終わらない夢 〜暗部編〜 by真也








ACT38



『諦めなければ、きっと見つかる』
 
 あの日、鳴(なる)が言った。 
 そして見つけた。おまえを。
 夢だけを持ち続けていたおれと、多くを持ちながら夢だけを求めた雷。
 一つしか持たなかった者と一つだけが足りなかった者。
 そんなおれ達を創り出し、彼らは何を夢見たのだろうか。





 カツカツと長い廊下を歩く。四人分の足音。
 窓一つない殺風景な通路。それでも、ひどく懐かしい。
 遠い昔、ここを何度も通った。ある時はナギに抱かれて。またある時は、シギの白衣を掴んで歩いた。
 そこの突き当たりを左に曲がる。古めかしい扉。その向こうは、あの部屋だ。
「それにしても、流石だね」
 前を行くナギが、くすりと笑った。
「何が?」
「雷だよ。もう歩けるなんてね。本当、立派な忍者になったんだ。身体が回復するまでの半月、意識レベルを落としておいて正解だったよ」 
「そんなことをしていたのか」
 不機嫌そうに雷が言う。眉間に皺が寄っていた。
「適切な処置だな。傷が完治するまで、こいつがじっとしているとは思えん」
 淡々とシノが言う。図星を指されて、雷が口をへの字に曲げた。
「悪く思わないでくれよ。僕も医者のはしくれだからね。治療の妨げになることは避けなきゃ。いつぞやみたいに、脱走されたら困るし」
「ナギ」
 バツが悪そうに雷が言う。思わず吹き出した。あいつが子供みたいに見えたから。
「鈴」
「悪い。いかにもおまえらしいと思ってさ」
「鈴にも手を焼いたけど、雷はそれに輪をかけて大変だったんだよ。顔に出ないからすぐに騙されてね。風がいなけりゃ、手に負えなかったな」
「ふうん」おれは頷く。
「想像はつくな」無表情でシノ。
「ナギ・・・・・もう、いいだろう」憮然と雷。地を這う低音。もう半分、怒ってる。
「ごめんごめん。さあ、着いたよ」
 ナギが扉を開ける。ギイと古めかしい音がした。懐かしい場所。その部屋は記憶のままに存在していた。
「相変わらずだけど」
 困ったようなナギの声。埃。書物のすえた匂い。山積みされた本と紙の束。机と端末。その後ろの、大量に並んだディスク達。おれの育った部屋。
「ここだったのか」
 ぼそりと雷が言う。言葉を継いだ。
「一度だけ、迷いこんできた。シギに会いたくて」
 おれは目を見張った。雷が、ここに来たって?
「おまえが?」
「ああ」
 黒い目が見つめ返す。そうだ。黒い目。黒髪。あの少年もそうだった。一瞬ではっきりと顔はわからなかったが。
「あの時は大変だったよ。あとでガイ上忍に怒られてね」
「・・・・すまなかった」
 苦笑するナギに殊勝に雷が謝る。温かいものを胸に感じた。
 繋がっていたのだ。細く長い、絡み合った糸だったけど。おれ達は確かに。 
「さて、昔話はこのくらいにして。鈴、手を出して」
 言われるままに片手を差し出す。ナギは小さなペン型のものを取り出し、おれの指を取った。
「ちょっと、痛いよ」
 ちくり。指先に痛みが走った。うっすらと指先に血が滲む。
「ここに、血を絞って落として」
 ぽたり。そのとおりに黒い小さな板に血を落とす。同時に、板に直結されたディスプレイに電源が入った。
『照合01:鈴』
 真っ黒な画面に白い文字が浮かぶ。何のことだか分からず、おれはナギを見やった。
「君を確認したんだよ。さあ、雷も手を出して」
 あいつが右手を差し出す。同じように血が板の上へと落ちた。
『照合02:雷。プログラムD 始動』
 パッと画面が明るくなる。その中に、シギがいた。
『雷、鈴、久しぶりです』
 懐かしい声が聞こえる。
『この映像を見ているということは、二人は巡り合い、お互いを認めたと言うことですね』
 穏やかな。それでいて淡々とした語り方。シギのものだった。
『よかった。君たちが出会って、よかったです。これで、私の夢が叶いました。ありがとう』
 夢。シギの夢だって?シギは夢見たのか?おれたちの出会いを。
『今から、君たちの起源についてお話します』
ディスプレイの中の人は、ひっそりと話し始めた。

『うちはサスケ上忍は、一族に起こった不幸な出来事が原因で、己の血を酷く憎んでいたようです。でも。同じ血を持つ少年を糧にした時から、彼は変わりました。自らの血を真っ向から受け止め、残してゆくことを選んだのです。彼は定期的にここに通い、程なく一人の青年を一緒に連れてくるようになりました。それが五代目火影です。彼らは二人でやって来ては、ここの子供たちに関わってくれました』
「ナギも会ったの?」
 驚いておれは訊いた。
「もちろん。うちは上忍とうずまき上忍はいつも、たくさんの土産と外の話をしてくれた。あの頃、一番の楽しみだったよ」
「・・・・そうか」
 ぽつりと雷が呟いた。
『ここにやってくる彼らは、傍目にも微笑ましく見えました。周りを幸せな気分に出来るほどに。けれども数年後、うずまき上忍は五代目火影となり、ここにはうちは上忍一人が訪れるようになりました。そして一年後、うちは上忍は殉職しました。五代目はうちは上忍の意志を尊重し、風と雷が生み出されました』
 雷を見やる。あいつは目だけで頷いた。
『その時より、私は夢を見たいと思ってきました。もう一度、彼らが共にある夢を。ですから、五代目火影を原形とした存在、鈴をこの世に生み出しました』
 雷がおれを見つめる。おれも見つめ返した。
『君たちが出会い、惹き合う確率。それはほんの僅かなものでした。しかし、五代目も私もそれに賭けたのです』
 それが彼らの夢。眠った夢を、もう一度目覚めさせたいと願った夢。
『これから君たちがどう生きてゆくか。それは誰も干渉できない君たちの自由です。どうか自らを信じて、歩んでいってください』
 ぷつり。ディスプレイの電源が切れた。真っ黒な画面が戻ってくる。ナギが血を置いた板を拭きながら言った。
「これが生前、シギ主任が君たちに残した言葉です。彼らの夢により君たちは生まれた。そして、巡り合ってここまで来ました」
「お前達が出会い、共に生きていけるかを見極める。それが、五代目の絶対命令だった。見極めは、した。後はお前達の自由だ」
 シノが宣言する。ナギも微笑んでいる。
 彼らの夢は叶った。これからは、おれ達の夢。おれ達が生きて、紡いでゆく夢。
 肩に手が置かれた。熱い。雷の掌。
「見守っていてくれたのだな。世話をかけた」
「それしか、できなかったんだけどね」
「お前達に決めさせる。それが、最優先事項だった。・・・・かなりもどかしい思いもさせられたが」
 温かな視線。胸が詰まる。噛み締めても、唇が震えた。
「鈴、よく頑張ったね」
 頭にナギの手。髪を優しく撫でてくれる。
 堪え切れず、目から熱いものが流れた。





LAST ACTへ続く

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