終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT33
もう、いい。
これ以上、自分を偽ることは出来ない。
ずっと見続けてきた夢。おれだけを必要とする者と生きるという。
それを果たす為だけに生きてきた。たった一つの支えだった。でも。
いつかくる未来より、おれはあいつと一緒にいたい。
傲慢な奴に、相応の罰を。
自嘲しながら扉を開ける。見慣れた景色が飛び込んできた。
「うわぁ、鈴のへやだぁ。何年ぶりだろ、オレ」
うきうきと部屋中を嗅ぎ回りながら、ザクロがはしゃいでいた。正確には二年、奴はこの部屋に入っていない。暗部に入った最初の一年で、おれはこいつを越えてしまったから。
「いいにおいだぁ。やっぱオレ、鈴、好きだよ」
整ってもない顔で、子供の様に笑う。好かれても困るんだけどな。おれは薄く笑った。えらく浮かれているようだけど、おまえはただの踏み台。おれが過去のおれにもどる為の。
「しないのか?」
殊更冷たく言い放つ。誰でもいいんだ。おまえじゃなくても。あいつ以外は、皆同じ。
「あっ、あ、そうだよな」
慌ててザクロが服を脱ぎだす。どさりと寝台に腰を降ろした。赤黒い顔。目だけが嬉しそうに輝いている。
おれはぼんやりとそれを見ていた。ザクロの視線に気付く。そうだな。おれも準備しなければ。
ぱさり。上衣を脱いで落とす。大きく息を吐きだして、寝台へと向かった。
「どうする?おれが上に乗るのか」
「い、いやっ。鈴は寝てくれよ」
真っ赤な顔でザクロが言った。目まで充血している。気持ち悪い。
おれは寝台に上がった。ぎしり。嫌な音が部屋に響く。仰向きに横たわった。
「じゃ、始めるからな」
ザクロが覆いかぶさる。熱い手で腕が掴まれた。おれは目を閉じ、顔を背けた。
「鈴の肌、スベスベだぁ。昔と全然変わんないな」
首筋に生暖かい、濡れた感触。嫌悪感。思わず吐きそうになる。
身体が震える。殴り倒したい衝動を必死で抑えた。
「夢みたいだぁ・・・・」
「黙れよ。ごちゃごちゃうるさい」
「だってよ、こんなに綺麗な鈴なんだぜ。オレ、うれしくてさあ。なのにあいつ、馬鹿だよな」
はしゃいだ声が落とされる。おれは目を開けた。
「あいつ、だって?」
「あの、いけすかない雷って奴。本当、鈴を捨てるなんてさ。オレより頭悪いよ」
頭に血が上る。奥歯を噛み締めた。他の奴にしようか。何もこいつでなくていい。なんなら、オウガに頼んだって・・・・。
にたり。目の前の顔が醜悪に歪んだ。いかにも何か企んでいそうな表情。
「でも、いい気味だ」
おれはザクロを見上げる。充血した草色の目が、ぎらりと輝いた。
「今ごろどうしてるかな。龍髯の砦で、くたばってるかも」
「ばかな。雷は強い。チャクラも気も、膨大だ。術だって・・・」
「すげぇ術、いっぱい使うんだろうなぁ。だから、イチコロさ。全部、術者に返るんだからっ」
ザクロがはしゃぐ。おれは目を見開いた。
「オレが言ってた結界術だけどさ。龍髯の砦にいるんだよ。中にいる奴の攻撃、全部跳ね返す結界はる奴がさぁ!」
おれの上で、さもおかしそうにザクロが笑った。
全て跳ね返す結界。まさか、『反結界』。
「いくらあいつでも、自分の術くらったらただじゃ済まないよなぁっ」
跨がったまま、ゲラゲラと嗤いだす。瞬間、身体が動いた。ザクロを寝台から蹴りたおし、すばやく詰め寄る。胸ぐらを掴みあげた。
「な、なにすんだよう!」
ザクロが目を白黒させている。腕の力を更に強めた。土色の顔が赤黒く染まる。
「どういうことだ。おまえが何故、そんなことを知ってる!」
「オレが偵察んとき、聞いてきたんだよう!真っ先に鈴に言うつもりだったから、シノも知らないっ。そしたらあいつがそこに行くことになってさあ!いい気味だぜ」
ドカッ。思い切り殴った。飛ばされた身体を追いかけ、首を締め上げ針を打つ。途端に、ザクロの顔がどす黒くなった。
「龍髯の砦。そこにあいつはいるんだな?」
「うっ・・・ぐ」
「早く喋れよ。解毒薬が間に合わなくなる」
