暗部の苦労人達を見守ろう作品NO,1
*このお話しは、『終わらない夢〜暗部編〜』のおまけSS『夢のあと』の続きです*
生きてゆくことがいかに厳しいものであるか。それは、良くわかっているつもりだった。それでも。
旧知の友が告げたことに、疑問がないわけではなかった。
自らの分身を失った片羽の分身に引き合わせる。
彼はその為に、敢えて試練を架した。
命を賭してでも果たさせる試練を。でも。
今なら俺にも、それがわかるような気がする。
光源 by真也
規則正しい寝息が聞こえる。酒が入った後の、深く大きな呼吸が。
「冷えてきたな」
カーテンを引きながら呟いた。誰に聞かせるでもない、なにげない言葉を。
振り向けば机に突っ伏して寝ている。自由奔放に伸びた黒髪。童顔。目を閉じているため、少年のようにも見える。実際、この者は鈴より三つ年上なだけなのだが。そして、今は隠されている金色の瞳。
「アンタ、何でこんなことしてんだ!」
真っ直ぐに見据えて彼は言った。光を放つ目で。
その目から放たれた光が、本心を見透かしたと思った。俺自身の迷いを露呈させたと。
三年前。
友であり五代目火影である男の命にて、俺は少年を預かった。
その男の分身である少年、鈴を。
暗部の長である俺は、鈴の全てを監視することはできない。水面下での部下の動きは尚更に。
だから俺はこの青年、オウガを暗部に呼んだ。友人、犬塚キバの力を借りて。
青年は機転がきいた。おどけた外見の中に、物事を冷静に見極める目を隠し持っていた。
鈴の生命を守る。ただし、どんな苦境も鈴自身に切り抜かせる。鈴自身に監視を気付かせない。それらの条件を架して、俺はオウガを鈴の監視につかせた。
「シノ、話があんのよ」
一月が過ぎる頃、オウガは俺の部屋を訪ねて言った。
「任務はどうした」
「ちゃんと黄丸をつけてるよ。あいつも防御結界張ってる。物音に敏感な奴だから、黄丸が吠えたら起きるって。それに、どうせ誰か来ても手出しできないじゃん」
「そいつが鈴を殺そうとしたら、お前が腕を奮えばいい」
「あれじゃあ、殺さなくても死んじまうよ!」
弾かれたように叫んだ。睨み付けてくる金色。
「オレも実戦に出てるから、経験がないと言えば嘘になる。やるのもやられるのも、どっちだって知ってる。でも、あれはただの弱い者苛めだ」
「仕方がない。鈴は大して忍術を学んでいないからな。アカデミーの生徒と変わらないだろう。それに、皆には『殺すな』と言ってある」
「なんであいつが暗部にいる。里で学べばいいだろ!」
バン。机を叩いて声を荒げた。
「お前。鈴の顔を見た上でまだそう言っているのか?」
冷静に返す。ぐっと息を詰めた。オウガにも分かっているはずだ。それは不可能だと。
「あいつ・・・・・何者なんだ・・・・」
「言えない。・・・・だが、言わなくてもわかることだ」
鈴は五代目に酷似していた。暗部でも表任務で火影に接点のある者たちはうすうす気付いている。だからその者達は鈴を相手にしない。ことの成り行きを静かに見守っている。が、しかし。
裏任務と称される暗殺のみを生業とする者たちは里に出ることはない。むしろ、里から完全に締め出されて暗部にしか居場所を持たない者達なのだ。だから、彼らは火影の顔を知らない。
鈴は今、その者達に身体を供し、いいように扱われている。
「あいつ、日に日に痩せてゆく。表情も全くなくなっちまった。このままじゃ身体か、頭か、どちらかが持たなくなる。どうして止めない」
「今、暗部研究所に高カロリー簡易食の開発依頼をしている。もうすぐできるだろう。それに、鈴はどんなことをしてでも、自力で生き残らねばならない。下手に助ければ早死にするだけだ」
「シノ!」
「何だ」
「オレにはわかる。アンタ、鈴が憎いわけじゃない。むしろ大切なはずだ。だから俺をあいつに付けたんだろ?なのに、どうして敢えて苦しませる。アンタ、何でこんなことしてんだ!」
切りつけられた言葉。しかし。全てを彼に告げるわけにはいかない。いくら、自らの「手」であろうと。
「やめるか?」
「えっ」
「嫌ならやめて、里に帰るがいい。お前が鈴を見ていられないのなら」
「なんだと」
金色の双眸が更に鋭くなる。気を伴ってぶつけられる視線。俺は言葉を継いだ。
「鈴は助けを呼ぶか?」
「・・・いや」
「お前に弱音を吐くか?」
「あいつは何も言わない。じっと耐えている。何かを考えてるみたいに」
「ならば、鈴は諦めていないのだ」
「・・・・あいつが・・」
大きく見開かれる目。虚を突かれたような顔になった。
「鈴には目的がある。自分だけを必要とするものに巡り合い、そいつと生きるという夢が。それを果たすまで、あいつは諦めないだろう」
「夢、だと?」
オウガの片眉が上がる。
「鈴にはただ一つ、夢しかない。お前がいなくなったら、更に色々と強いられるかも知れないが、自分でなんとかするだろう」
「・・・・・・やなおっさんだねぇ」
口がへの字に曲がる。憮然と吐き捨てた。
「どうするか早く決めろ。こちらにも段取りがある」
「やるよ」
「そうか?」
「当ったり前だろ!そこまで言われて退けるわけないじゃん。でも、オレなりに操作させてもらうからな」
ぴしりとオウガは宣言した。金の目が、さらに強い光を放つ。
「条件に反しないなら、構わない」
「ふふん。その言葉、後悔するなよ」
にやりと顔を歪めた。悪戯そうな、猫が笑ったような表情。くるりと踵を返して、オウガはその場を去った。
翌日。
オウガは動いた。情報を操作し、鈴を得ようとする者達を牽制させ合った。 結果。それまでほぼ毎日閨を強いられていた鈴は休息を得た。その後。男たちは相殺し合い、自然と鈴が相手をするのは何名かに限定されるようになる。半年後から鈴は術を覚え始め、二年を過ぎる頃には鈴こそが閨を選ぶ権利を持つようになった。
自分は表に出ずに、事を思い描いたように運ぶ。オウガのしたことは、「手」として申し分ない働きだった。
夜が更けてゆくにつれて、気温が急速に下がってきた。このままここで寝かせるわけにいかない。
部屋に戻そう。
そう思って手を出した時、それをしっかりと掴まれた。俺は目を開く。
「起きて、いたのか」
「もちろん。ちょっとはうとうとしたけど。それにしてもアンタ、待たせ過ぎだよん」
手が更に強い力で引かれる。オウガの上に屈み込む形になった。
「オウガ」
「こっちは待ってんのにさ。本当。往生際、悪いねぇ」
悪戯っ子の微笑み。こいつとは何度かそういう関係になった。大抵、この笑みに引きずられて。
「二人ともせっかく肩の荷が降りたんだから。慰労会、しないとね」
金色の目が近づいてくる。光源とも思える瞳が。惹きつけられてゆく。黒眼鏡がするりと外された。
仕方ない。これも性かもしれないな。
ついに諦めて、俺は唇を繋いだ。
光を見た蟲は、近寄ってゆくしかない。
たとえ、それで落ちることになろうと。
終わり
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