終わらない夢 〜暗部編〜 by真也








ACT27



 綺麗に微笑みながら、あいつが言った。
「もう、おまえとは寝ない」と。



「どういうことだ」
 意味が分からず聞き返す。白い顔が僅かに歪んだ。
「どうって・・・・・言葉どおりの意味だよ」
 固い声。ぼそりと部屋に落とされる。
 様子がおかしいとは思っていた。自分を手放す位に求めて来たかと思えば、触れられることを避けるようなこともあったから。
 しかし、それは体調が悪いからだろうと思っていた。今回の任務を終え、しばらく二人でゆっくりしていれば回復すると。
「それでは納得できない。理由を説明しろ」
 言いながら近寄る。鈴が後ずさった。寝台につきあたり、腰を降ろした形になる。空色の瞳が一瞬見上げて、反らされた。
「こちらを向け」
 苛立ちを隠して言った。鈴は動かない。俯いたまま、じっと座っている。
「どうして向かない」
 焦れて言葉を継いだ。反応はない。長い前髪に隠され、あいつの表情は見えなかった。ただ、口だけが固く結ばれている。肩に手を掛けようとして、その手を払われた。
「触るな」
「鈴」
「いいだろ。もう決めたんだ」
「俺の意志はどうなる」
「そんなの、関係ない!」
 逃れるように叫んだ。立ち上がり部屋を出ようとする。腕を捕らえ、再び寝台へと押し戻した。
「離せよ」
「関係ない、だと」
 睨み付ける。身体の中に湧き上がる怒り。
 関係ないというのか。俺のことなど、どうでもいいと。
 お前にとっての俺は、その程度の存在だったのか。なのに、俺は・・・・。
「よく、わかった」
 力で寝具へと押し倒す。上に乗り上げ、下肢を封じた。
「何すんだよ」
 見上げる瞳。僅かに揺れる。
「さあな。お前に言う必要はない」
「何したって無駄だ。・・・・・勝手にすればいい」
 背けられる顔。瞑られた目。 
 拒絶。少しの余地さえ許さない、完全なそれ。
 お前が今、閉じられた。


 頭に血が駆け上ってゆく。渦巻く強い感情。止められない。
 いやだ。
 もう二度と、離したくない。
 たとえどんなことをしてでも。


 胸ぐらを掴み、暗部服を引き裂く。現われた肩を掴んだ。きつく、爪が刺さるほどに。
 鈴の顔が歪む。唇が噛み締められた。
「無駄でも構わない」
 両肩を押え込み、耳に言葉をねじ込む。鈴の身体が波打った。
「好きにさせてもらう」
 言葉と同時に、首筋に歯を立てた。



 馬鹿なことをしている。自分でもよくわかっている。
 力で相手をねじ伏せて、心が手に入るわけがない。それでもやめられないのだ。
 やっと見つけた。『俺』だけを求めてくれた者。ずっと待ち続けていた。
『一緒にいたい』そう思った。
 そのためならば、どんな代償も払う。どんな障害も越えてみせる。全てを引き換えにしてもいいと思った。なのに。 
 叩きつける。怒りも。哀しみも。全て。
 手加減なく責めたてた。でも。
 鈴は声をあげなかった。無理に押し開いた身体は傷つき、徐々に顔色は悪くなってゆく。肌には鬱血や内出血の跡。明らかに苦しいはずだった。しかし。
 あいつはされるがまま、哀しい笑みを浮かべ、俺を見上げている。



 なぜ笑う。
 怒りの方が納得がいく。憎しみの方がましだ。
 どうして笑っているんだ。哀しい瞳をして。遠い瞳をして。
 ナルトはいつも見ていた。俺を通して、遠い所にいる奴を。
 見るな。
 あの人みたいに、俺を見るな。
 届かないものを見る瞳。
 俺は、ここにいるのに。



 届かないのか。どんなに求めても、手に入らないのか。
 こんなにお前が欲しいのに。お前以外、何もいらないのに。
 ただ一つ欲しいお前が、俺をいらないというのか。



「もういい!」
 押さえつけていた身体を薙ぎ払った。繋がりは解かれ、鈴が寝台の下に飛ばされる。壁に当たり、止まった。身体を丸め、あいつが声なく呻く。這うようにして身体を返し、ゆっくりと上体を起こした。表情のない顔が向けられる。睨み付けて叫んだ。
「お前などいらない。何処へでも行くがいい!」
 血を吐くような声。自分のものではないように聞こえた。言い放つ自分と、それを見つめる自分がいる。
「行け!」
 鈴の顔が一瞬、歪む。すぐに無表情となり、よろよろと立ち上がった。床に落ちていた衣服を身につけ、壁に手をやる。おぼつかない足取りで扉へと進んだ。扉が開かれる。音を立てて閉まった。
 遠ざかる足音。だんだん小さくなってゆき、消えた。



 何もない。
 部屋を見渡す。見つからない。
 あいつの姿。
 あいつの声。
 あいつの笑顔。
 かけら一つさえ、残りはしなかった。
 握り締めた拳を開く。掌を見つめた。
 もう、何もないんだ。
 この手には。


 奥歯を噛み締めながら、俺は再び、拳を握った。





ACT28へ続く

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