終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT35
もうすぐだ。
木々を駆けながらおれは思った。あと一息で、龍髯の砦に着く。
暗部の里を出たのは昼前近く。そこから、ほぼ全力でここまで駆けてきた。あの山を超えれば、龍髯の砦が見える。
「!」
前方で火炎が上がった。大きな気の揺れ。ついに始まった。きっと、雷だ。
ザクロは言った。龍髯の砦には、反結界を張る者がいると。
反結界。
その結界の中で繰り出された術は全て、術者そのものに降りかかる。中の者が強力な術を使えば使うほど、その者自身が危ない。いくら雷が巨大なチャクラと気を誇ると言っても、自らの術が相手となれば無傷で済むはずがない。
雷は防御結界が張れない。十分に会得させていなかった。後悔に唇を噛む。おれがあいつを信じきれないばかりに、結界修行は立ち消えになってしまった。
間に合う。
きっと、間に合ってみせる。
あいつだから、それまで持ち堪えてくれると信じている。
心の中で念じる。
拳を握りしめ、おれはさらに足を速めた。
龍髯の砦にたどり着いた時、空はもう白んでこようとしていた。
先に起きた火炎の炎は消えていない。まだ、戦闘は終っていないのだ。
混じり合う気。その中に微かに雷の気を感じる。それと、大勢の同じ性質の気。まるで同調しているみたいだ。 砦の外壁を守る者を薙ぎ払いながら前に進む。二、三ヶ所火遁で吹き飛ばした。これで時間が稼げるはず。
砦の中に潜入した。雷はどこにいるのだろう。あたりを見回した。
感じる。広範囲な結界。その向こうにあいつがいる。おれは再び駆けだした。
結界に向かって走る。防御結界が見えてきた。これは・・・・大きい。
「解!」
解除印を組み結界を破る。厚い。一度では全て解除できない。防御結界の下に、封印結界が何層にも張り巡らされているようだ。一つ一つの結界はどういうことはない。が、何層も合さることでかなりの強度を持つことになる。おまけに、破られた結界はすぐに修復されてゆくらしい。
「要するに、破りながら行かなきゃ中へは入れないってことか」
にやり。おれは不敵に笑った。自己を守りながら結界を破って進む。まるで、おれの結界能力を試しているようだ。おもしろい。
「結界勝負ってやつだな。いいぜ」
印を組み走り出す。そうだ。伊達にあの厳しい結界術修行と、数々の実践を越えてきたわけではない。
鳴(なる)、見てて。あなたが教えてくれたもので、おれは必ずここを抜ける。抜けて、あいつのもとに行ってみせる。
気とチャクラを交えて放出する。自己の回りに、強力な攻撃結界を。
おれの結界と巨大な結界がぶつかる。凄まじい圧力。踏みしめるように前に進んだ。一層、一層越えてゆく。すぐ後ろで、破れた結界がまた塞がった。進まなければ。結界を破り続けなければ。気を抜いたら押し潰されてしまう。
負けない。
負けたりしない。
やっと気付いたんだ。
何よりも大切なものに。
やっと、心のままにできるんだ。
おれはあいつと、生きていきたい。
見えてきた。半透明な視界。二十人ばかりの人影と、前方にうっすらと銀色に輝く反結界。その中に、雷がいた。
あいつは結界に動きを制限されながらも、降り注ぐクナイや千本を躱し続けていた。
「断!」
気合いとともに最後の数層を破った。飛び出しざま、人影に向かってクナイを放つ。途端に、それまで破ってきた封印結界が崩れた。
「ナニモノ!」
「鈴!」
あいつが叫ぶ。大きな傷はないみたいだが、出血が多い。ともかく、早くこの反結界を解かねば。
「はぁっ!」
火遁で攻撃する。容易く跳ね返された。ニタリ。奴の顔が歪む。強固な結界が奴のまわりに張られていた。もしや。
おれは舌打ちした。どうやら、外の結界力を自分の防御に使ったらしい。
火炎。飛んでくるクナイ。何人かがおれのまわりを取り囲んだ。これでは、複雑な解除印を組む暇がない。印を組んでいる間におれがやられてしまう。外からでは駄目だ。ならば。
風遁の印を組み、強風を巻き起こした。毒針を流す。数人がやられ、反結界が弛んだ。今だ。
走り込み、反結界の隙間に身体を滑り込ませた。
「うわっ!」
