終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT37
暗闇の中、聞こえる。
微かな。五感を研ぎ澄ませていなければ、聞き逃してしまう程の小さな嗚咽。
口を押さえ、必死に声が漏れないようにしている。誰なのか。
俺は声に向かって歩きはじめた。
しばらく行くと、遠くにぼんやりと光。足を速める。いた。
やっと見えるかどうかの明るさの中に、少年が一人。膝を抱え、顔を埋めるようにして俯いている。時折、金色の頭と小さな背中が、しゃくりあげるように揺れた。
あいつか。どうしたのだろう。
「おい」
声を掛けた。少年の身体がびくりと震える。
「・・・・誰?」
くぐもった声。俯いた背中から聞こえた。
「誰でもいい。まず顔を上げろ」
そいつは顔を上げない。焦れて言った。
「聞いてるのか」
「いやだ」
強く言われる。驚いた。どうして。
「何故顔を上げない」
背中に訊く。少しの沈黙の後、小さな声が返ってきた。
「・・・・怖い」
「なんだと」
「顔を上げて、誰もいなかったら・・・・嫌だ」
「何を言ってる」
呆れた。顔を上げるのが怖いと。誰もいなかったら嫌だと。赤子ではあるまいし。でも。
もしこいつが、本当にずっと、一人だったとしたら・・・・・。
ふいに肩に手が置かれた。俺は目をやる。ナルトだ。ナルトがいた。
『雷。頼むよ』
微笑み、そう言って離れてゆく。
「待ってくれ」
思わず追いかけた。目の前に誰か現われる。黒髪黒眼の男。俺と同じ顔。奴だ。
『行け』
金髪の少年を指差し、奴は言った。
『早く行け』
黒い目がまっすぐに見据えた。僅かにそれが緩んで、笑んだような形になる。何か言おうとする間もなく、消えてしまった。
少しの間、呆然と俺は見つめた。諦めて少年の方を向く。一歩一歩、確かめるように前に進んで。ついに、そいつの前に来た。
「顔を上げろ」
再度言う。そいつの身体があからさまに強ばった。じっと返事を待つ。しばらくして。
「いるのか?」
ぽつり。少年が訊いた。
「何がだ。俺のほかには、誰もいない」
「違う!おまえはいてくれるのか?おれが、顔を上げても」
切羽詰まったように言う。震えながら。本当に怖いんだな。
俺は跪き、そいつの肩に手を掛けた。一瞬、波打つ身体。体温が流れる。ゆっくりと緊張が解れだした。
「いる」
半ば隠れた耳に囁く。ぴくりとそれが動いた。
「俺はいる。だから、顔を上げてくれ」
お前が誰だか分かってきた。金色の頭がゆっくりを動く。閉じられていた目がおずおずと開いた。碧い瞳。いつか、同じものを見た。幼い日、本と書類の山に囲まれた部屋で。確かに。
重なる。少年の顔がお前に。
鈴。
目が覚めた。
瞼を上げる。間近に見つけた。あいつを。
「雷っ!」
空色の目が迫ってくる。潤んで、光を乱反射させながら。
聞きなれた声。鼓膜を揺さぶり、脳へと達した。
お前だ。そうだ。お前を見つけたんだ。
「よかった。気がついて・・・・」
泣きそうに歪む顔。幼く見えた。
「・・・・ここは何処だ」
「暗部研究所」
鈴が答える。そうか、助かったのか。
俺は手を伸ばした。首の後ろを掴む。引き寄せた。
「えっ、何だよ?雷?」
腕の力は緩めず、唇を押し当てる。柔らかくて温かい。本物だ。
「もうっ、何すんだよ!」
身を捩って腕から離れた。眉が顰められ、口がへの字に曲がる。怒ったらしい。
「おまえねえ!やっと意識が戻ったと思ったら、これかよ!」
腰に手をあて、睨み付けている。無駄だな。俺は口元を緩めた。
「いいだろう?」
「よくない。どれだけ心配したと思ってるんだ!・・・・・一時は、危なかったんだぞ」
あいつが俯く。拳が握られた。
「ごめん。最初からおれと一緒に行っていれば・・・それに」
「もういい」
「でも」
「あれは俺のミスだ。最初からシノの判断に従うべきだった。だから、お前は関係ない」
「雷」
「いいと言っている」
再びあいつの腕を捕らえる。引き寄せ、眼前で言った。
「おまえはもう、俺から離れないのだろう?」
「あ、ああ」
「なら、いい」
必要ない。どうすればよかったなどと、考えるだけ無駄だ。それより、俺にはお前だけでいい。
お前がいる。
お前と生きる。
大切なことは、それだけだ。
「終ったか」
ぼそりと落とされた声に驚く。するりと、シノが現れた。
「シノ」
「元気そうだな。右目も開いているし」
指摘されて気付く。そうだ。俺は右目の辺りにクナイを受けた。流れる血に、目がやられたと思ったが。
「運が、よかったんだな」
「そうだね」
懐かしい声に目をやる。入口の扉に栗色の目と髪の青年。ナギがいた。
「ナギ」
「本当に幸運だったよ。あと数ミリで失明だったし、一時間遅れたら手遅れだった」
「鈴に礼を言うのだな」
シノが呟く。俺は鈴を見つめた。照れたように、あいつが笑う。
「大したことしてないよ。おまえが倒れた時、おれ、動転しちゃって・・・・」
「そんなことはない。俺達が到着した時、お前は殆ど息をしていなかった。鈴がお前を凍結の術で凍らせ、ここまで運んできたのだ」
「適切な判断だったよ。さすが、シギ主任の仕込みだと思った」
ナギが微笑む。今確か、シギと聞いた。鈴を、仕込むだと?
「びっくりしたような顔をしているな。珍しいものを見た」
シノが面白そうに言う。
「どういうことだ」
「おれは、ここで生まれたんだよ」
恥ずかしそうに鈴が言った。妙に納得する。あの夢のせいか。
「鈴はシギ主任により、ここで生を受けました」
「そして、五代目火影に結界術を学び、暗部へと来た」
ナギの言葉をシノが継ぐ。一瞬、何も言えなかった。鈴の出生。ある程度のあたりはつけていたが、まさかここだったとは。そして、ナルトが結界術を手ほどきしたのか。
「やっぱり」
ひっそりと鈴が呟いた。シノを見上げる。
「鳴(なる)は、五代目の火影だったんだ」
「知っていたのか」
「いや。でも、何か資料で見た火影が、そっくりだったから。彼は、おれに関係があるんだろう?」
「そうだ」
無表情でシノが頷く。
「やっと、全てを伝えることが出来ます。五代目の。シギ主任の。そして、うちは上忍の見た夢を」
目を潤ませて、ナギが言う。
夢。
ナルトの。シギの。そして、奴の見た夢。
それは、どんなものなのか。
横の鈴を見やる。あいつが見つめ返して、微かに頷いた。
そうだな。聞こう。
俺達を作り出した者達の夢を。
俺は背筋を伸ばして、ナギの話に聞き入った。
ACT38へ続く
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