*『終わらない夢〜暗部編〜』おまけSS






夢のあと  by真也







 
 ぱたん。
 彼は扉を後ろ手で閉めた。つかつかと奥にある自らの机へと進む。
 一番上の引き出しを開けた。ほとんど無意識のうちに、小さな瓶を二つ取り出す。そこで気付いた。
「もう・・・・必要ないのだったな」
 手の中の鎮痙剤を鎮痛剤を眺め、暗部の長、油女シノは小さな溜め息をついた。
 彼はこの三年間、二種類の薬を常用していた。即ち、常に頭痛と腹痛の種を抱えていたのだ。
 毎日彼は悩んだ。どちらの薬を先に飲もうかと。腹痛が押さえられている間はストレス性の頭痛が起こったし、鎮痛剤を使っている間は鎮痙剤の使用は控えたかった。体内に共存している蟲達にこれ以上の負担を強いたくはなかったから。
 これらは全て、あの日の出来事に起因していた。
『頼む、シノ』
 彼の友人にして五代目火影。うずまきナルトは託した。自らの分身である鈴をシノに。
 暗部で生き残るように少年を鍛えること。鈴がうちはの末裔達と巡り合った時、彼らの動向を監視すること。そして、彼らが共に生きてゆけるか見極めること。それがシノの使命だった。
 正直この三年間、心休まる時はなかった。鈴がここに来て最初の一年は健康管理に心を砕いた。予測通り、少年はかなり衰弱するところまで追い詰められてしまったから。その中で栄養が片寄らないように、体力の消耗が最小限になるように任務を調整した。
 二年めは鈴の暴走を予防した。少年は死にこそしなかったが、かなり精神的に曲がってしまった。それこそ、技をおぼえる為に閨を含めて何でも使い、そこから暗部メンバー間のトラブルが絶えなかったから。
 三年が経ち、やっと落ち着いてきたと思っていたら奴が来た。うちは末裔の双子の片割れ。雷が。
 里での噂は聞いていた。とにかく、暴走したら手のつけられない奴だと。そして、確実に他を圧倒するだけの力を持っていると。個人的には皆に覚えのいいもう一人に来て欲しかったが、世の中は甘くなかった。
『うちは雷』はシノの記憶の中の『うちはサスケ』に酷似していた。顔がではない。それこそ性格がオリジナルを髣髴とさせた。
『うずまきナルト』の分身と『うちはサスケ』の分身。一見、ことはすんなり進みそうに思えた。が、しかし。
 うまくいくと思えた二人は最初から衝突した。勝負は早々についたようだが、今度は鈴の命に危険が及んだ。実際一度は諦めかけたのだ。集合場所にぼろぎれのように横たわっている鈴を見た時。でも、なんとかなった。
 シノは表立って二人を助けることは出来なかった。それだけに、彼の心労は大きかったのだ。
「なーにしてんのさ」
 こつりと窓ガラスが叩かれた。外に金色の目。バサバサの黒髪。オウガだった。
「入れてよ。飲もうぜ」
「なんだと」
「やだなぁ。祝杯じゃん。鈴とあいつ、元気だったんでしょ?」
 そうだ。自分は今日、暗部研究所に行ったのだ。雷の意識を戻すからと報告をもらって。
「鈴、笑ってた?」
「ああ」
 言いながら窓を開ける。オウガが入ってきた。
「よかったぁ。じゃ、本当にあいつでよかったんだな」
「と、いうことになるな」
「あーあ。シノったら焼いてんの?」
 猫を思わせる瞳がくるりと回る。悪戯そうな笑み。
「馬鹿な。ただ、事実を率直に言っただけだ」
「ふふん。ま、とにかく飲むか」
 言いながら、酒をコップに注ぐ。がさがさとつまみまで持参していた。
「はーい。どぞ」
「オウガ」
「何?」
「俺は飲まない。いや、飲めないと言うべきか」
「なんでっ!」
 あひるのように口が尖がる。眉間にシワが刻まれた。
「酒を飲むと、体内の蟲達に負担が掛かる」
「ええーっ。いいじゃん!お祝いなんだぜ!」
 大声を出されて困ってしまう。まったく。仮にも上司なのだが・・・・。
「アンタも喜んでるんだろ?鈴のことかわいくなかったって言えば、嘘になるよん」
「・・・・まあな」
「あいつはやっと夢を叶えたのよー。祝ってやろうよ。いっぱいだけでいいからさ」
 人懐っこく言われる。仕方ない。彼はコップを受け取った。