抜けるようとする寸前、結界につかまった。身体中を衝撃が走る。力を振り絞り、何とか抜けた。息をつく間もなく、前方に飛んでくるクナイ。よけきれない。
ザクッ。
肉の切れる音。目の前に傷と血まみれの背中。雷だった。
「何をしている!」
背中が怒鳴る。ムッときながら印を組み、言い返した。
「見てわかんないのかよ!加勢しに来たんだろっ」
「いらない。シノの命令か」
「違う!」
反結界の中に、二人分の防御結界を張る。これで、返って来た術から身を守れるはずだ。
「鈴」
あいつが振り向く。おれは息を呑んだ。紅い。雷の右目は閉じられ、顔の右半分が血にまみれている。
「あ・・・」
「気にするな。俺が避けきれなかっただけだ。出血が多いのは武器に何か、血を固まらせない為の薬が塗られている。それより、何故だ」
「えっ」
「命令でないのなら、どうしてここに来た」
残された左目がおれを見据える。
「俺など関係ないのだろう?」
皮肉げに歪む口元。ぐっと息が詰まった。言葉に血が逆流してゆく。
畜生、言ってやるぞ。
後悔するなよ。
「そうだよ!」
息を吸い込み大きく叫ぶ。言葉を継いだ。
「でも仕方ないだろ!そう出来なかったんだからっ!」
まっすぐに見つめ返した。他にはない、これがおれの本心。偽る心も、恐れる心も、逃げる心も負けてしまった。おまえだけを求める心。
雷の左目が大きく開かれた。すぐにもとへと戻る。薄めの唇が、奇麗に弧を描いた。
「そうか」
「文句あるかよっ」
「ない。では、早く済まさないとな」
にやり。整った顔が不敵に歪んだ。くるりと前を向く。
「雷、おれがやるから。出血を止めないと」
「無駄だ。相手はこちらの自滅を狙っている。だから、時間が経つほど不利だ。一気にカタをつける」
「どうやって!まず、反結界を解かなきゃ」
詰めよって言う。背中が答えた。
「今、俺達を囲んでいる防御結界を広げることは出来るか?」
「もちろん」
「では、この反結界以上に広げろ。力で押し切って打ち破る。できるな」
「わかった。でも」
「結界が切れた瞬間、俺が飛び出し片づける」
「何言ってるんだ!真っ先に狙われるぞ。それに、目だって・・・・」
「大丈夫だ」
雷が振り向く。おれは目を見張った。真紅の、左眼。
「写輪眼は一つあればいい。充分事足りる。それに、俺は『うちは』だ」
「雷」
「術さえ封じられていないのならこのくらいの敵、倒すのはわけない」
微笑んでいる。あいつが。この上もなく、嬉しそうに。
「初めて思えた。自分が『うちは』でよかったと。『うちは』だからこそ、それが出来る」
あいつが前を向いた。気が高まり、ものすごいチャクラが練り込まれてゆく。これが、雷の力。
「合図を頼む」
穏やかな声。唇を結んで首肯いた。精神集中。結界を広げてゆく。大きく。強く。相手の結界を、張り裂いてしまうまで。
雷の右手に放電。青白い火花が音を立てる。
「くっ」
反結界の抵抗。向こうもこちらを押し潰そうとしている。
勝つ。
おれは、これに打ち勝ってやる。
勝って、掴むんだ。あいつとおれの未来を。
反結界に亀裂が走った。破れる。よし。
「今だ!」
雷が飛び出す。右手の光が。放たれる雷撃が。瞬く間に敵を屠ってゆく。生き物のように渦巻く焔。それをまとって、あいつが戦う。
目を奪われた。
美しいと。ずっと見続けていたいと思った。
おまえの側で。おまえと共に。
生ける全ての敵を滅ぼし、炎の中からあいつが戻る。
全身を赤く染めて、おれのもとに。
「やったな」
近くまで駆け寄り、言った。
「ああ。・・・・・助かった」
口元だけで笑った。おれの好きな顔で。
「覚悟しとけよ。もう、離れないからな」
きっぱりと宣言する。
「そう、だな」
あいつが子供のように笑って、倒れてゆく。慌てて受け止めた。身体が冷たい。
「雷っ!」
名を呼ぶ。閉じられたままの目。動かない。
「おいっ、しっかりしろ!」
笑んだままの唇。息をしていない。
「雷!・・・・・嘘だ、雷っ!」
力の入らない身体を抱え、おれはあいつを呼び続けた。
ACT36へ続く
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