終わらない夢 〜暗部編〜 by真也








ACT22



『雷。いつか、きっと見つかる。おれにあいつがいたように。おまえにもおまえだけを必要とする者が。だから、決して諦めないでくれ。人は一人では、人として生きてゆけない』
 あの日。限りなく蒼い空の下で、ナルトは言った。
 掠れた声で、最後の力を振り絞るように。
 それを信じて俺は一歩を踏み出した。求めるだけじゃなく、探し求める一歩を。そして、見つけた。
 欠けたままの部分を、埋めてくれる者を。




「だからな。本当、びっくりしたんだぜ。凄い勢いでさ。雷に伝えてくれって」
 右の鎖骨で金髪が揺れる。肌を指で辿りながら、鈴が言った。
「知ってるか?」
 上体を起こし、俺の上に屈み込む。月の細やかな光をも吸い込み、蒼く輝く瞳。青白く映る肌。小さな口が悪戯っぽく笑んだ。
「ああ、それはきっとアンだ」
「どんな関係?」
「俺達を育ててくれた夫婦の娘だ。本殿の表方を仕切っている。よく小言をくらった」
「こわかった?」
「怖くはないが、煩かったな」
「ひどいな。心配してくれてるのに」
「し過ぎるのも、困る」
 それ以上追求されるのもバツが悪くて、口を塞いだ。おしゃべりな舌を探す。いた。絡めとって吸い上げる。細い身体がぴくりと震えた。そのまま息を封じると、腕に爪。唇を放すと涙目がこちらを睨んでいた。
 満足。言いようもないそれに、俺は口元を綻ばせた。
 充たされるということを、噛み締める日々が続いている。
 鈴を求めて。受け入れてもらって。欲しいものをもらう。
 ずっと憧れ続けていた。叶うとも思っていなかった。見つかるわけがないとさえ。
『上忍』でもない。
『うちは』でもない。
『俺』を欲しがってくれる者。
 鈴。
 今は、この手に抱いている。



「駄目だよ。もう」
 右手に唇を寄せて、鈴が言った。言葉と裏腹な、誘うしぐさ。
「明日は任務なんだろ?」
「そうだな」
 言いながら身体を返した。今度は俺が上になる。鈴の目が大きく見開かれた。
「雷っ」
「何だ」
「本当、駄目だって。これ以上は洒落にならないよ」
 本気で尖らした唇がおかしくて、解放してやった。急がなくてもいい。時間はまだある。
「これ、いつもしてるな」
 鈴が訊いた。なにかと目をやる。右手の指輪。
「形見だからな」
「誰の?」
「俺に、本当の戦いを教えてくれた男のものだ」
「雷に?」
「そうだ」
「凄い人だな。強かったのか」
「ああ、すごくな。でも、もう死んだ」
 今でも思いだす。あの、痛いまでに冷たい殺気を。怖さに身体が震えた。
 セキヤ。朱髪の男。
 奴と戦い、俺は目指した。強さへの道を。いつか奴に追い付くことを目指して。苦手な部分も克服して、鍛錬の日々に明け暮れた。しかし。
 一年後、奴は俺の前に現れた。痩せた顔。小さくなった身体。既に動かなくなっていた。
 あの時、ただ悔しくて。どうしようもなく哀しくて。
 嵐の中を夜通し立ちつづけていた。荒れ狂う感情をどうにもできなくて。
「好きだったんだろ?」
 鈴が覗きこんでいた。自分が痛いかのような顔。抱きしめた。
「わからない。奴はいつも俺を揶揄って、小突いてばかりいた」
「雷、その人が好きだったんだよ。だから泣いてるんだ」
「涙など出ていない」
「出てるよ。心の中に。表に出てきてないだけ。・・・・・泣けなかったんだろ?」
 やんわりと微笑まれて降参した。見透かされている。
 駄目だな。
 お前に嘘はつけない。むしろ知って欲しがっている。俺の中身を。
 離したくない。
 強く、そう思った。





「鈴の任期はいつまでだと?」
 暗部の長、油女シノは無表情に聞き返した。
「俺が暗部に来て、五ヶ月が過ぎた」
「それとどう関係がある」
「あいつを里に連れて帰りたい」
 率直に言う。黒眼鏡の奥の目が大きく見開かれた。
「本気で言っているのか?」
「当たり前だ。必要なら、里の長老や火影に掛け合う気でいる」 
「・・・・なるほど。そこまでとはな」
 腕を組み、シノが首を傾げる。何か考えているように。しばらくして、口を開いた。
「鈴の暗部解任には、ある条件が必要とされる。それは、俺への絶対命令だ。その条件を充たせない限り、六代目火影であっても彼を暗部から出すことはできない」
「どんな条件だ」
 身を乗り出して訊く。絶対命令だと?
「今、それを言うことはできない。鈴を見て、俺が判断することだ」
「お前に一任されているのか」
「ああ」
「命令を下したのは誰だ」
 思いきって訊いた。予測はついている。六代目火影でも覆せない命令を下せるのは、ただ一人。
 シノが真っ直ぐに俺を見つめる。沈黙が流れた。結ばれていた口が開く。
「それを、俺が言うと思うのか」
「・・・・・いや」
「では、そういうことだ。お前はお前のしなければならないことをするがいい。里に鈴が受け入れてもらえるために、な」
「どういうことだ」
「お前に雨や雲方面の任務依頼が次々と来ている。姑息なやり方だが、里に恩を売っておくのも必要だろう。お前の兄は当分森の国を動けないらしい。なんでも、国家機密だそうだ」
「国家機密・・・な」
 風と森の国、考えられることがないわけでもないが。
「それとも無理か?この間の痛縛界印の件もある」
「わざと言ってるのか。あれはもう自分で解ける。鈴に習った」
「そうか。ならいい。明日から忙しくなるぞ。二週間にわたる任務も来ている」
「わかった」
 言い捨て、シノが去ってゆく。あの男が握っているのだ。鈴の運命を。そして、その基盤はあの人が作った。どんな意図でそうしたのか、俺にはわからない。でも。
 信じるしかない。ナルトを。彼が俺を信じつづけてくれたように。
 俺は俺の為すべきことをしよう。里に鈴を迎えるために。
 皮肉なものだ。暗部にいながら、里の任務など。でもいい。ここでの任務内容はもう把握したから。
 風の代わり。合わない任務なのは承知している。でも、こなして見せよう。あいつの為に。
「風に、訊いておけばよかったな」
 任務に戸惑うであろう自分を予測しながら、俺は一人、呟いた。





ACT23へ続く

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