「しかし・・・・人生、何とかなるもんだね」
 何倍目かの酒を飲みながら、オウガが言った。目がとろんとしている。かなりまわっているらしい。
「この三年間、毎日ハラハラしてた。鈴って華奢だしー。最初は皆に代わる代わるでやられてたでしょ?すぐに死んじまうんじゃないかって思ってたのよ」
「そうだな」
「一年くらい経ってさ、みんなに認められ始めたら今度はあいつ、ひどくさめちゃって・・・・。鈴の心が荒んでいくの、手に取るように分かったよ。もとが素直ないい子だったから、辛かったな」
「まあな」
「で、あいつ。あのうちは野郎はふてぶてしいでしょ。ボロボロの鈴が集合場所で放り出された時、やばかったよー。もう少しで『うちは』に仕掛けちゃうところ。ま、敵わなかっただろうけど」
 ぼそぼそと本音を言う。オウガも辛かったのだろう。こいつは鈴が暗部に来るに際して、身の回りを監視させる為に呼び寄せた。悩んだ末、古くからの友人、犬塚キバに相談したのだ。もちろん内密で。
『そっかー。じゃ、一番目端の利くの送るわ』
 友人は言った。そして、犬塚家の五男、オウガが暗部にやってきたのだ。
 シノは杯を進めた。実際、オウガはよく働いてくれた。長では毎日の細かい部分までは把握できない。自分の見られない部分を、こいつは適切にカバーしてくれていた。
「ここを出てゆく前ね。鈴、あいつと別れちゃってさ。見るからに傷ついた顔してた。あの時、思ったのよ。そんなに辛いんなら、もうオレでもいいんじゃないかってさー」
 オウガにはもう一つの役割も考えていた。即ち、もし鈴がうちはと接点を持たなかったら。その時は一生、暗部で鈴を管理するつもりだった。
「シノ。オレ、知ってるよん」
「なんだ」
「鈴があいつと行かなかったら、オレに代わりをさせるつもりだったろ」
 訊かれて苦笑した。さすがに察しがいい。だからこそ、彼を鈴の傍に置いたのだ。 
「何と言ってもアンタ、甘いよね。でもオレ、嫌いじゃないよん。本当、鈴ならもっけの幸いだったもんねぇ。惜しかったわ」
 苦笑が返ってくる。半ば本気で考えたのだろう。代わりになることを。
「でも、駄目だったんだよねー。鈴、あいつと出会ってから、今まで見たことない顔で笑ってたし。嬉しそうな、幸せそうな顔でね。だから、仕方ないって思ったの」
 鈴は心から望んでいた。雷と在ることを。奴も穏やかに笑っていた。まるで、ずっと餓えていた子供が初めて充たされたような顔で。
「鈴は諦めなかったんだよね。どんなに身体を傷めつけられても。どんなに心が荒んでいっても。大切な部分でしっかり守られていたのね。希望っていうあいつの夢が。だから、掴めたのよー」
「だろうな」
 彼は身体こそ他の奴よりは細かったが、どんな時にも諦めない、強靱な意志と純粋な魂を持っていた。その身体の原形であるうずまきナルトと同じものを。そして、うちはサスケを原形とする雷も同じだったのだろう。
 彼らは互いに惹かれ、互いを求めた。何よりも強く。それは、原形と同じ身体が結びつけたものではない。彼ら自身の魂が呼び合った結果なのだ。
 気がつけば、オウガが机に突っ伏して眠っていた。すやすやと熟睡している。彼も安堵したのだろう。明日からは、別の任務が始まる。キバより直々に頼まれている、こいつを暗部の長に育て上げると言う任務が。確かに機転の利く奴ではあるが、長としての度量はまだまだ。これからしっかり鍛えてゆかねばならない。
「一難去って、また一難。か・・・」
 やることはまだまだ在る。それでも。こんなことなら、いい。未来に繋げて行けるのだから。
 油女シノはまた一杯、コップの酒を飲み干した。



 夜は淡々と深けていった。




 


このお話しの直後のシノとオウガの話は『光源』です。



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