではない。
 決定的に違っていることが、一つだけある。
 確かに奴らはおれを自由にしていた。けれど、殺そうという気はなかった。
 それどころか、手加減してくれた奴さえいた。でも。
 こいつは違う。
 手加減のカケラもなく、全力でおれにぶつけてくる。
 怒りも。
 憎しみも。
 殺意さえも。



 そんなに憎いなら、殺せばいい。
 おれはあんたの命を狙った。理由としては充分だ。
「うちは」とやらの能力だったら、おれ一人など取るに足らないはずだ。
 おれは逃げたりしないし、命乞いなんかしない。
 さっさと壊してしまえばいいんだ。
「!」
 一際深く、刺し貫かれた。掠れた息の音だけが聞こえる。


 熱い。
 身体の中から焼かれてゆく。
 苦しい。
 吸い込む息がみんな漏れていく様だ。
 早く、終って。
 全てが終ってもいいから。


 意識を手放そうとした時、もう何度目かの熱さがおれの中に注がれた。






 誰かに担ぎ上げられたような気がする。
 逆さまになった平衡感覚と、ゆらゆら揺れる手足の感覚で目が覚めた。
 動かない。身体全体が。ただ、重くて。
 規則正しく身体が揺れる。足音一つしないけど、時折進む方向が変わる。どうやらおれを担いだまま、そいつは歩いているようだった。
 そっと薄目を開ける。自分の髪と揺れる手。床がかなり遠い。背が高いんだな。すらりと伸びた足が休むことなく行き来している。
 誰だろう。ぼんやりと考える。
 死ななかったんだな。ほっと胸を撫で下ろした。
 初めて感じた。自分が死ぬかもしれないと。
 今まで、いろんな事があったけど、生き抜くことにひたすら必死で、自分の死を考えたことはなかった。酷い所にいるとは思っていたけれど、任務以外で、命の危険を感じるまではいかなかった。なのに。
 あいつは違う。何もかも。
 おれが考える範囲を、遥かに超えていた。
 あれが、『うちは』なのか。
 ざわめきが聞こえた。皆の声。驚愕のうなりと、息を呑む音。遠くで小さくザクロの声がする。情けない声。相変わらずだな。  
 どさりと床に降ろされた。肩を打ち、低く唸る。そのまま横になって呻いていた。目だけで辺りを見渡す。やはり集合場所だった。五メートル程間をあけて、皆が遠巻きに取り囲んでいる。引き攣った顔。痛ましそうな顔。驚いた顔。
「酷く、荒っぽいことをしたんだな」
 シノの声が聞こえる。言葉の中に微かな敵意。駄目だ。やられるぞ。
「こいつは俺の命を狙った。当然の報復だ」
 あいつの声がする。抑揚なく吐かれた言葉。明確な蔑みを含んでいる。
「鈴〜」
 ザクロが近寄ってきた。介抱してくれるのだろうか。その時。
「触るな」
 鋭い声。低く、明らかに命令している。
「触るな。それは、俺のものだ」
 短く言葉を区切り、奴はその場で宣言した。 



 誰も喋らない。
 皆が息を止めている。
 暗部なのに。
 人殺しの集団なのに。
 たった一人、あいつの一言で。



「起きろ。狸寝入りは気付いている」
 右腕が引かれた。再度ツボらしきところが刺激され、腕の痺れが治まってくる。そのまま、上に引き上げられた。腰が、背中が悲鳴をあげる。思わず呻きが漏れた。
「立て。もう一人で歩けるはずだ」
 容赦なく言葉が継がれた。おれは唇を噛み締め、重い足を踏んばる。なんとか自力で立ち、顔を上げた。



 見ている。
 皆が、おれを。
 何もしないで。
 ただ、見つめている。



「三日、休みをもらう。俺も、こいつもだ」
 あいつがシノに言った。シノが渋い顔のまま、首を振る。
「金輪際、こいつに閨での暗殺はつけるな」
「それは困る」シノが返す。
「鈴はその道のエキスパートだ。大切な戦力なんだ」
「失敗したのにか?」
 皮肉げにあいつが返した。シノが言葉に詰まる。
「これは俺がもらう。俺が管理する。任務も俺とこなさせる。それで文句はないはずだ」
 勝ち誇ったように奴が言う。少し考えた後、シノが「わかった」と返事をした。
「来い」
 少し離れたところで、あいつが呼ぶ。闇色の瞳がおれを見据えている。
「早く来い」
 もう一度言われた。顔に苛立ちが見えてきている。おれは皆を見渡した。反らされる、いくつもの目。



 わかっている。
 今まで誰も、おれを助けてはくれなかった。
 おれは、一人でやってきたのだ。
 だから、これからも。



 おれは唇を噛み締め、奴の部屋までの長い道程を歩きだした。





ACT8へ続く

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