終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT29
廊下を集合場所に向かって歩く。前方の角をこちらに曲がって。誰か来た。
暗部に所属する男。何度か姿を見かけた。一瞬、奴の顔が歪む。
どういったらいいか分からないというような表情。俺は無視して通り過ぎる。これで何度目だろう。
一瞬の殺意。
そんな顔など、出来ないようにしてやろうかと思う。
自嘲に顔を歪めた。わかっている。
無駄だ。そんなことをしても、何も変わりはしない。
あいつは戻って来ないのだ。
鈴が去って一週間になる。この間ずっと、俺は考えていた。
いきなり出された言葉。原因は何かと。
答えは出なかった。俺はあいつに関わりすぎていたから。
鈴を傷つけたこともある。信じきれなかったこともある。そう言い渡されても、仕方のないことをしていた。しかし。
あいつと分け合ったものも多かった。求めて与えられたもの、求められて与えたものも。だから、まだ信じられない。
それとも、偽りだったのだろうか。表情も。言葉も。応えた身体も。束の間、俺を得るための。
『写輪眼を見たい』
あいつは言った。それが目的だったのか。
違う。
確かに鈴は写輪眼を見た。でも、それだけだ。
『上忍』を求めるでもなく、『うちは』も求めはしなかった。確かに、『俺』のみを求めていた。なのに、何故。
考えれば考える程、思考は迷宮に入ってゆく。醜い心で歪められてゆく。
やめよう。考えても遅いのだ。
全てを振り切るようにして、俺は足を進めた。
集合場所へと入る。あいつはいない。皆の顔。また、だ。
暗部にいる奴も馬鹿じゃない。鈴と俺の間の異変は、数日で皆の知る所となった。
驚いた顔。苦笑する顔。嘲笑う顔。無表情。
心底うんざりしながら、受付の奥の部屋に進む。そこは、暗部の長であるシノの部屋だった。
奴の気配を確認して、扉を叩く。しばらくして、中からいらえがあった。俺は無言で戸を開ける。シノは政務用の机の前で座っていた。
「何か用か」
入ってすぐ訊かれた。つまらぬことを。用があるからここに来ている。
「もちろんだ。任務のことで申請したい」
率直に要点を言う。勿体ぶっても意味がないし、結果が変わらない以上飾りたてても時間の無駄だ。
「任務、か。聞こう」
黒眼鏡の奥の目が見つめる。まっすぐそれを返して、俺は言った。
「今後俺には、単独任務を振ってもらいたい」
「どういうことだ?」
シノの眉が顰められる。俺は言葉を継いだ。
「もう、誰かと組む必要はなくなった。一人で充分だと言うことだ」
明確に宣言する。事実だ。鈴はもう、俺とは組まない。
シノは何も言わない。ふたり、押し黙った。
「いきなりだな」
しばらくして、ため息と共に奴は言った。眉には深い皺が刻まれている。こめかみに手がやられた。立ち上がり後ろの窓へと背を向ける。
「確かに、お前はここでの仕事内容を覚えた。一人でも、ほとんどの任務をこなしてゆけるだろう。しかし」
表情のない顔が振り向く。
「本当に、いいのか?」
確認する言葉。探るような響き。血がザワめく。
「何が言いたい。俺がそれでいいと言っている」
「そうか・・・・そうだな」
呟き、視線が再び窓へと移された。
「次の任務はいつになる?」
「少し、待ってくれ。お前が単独で動くのなら、任務の割り振りを組み直さなければならない。本当は明後日に予定していたのだが・・・」
言い淀んで、横を向く。不審な態度。
「それで構わない。どうして外す」
「これは雲側の任務だ。外交任務ではない。おそらく戦闘になるだろう。ならば、結界術者が一緒のほうがいい」
「俺ではできないと言うのか。結界くらい、俺にも張れる」
「攻撃結界がな」
癇に障った。雲側の任務なら俺は幾度も受けている。戦闘任務なら尚更だ。結界術者が必要になるからだと。鈴がいない俺には無理だと言うのか。
「攻撃結界でも、結界は結界だ。それとも、お前は『うちは』の能力を疑うのか」
一歩進み、机のすぐ前まで迫る。高まる殺気。シノはそれを平然と受け流している。
「わかった。そこまで言うなら、お前が行けばいい。単独でな」
「ああ」
「任務内容は受付に書類が回っている。慎重に行けよ。動きが怪しい場所だ」
「了解した」
言い捨て、俺は部屋を出る。受付へと向かった。
受付で任務依頼を確認する。明後日の早朝。場所は雲の国。龍尾連山の北端、龍髯(りゅうぜん)という小さな砦だった。任務地の資料を閲覧して、一通り頭に入れる。集合場所を出た。
廊下を曲がり、自分の部屋を目指す。
感じる。馴染んだ気配。
あいつだ。
遠くに鈴の姿。こちらへと向かってくる。
だんだんとはっきりしてくる顔。揺れる金髪。透き通る碧い瞳。
細い身体。あれを、この手に抱いていた。
あの瞳を見つめ、あの髪に指を絡めた。
もう離したくない。そう思っていた。一緒にこれからの時間を生きてゆこうと。
お前以外、何もいらなかった。
『里』も。
『平和』も。
『安息』さえも。
でも、お前の心は、この手にはない。
すれ違ってゆく。鈴は俺を見なかった。俺も視線を前方に固定し、出来るだけ早く視界からあいつを追い出す。
夢だ。
あれは夢だったのだ。
求めることに溺れた、束の間の夢。
夢だから掴めない。夢だから消えたのだ。
あいつの足音が遠くなる。部屋の戸を開けた時、それが消えた。
ACT30へ続く
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