悔しい。
悔しい。
悔しい。
頭の中で荒れ狂っている。
信じていたのに。
あいつは、あいつだけは違うと思っていたのに。
そう思っていたのは、おれだけだったのか。
終わらない夢 〜暗部編〜 by真也
ACT19
ひとめ見た時、思ったのだ。『おかしい』と。
あれだけのチャクラと気を持ち、体力と持久力の塊のような雷が、蒼い顔をしている。余程のことがあったと思った。
「ああ。任務明けだからな」
無表情のまま言った。雨の国まで要人を送る任務と言ってたけど、何かあったのだろうか。でも、特に外傷はないみたいだ。
何かあれば、知らせてくれる。おれは雷の相棒なんだから。おれに言わなきゃ、今後の任務にも差し障る。必要ならば言ってくれるはずだ。
そう思ったからシノと任務に出た。里までの行き帰りの護衛。シノほどの手練れなら、本当は護衛なんて必要ない。断ろうと思えば簡単に断れた。
里に着いて驚いた。本殿の表方は騒然としている。砂や岩はともかく、森や雲、雨方面の担当受付は汗を拭き拭き何か必死に調整していた。
「俺は報告しにいく。お前はここで待て」
シノがそう告げ、奥殿の裏方と入っていった。報告の主は誰なのだろう。
仕方なく表方の受付所で、おれはぼんやりと立っていた。
「もうっ!みんな風が悪いんだから!」
ピンク色の髪の女性が怒鳴っている。大きな緑の目と、強く引き結ばれた口元が印象的だった。
風って、言ったよな。
おれは耳を澄ました。風って、たしかあいつの・・・・。
「そこの人!」
凛とした声が響いた。一瞬、誰のことだかわからない。
「そこの、キツネ面の人!暗部の方ですね?」
言いながら、つかつかとこっちにやってくる。間近で止まった。ずいと顔を近づけられる。
おれは面をつけたままたじろいだ。凄い迫力。なんか、おっかない。
「そちらに雷って者がいるはずなんですけどっ。あなた、雷に伝えてくれません?今、風が森の国から帰れなくて、里はてんてこまいしているんだって。だから、ちょっとはこっちを手伝えって。聞いてます?」
あまりの勢いに退いてしまう。この人、雷を知っているのだ。沈黙が流れた。自分の諸業にはっと気付き、その女性は姿勢を正した。
「失礼しました。あまりに多忙でしたので・・・。でも本当に雷に・・・・うちは雷に伝えてください。こちらに便り一つよこさないんです。宜しくお願いしますっ」
ぺこりと90度にお辞儀され、おれはつられて首肯いた。
「あの・・・」
気がつくと、先程の女性がまだ見つめていた。なんだろう。
「あなた、どこかでお会いしませんでしたか?」
首をかしげて訊いてきた。おれは慌てて首を振る。心当たりがなかったから。
「そうですよね・・・。申し訳ありません。知っている気だったものですから」
苦笑して、女性はもとの位置にもどった。
変なの。おれはここにきたの、初めてなのに。
「鈴」
呼ばれてびっくりした。シノが隣に立っていたから。
さすが暗部の長というべきか。
「シノ、おかえり」
「まだ報告は終っていない。だが、お前は暗部に帰れ」
意味が分からず、おれはシノを見上げた。表情を変えず、シノが言葉を継ぐ。
「暗部の医療室から、解除術師の要請がでている。どうやら結界系の術に罹った奴がでたようだ。術が術だけにそう簡単に手配がつかないらしい。だから、先に帰れ」
「わかった」
「では行け」
シノの命を受け、おれは暗部へと急いだ。誰だろう。解除術師がいるほどとは。余程厄介な術なんだろうな。おれが何とか出来ればいいが。
ともかく急ごう。ほぼ全力でおれは木々を渡った。
程なく暗部についた。いつもと変わりない集合場所。極秘なのだろうか。
「今、帰り?」
振り向くと、金色の目。オウガが立っていた。黄丸もいる。
「ああ。変わりはなかったか?」
「それが大有り。痛縛界印がでたってー」
「何だって!誰が?」
「それがわかんないのよ。暴れた時のために拘束室に入ってる。ってことは、かなり強い奴だよね」
痛縛界印。解除されるかもしくは死ぬまで、際限無く増大する痛みと痺れを与える呪印。末期には、その生命が止まるまで荒れ狂うと言う。
「確かめてくる」
「あ、おいっ!立ち入り禁止だって!」
オウガが止めるのを振り切り、おれは医務室に駆けた。嫌な予感がする。こんな時、大抵当たってしまうのだ。
「鈴!許可なく入室を禁じます!」
医療班の制止を押し切って奥へと進む。見えた。あれが拘束室。鉄格子で囲まれた場所。
「離れてください!危険です」
「うるさい!誰か確認したらでてくよ!」
鍵をこじ開け、扉を蹴破った。中を伺う。
簡素なベッドの上。チャクラで拘束されて横たわったままの雷がいた。
近寄って、腕を取る。明らかな血印。痛縛界印。
何だよ。
何でこんなに進んでるんだ。
昼に会った時、そんなことこれっぽっちも言ってなかったじゃないか。
言えないのか。
おれには。
思いっきり頬を殴り、自分の指を噛み切る。あいつの額に血印を書いた。
解除する。
「何を・・・・している」
解除してやる。
「やめ・・ろ」
黙れ!
口呪を唱え、ありったけの気を右手に集める。
必ず、解除してみせる。
動かない身体に、気と口呪をたたき込んだ。
数瞬の後、雷の全身に広がる印が消えてゆく。効いた。
安堵と焼けつくような感情が、身体中を駆け巡る。振り切るように部屋をでた。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
頭の中で荒れ狂っている。
信じていたのに。
あいつは、あいつだけは違うと思っていたのに。
そう思っていたのは、おれだけだったのか。
「鈴!」
雷が追ってきた。足を更に速める。全力で駆けだした。
見たくない。
おまえの顔なんか、もう見たくない。
急いで自室に入り、扉を閉めようとした。がしり。雷の右手がそれを遮る。離させようと殴るがびくともしない。左手がのぞき、片手で印が組まれた。巻き起こった風に吹き飛ばされる。
「くそっ」
すばやく着地して構える。手首の針を抜き出した。
雷がゆっくりと入ってくる。
「来るな!」
雷の足は止まらない。おれの針に臆することなく迫ってくる。
針を手に襲いかかろうとして、動きを遮られた。目の前にあいつの肩。身体にまわる腕。きつくて息が出来ない。それでも、動く右手で延髄を狙った。
「刺せ」
雷の声。瞬間。右手が止まる。
「俺のしたことは、それに値する」
腕が、動かない。
「お前なら、構わない」
音を立てて、針が落ちた。
悔しい。
どうして今さら。
あの時、言わなかったくせに。
「きらいだ」
黒い目を睨み返す。
「おまえなんか、きらいだ」
腹の底から絞り出すように、その言葉を吐き捨てた。
「許さない」
項を引き寄せ、口づけた。
奪ってやる。
おまえなんか、大嫌いだから。
嫌われたって構わない。
おれの欲しいものを、奪ってやる。
歯列をこじ開け、その奥を目指す。
舌も。内部も。唇も。
全部、おれのものにしてやる。
雷の手が項にまわる。唇がさらにきつく、押しつけられた。
熱い舌が侵入してきた。おれの舌を絡めとってゆく。
背に相手の手がまわった。指先に力が込められてゆく。
息の続くかぎり、おれたちは互いを、貪り合った。
ACT20へ続く
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