終わらない夢 〜暗部編〜 by真也








ACT28



 だるい足を前へと進める。一歩一歩、踏み出して。
 身体のあちこちが痛い。たぶん、所々鬱血や内出血しているのだろう。
 叩きつけられたあいつの怒り。手加減などなかった。
『もういい!』
 雷の声が耳に残る。悲鳴に近かった叫び。
 重い。
 振り切ったはずなのに、更に重い。身体より、心が。
「畜生・・・・・」
 誰に言うわけでもなく、一人、呟きを落とした。




 あの日。
 雷とおれの違いをまざまざと見せつけられた日。心を決めた。
 離れよう。どんなことをしても、あいつから遠ざかるんだと。
 雷が帰るまでの数日間、挫けそうになる自分に何度も言い聞かせた。そうしなければならないのだと。
『お前に話がある』
 長期の任務から帰った後、あいつはそう言った。
 話はある。おれにもあるのだ。
 先ゆく背中を見つめながら、固く唇を結んだ。
『もう、おまえとは寝ない』
 一生懸命、笑って言った。普通のことのように。取り立てて気をやることでもないかのように。
 何でもないことのように言って、全てを埋めてしまいたかった。
 あいつの驚きも。おれの辛さも。今までの想いも。
『どういうことだ』
 眉が顰められる。怪訝そうな顔。予測はついていた。 
『それでは納得できない。理由を説明しろ』
 驚きが苛立ちに変わってゆく。怒りになるのも時間の問題だった。
 肩に手を置かれそうになり、必死でその手を払う。今、触られたら・・・。
『そんなの、関係ない!』
 逃げるように叫んだ。否。身体はもう逃げていた。そうでもしないと、揺らいでしまう自分。自嘲した。
『関係ない、だと』
 伝わってくるあいつの怒り。今にも噴き出し、全てを焼き尽くしていきそうな。必死で視線に耐える。 
『よく、わかった』
 寝具に押し倒される。上に乗られ、下肢が封じられた。本能的に感じる危険。


 恐い。
 雷ではなく、流れてしまいそうな自分が恐い。


 それでも精一杯、抵抗を試みる。
『何したって無駄だ。・・・・・勝手にすればいい』
 目を閉じて言う。これ以上、あいつを見ていられなかった。
 無駄なのだ。どんなことをしたって、おれたちは変わらない。おまえはやがて行ってしまうし、おれはここから出られない。
 変えられないのだ。何も。
『無駄でも構わない』
 耳にねじ込まれた言葉。身体が震えた。
『好きにさせてもらう』
 その時、確かに思った。嬉しいと。
 おれの意志を押さえこんでまで、あいつは求めてくれる。それほど、強く。
 手足が封じられ、身体が押し広げられる。いたわり一つない、荒々しさでもって。
 唇を固く噛み締めた。


 声は出せない。出したら終わりだ。
 求める言葉が漏れて出てしまう。それだけは出来ない。


 おまえが与える。怒りも、痛みも、憤りも全て。おれに求め、叩きつけてゆく。
 酷くされてよかったと思った。責めたてられれば、喋る余裕もないから。
 優しくされたら言ってしまう。求めていることを。離れたくないことを。
 一緒にいたい。おまえと。でも。
 失くなってしまうと知っていながら、共にあり続けることはできない。それほどおれは強くない。
 今離れなければ、失くしてしまった後おれは崩れてしまう。崩れて何処へも行けなくなる。まだ探し出せていないのに。
 おれだけを必要とする者。おれだけを見てくれる人。雷は、違う。
 雷は皆に求められている。皆が必要としている。だから、おれのものではない。おれだけのものには、なってくれない。
 ならば、遠くから見ているほうがましだ。どんなにあいつが欲しくても。今まで、ずっとそうやって来た。
 届かないものなら、失わなくてすむ。
 失って、傷つかずに済むのだ。





 やっと部屋に戻り、寝台に手を掛けた。とても床で寝られる状態ではない。痛みを訴える部分に響かないよう、そっと身を横たえた。
 熱が出ているかもしれない。手足が。腰が。もちろんその部分も焼けつくよう熱い。
 身体に残った名残の熱。やがては消えてしまうけど。どうか、出来るだけ長く続いて。
「・・・・いいんだ」
 ぽつりと呟く。そうだ。これでいいのだ。
 雷の為にも。おれの為にも。これで。
 あいつには帰る場所がある。
 温かく、豊かな世界が待っているのだ。


 熱と疼きが、徐々に治まってゆく。
 あいつが与えた最後のものを噛み締め、おれは両腕で自分を抱いた。





ACT29へ続く

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