終わらない夢 〜暗部編〜 by真也








ACT23



 信じられないような日々が続いている。
 求めて。応じて。欲しかったものを味わって。
 望んだものが何の見返りも払わず、簡単にこの手に入る。どうしても信じきれずにいた。
 雷の腕で眠りにつき、起きたらそれが消えている。そんな夢を何度も見た。だから殊更に求め、応じていた。
 拒む理由などなかった。
 ないと、思っていた。  




「ここを空けることが、増えるだろう」
 ぼそりと雷が言った。おれはやっと動きだした頭で考える。視線をやると、夜色の目が見つめかえしていた。
「風が森の国を動けない。外交業務が滞っている」
「風って・・・・雷の兄さんの?」
「そうだ。あいつは外交の根回しが専門だったからな」
「ふうん。そうなんだ。じゃ雷は?」
 答えを予測しながらわざと問う。ぐいと身体が引き寄せられた。
「俺が、交渉事に向いていると思うか?」
 密着する肌。微笑みながら首を振った。
「苦手だけどやるんだ。何だか妬けちゃうな」
「何言ってる。お前、まだ足りないようだな」
「何が?」
「確認すれば、分かる」
 両腕を掴まれた。体温が上昇する。塞がれた口を、熱い舌が暴れ回った。
「わ、かった、よ」
 顔を離して抗議する。美しく弧を描く口元。そのまま近づいてくる。信じてないな。
「もう、わかったってば!」
「明日から任務だからな。不在の間に、忘れられては困る」
「できるかよ。これだけ印つけといて。帰ってくるまで余裕で残ってるぞ」
 身体に散らばった青い刻印を見せながら、口をとがらせた。整い過ぎた顔が意地悪に歪む。右腕が取られ、更に一個増やされた。
「痛い」
「よかったな」
「どこが!」
「その分、消えにくいぞ」 
 にやりと笑う。過剰な自信。図々しい奴。
 伸びてくる手を掃いながら、おれは苦笑を漏らした。負けてしまうのは時間の問題。でも、意志表示は必要だ。
「ヘマするなよな」
「当たり前だ」
 軽口を叩く。見上げると焦れたような瞳。そろそろ限界だな。
「鈴」
「わかってるよ。確認、だろ」
 仕方ない。敷布の波に飛び込むことにする。
 強い黒髪を抱きながら、おれは目を閉じた。





「よっ。調子良さそうじゃん」
 聞いた声に振り向く。バサバサとした黒髪。オウガだった。
「まあまあってとこかな」
「奴さんどしたの?最近見ないけど」
「任務なんだ。『うちは』指名だって」
「ふうん。売れっ子ってやつね。あいつ愛想ないから、キャラに合わないんだけどねー」
 腕を組み、首を傾げる。つり上がり気味の眉が寄せられた。
「言いたい放題だな。おまえ、おれが雷に告げるとか思わない?」
「思わないよん。だっておまえ、毎日楽しそうだもん。わざわざ人の足、引っ張るワケないじゃん」
 面白そうな顔。金色の目がきらりと光る。犬というよりは、猫に近い輝き。
「楽しそう、ねえ」
 意外な言葉に驚く。おれが楽しい、だって?
「ひょっとして自覚してない?オレ、初めて見たのよ。おまえのそんな顔」
 鼻先を近づけにたりと笑う。口元から大きめの犬歯が零れた。
「出会って三年になるけどさ。おまえ、いつも張り詰めた顔してた。生きるのに精一杯って感じで。確かに、最初の二年間はそうだったと思う。あんな状態だったしね。でも、皆の中で認められてからもおまえ、全然変わらなかったじゃん。余裕のカケラもなくて。だから悪いけどオレ、おまえはその余裕のなさから死んじまうんじゃないかって思ってたのよ」
「オウガ・・・・」
「でも、取り越し苦労だったよねー。あいつが来てからおまえ、変わったよ。いつでも冷めてたのに、あいつにだけはムキになってね。集合場所でボロボロのおまえ見た時は、もう駄目だって思ったけど。あれ、必要だったのね。おまえ達には」
 にっこりと温かに笑う。言葉がない。本当は、おれは一人ではなかったのだ。そう思いこんでいただけで。
「・・・ありがと」
「何言ってんの?オレ、何もしてないよー。でも今がさ、いつまでも続けばいいな」
「えっ」
 一瞬、思考が止まる。言葉が心に引っかかった。
「聞いてないの?幸せボケって奴ね。今って、おまえにはいい時なんでしょ?いつまでも続いて欲しいって思うじゃない」
「・・・・・そう、だな」
 気持ちが波立つ。訳のわからない感情が蠢き始めている。
 何だ。これは。
「鈴!聞いてくれよ!」
 肩を掴まれた。驚いて振り向く。ザクロだった。
「オレよ、すごい術を仕入れたんだよっ。鈴、新しいの見せろって言っただろ?オレは出来ねぇけど、情報仕入れたんだ。聞いてくれよっ。なっ」
「ザクロ。駄目だよん。おまえの術じゃないんでしょ?ズルだよー」
「オウガッ!おまえに言ってないだろっ!オレは鈴に言ってるんだっ。鈴、聞いてくれよ。それってさ、雲忍が使う結界で・・・」
「ほらほら、言ったって無駄よ。『うちは』に敵うわけないでしょ。退散しな」
 オウガがザクロをこづいている。ついに退散させてしまった。しぶしぶとザクロが遠ざかってゆく。おれはぼんやりとそれを見つめた。



 不安。
 心の中に落ちる。
 生まれた波紋が少しずつ、広がってゆく。
 来るのだ。
『今』に、終わりが。



「鈴ー!聞いてないの?」
 オウガが覗きこんでいた。怪訝そうな顔。
「ひょっとしてザクロの話、聞きたかった?オレ余計なことしちゃった?」
「まさか。聞いても無駄だよ」
「だよね。よかったー」
 ほっとしたようにオウガが笑った。またとりとめもないことを喋りだす。おれは黙って聞いていた。内容は半分も頭に入ってこない。でも今、一人になりたくなかった。


 一人で考えたら、気付いてしまう。
 答えを出してしまいそうになる。
 まだ、見たくない。


 じわじわと迫りくるものに必死で目を背けながら、おれはその場に座りつづけた。





ACT24へ続く

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