終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT31
穢してしまおう。
吐き気がするほど馴染んだものを、その記憶に上塗りするのだ。
何度も、何度も塗りつけて。
それが大切なものだったことさえ、分からなくなってしまうように。
夢だった時間。
これからを生きてゆくのに、不要なものだ。
心を解いてしまうものなど。
待ちかねた朝が来た。
もうすぐザクロが帰ってくる。この二日間、ひどく長く感じた。
今日、おれは奴と寝る。自分でそう決めた。ぬるま湯に浸かっていた自分を粛清するために。
身仕度を整え部屋を出る。出迎えなどするつもりはない。ただ、じっとしてられなかった。
終わるんだ。
思い出さえ汚してしまえば、諦めがつく。どんなに未練があろうと、それを理由に自分を抑えることが出来る。そうすれば、過去の自分に戻れるのだ。
生きてゆくことに必死な、視野の狭くて頑な自分に。
余計なことに頭を、心を使わない自分に。だから。
早く済ませてしまいたかった。
廊下を早足で進み、集合場所へと着く。皆まだ任務から帰っていないのだろう。集合場所は閑散としていた。受付を見やる。受付係と目が合った。
「早いな、鈴。任務だよな」
「違うよ。眠れなくてさ」
「そうか、そうだな。あれは変更になったんだっけ」
「えっ?」
「いや。何でもない。こっちのことだ」
意味がわからず聞き返す。受付の男は苦笑して言った。なんだろう。複雑そうな顔。
「それより、シノから荷物を預かってるぜ」
「本当?」
「ああ。多分いつもの奴だ」
言いながら、男は横の棚へと手を伸ばした。片手で抱えられる程の、白い箱を取り出す。
「ほらよ」
「ありがと」
受けとり、中身を確かめる。ナギからの小包だった。
ありがたいな。しみじみと思った。地獄に仏とは、きっとこのことだろう。
今日やることが終ったら、ナギの心を抱えて寝よう。そしたら少しは元気になれるはずだ。ナギなんだから。
小包を両手で抱え、振り向こうとした瞬間、それを感じた。
気。
冷たくて、張り詰めている。
近づいてくる気配も感じなかった。完全に気配を消していたのか。
後ろに。
背中が触れそうな位、近くに。
雷がいる。
「うちは上忍、おはようございます」
受付が挨拶する。背中の気配がまた近づいた。
動けない。
すぐこの場から走り去りたいのに、足が動かない。
荷物を抱えたまま、おれは身動きできなかった。鼓動だけが跳ね上がり、黙々と打ち続けている。
「任務の最終確認書です。目を通してから出発してください」
受付が巻き物を差し出す。おれの右脇から、長い腕がすっと伸ばされた。その時。身体がびくりと揺れた。
感じる。
背中にあいつの体温。項に息が掛かる。ぎゅっと、荷物を抱きしめた。
今、おれは雷と触れている。
急に起こる目眩い。引き込まれてゆきそうな。倒れてはならないと、必死で足を踏んばった。
「了解した。今から出発する」
ぼそりと低音が落とされ、身体が離れる。足音と共に気配が離れていった。
行った。
あいつが離れて行った。なのに。
身体の力が抜けなかった。
「鈴?」
受付の男が首を傾げる。しばらくして、やっと力が抜けていった。へたり。受付の前にしゃがみこむ。
「おい。貧血か?」
「うん。そんなとこ」
引き攣りながら誤魔化す。俯いて自嘲した。
駄目だ。おれは弱くなってる。
雷に触れられただけで、こんなにも嬉しいなんて。
あいつを切り離したくせに。もう、雷に触れる資格もないくせに。
唇を噛み締める。ぎり。薄く血の臭い。
身勝手だ。
おれは、なんて勝手なのだろう。
「鈴っ!帰ってきたぜ〜!」
後ろでザクロの声が聞こえる。微笑む顔を作り、おれは立ち上がった。
「おかえり、ザクロ」
「りんっ、迎えに来てくれたのか?」
「まさか。荷物を取りに来たんだよ」
「ちぇっ、そうかよ。ま、でもいいや。これからだもんな」
にちゃりとザクロが顔を緩める。おれは目だけで笑った。
「あれ?りん、唇切れてるぞ」
「ああ。ちょっと自分でやっちゃったんだ」
「やめろよー。きれいな顔が台なしじゃん」
ザクロが耳元でわいわい言っている。興奮状態だ。
「さっ、行こうぜ」
肩が抱かれる。おれは笑みを浮かべたまま、歩きだした。
そうだな。行こう。
こんな身勝手な奴、嫌な目に合わなきゃ駄目だ。
あいつを傷つけたのだから。
もっと痛い目に合わなきゃ、いけないよな。
固く荷物を抱きしめながら、おれは刑罰へと向かった。
ACT32へ続く
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