「や・・・・・やめてくれようっ。そうだよっ。朝、任務から帰ってきた時、すれ違ったんだ!」
朝に出たのか。ならば、あの後すぐ。そうだ。今から出発すると言っていた。
おれはザクロを放り出し、戸口へと急いだ。
「おいっ!解毒剤くれようっ」
「ほっとけ。しばらく痺れるだけだ。三日くらいで治る」
「りん〜〜!」
泣きそうな叫びを背に、おれは部屋を出た。朝に出たなら、まだ間に合う。龍髯の砦に着く前に、雷を止めなければ。
廊下を全力で駆け抜ける。出口へ。外に出なくては。
勝手口にたどり着く。戸を開けようとした瞬間、鋭い声が投げられた。
「何処へ行く」
声の主を振り向く。シノだった。
「お前にまだ任務は入っていないはずだ。無断でここを離れる、それは即ち脱走と見なされる。知らないとは言わさない」
黒眼鏡が見据える。ごくり。おれは息を飲んだ。
「雷が危ないんだ」
シノが眉を顰める。おれは言葉を継いだ。
「龍髯の砦に反結界を張る奴がいる。ザクロがそう言っていた」
「確かな情報とは言えない。それに、それ程の情報なら俺に届いているはずだが」
「奴が黙っていたんだ!だから・・・」
「それと、おまえの脱走とは関係ない。ザクロの情報は追って確認する。それまで待て」
「時間がないんだ!もし反結界だったら、あいつが危険だ」
「これは命令だ」
ぴしりと宣言される。視線が絡み合った。おれは口を結んで、扉に手を掛けた。
「聞けないのか」
「待てない。あいつに何かあってからでは遅い」
「脱走は重罪だ。お前は追われ、あの科学者は罪に問われる」
「黙れ!」
振り向き様、おれは針を放った。シノが躱す。クナイを構えて走り込んだ。キンッ。金属音が響く。
「逆らうのか」
「おまえを倒せば時間が稼げる。その間に、龍髯の砦に着ける!」
「おもしろい。暗部の長に戦いを挑むとは」
シノの両手から、無数の小さな蟲たちが這い出す。瞬時に、大きな虫塊が二つ出来た。
「お前の結界。俺の蟲たちは、その僅かな隙間をぬって攻撃出来る」
「ならば、こうするまでだ!」
言いながら、毒針をわが身に突き刺す。たちどころに刺した部分が蒼く変色した。
「これでお前の蟲たちはおれに攻撃できない。した途端、毒が回って死ぬ」
「馬鹿な。お前にも多少は影響があるだろうに」
「その為の毒物耐性だ。解毒剤もある。どんなことをしてでも、おれは雷の所へ行く」
睨み据えて言った。驚いたような顔をシノが作る。
「抜けると言うのか。それでは、お前の目的は達成できない。それでもいいのか」
目的。
ここで生き残り、おれだけを求めてくれる人を探し出すという。
もう、いい。
これ以上、自分を偽ることは出来ない。
ずっと見続けてきた夢。おれだけを必要とする者と生きるという。
それを果たす為だけに生きてきた。たった一つの支えだった。でも。
いつかくる未来より、おれはあいつと一緒にいたい。
「構わない!」
結界を張り、全力で走り込んだ。その時。
シノが蟲達をしまった。両手をだらりと下ろす。不審に思い、おれは足を止めた。念のため距離をとる。
「条件は成立した。行け」
「何のことだ」
意味が分からず、聞き返す。シノが口を開いた。
「お前が暗部を出る条件は一つ。全てを捨ててお前を選ぶ奴を、お前が命も、ここで生き抜く目的も投げ出して選ぶ。それだけだ」
「・・・・・・」
「雷はお前を里に迎えようとしていた。もともと、暗部籍にお前の名はない。いないはずのものが何処に行こうと、誰も迷惑は被らない。あの科学者も咎めなしだ」
口元を微かに微笑ませ、シノが言った。胸が痛い。言いようのないものが込み上げてくる。
「早く行け。解毒処置も忘れるなよ。雷の足でまといになっては困る。追って、応援を出す」
「シノ」
「行け。あいつにはお前が必要だ」
促され、走り出した。唇が振るえる。噛み締めて木々を渡る。解毒剤を取り出し、走りながら飲んだ。これで、向こうに着く頃には毒の影響は消えている。
龍髯の砦へ。
あいつのもとへ。
必ず、間に合ってみせる。
全力を振り絞って、おれは木々を駆けた。
ACT34へ続く
戻る