終わらない夢 〜暗部編〜 by真也








ACT16



 おれはあいつに結界術を教える。
 あいつはおれにチャクラの引き出し方とコントロールを教える。
 これは、お互い欲しいものを得るための正当な取り引き。
 誰に強制されたことでもない、自分の意志。





「これが攻撃結界の印の基本型。はる結界の性質によって変化していくんだ」
「では、攻撃の強さと範囲はどうする」
「それは、術者の能力によるな。チャクラや気が強大であればあるほど、強くて広範囲の結界がはれる」
「なるほど」
 雷が納得したように言った。理解が早い。さすがというべきか。
 里では上忍という地位にいたと聞いた。ここは暗部だし、おれは詳しいことはわからないけど、それはすごく優秀な忍であるらしい。
「ともかく、まずおれがやってみるから。見ててくれ」
 言いながら、おれは手印を組んだ。精神集中してチャクラを練る。気を最大限に高めて印を結界印に変える。半透明の攻撃結界が広がった。
「こんな感じなんだけど」
 振り向いて言う。雷が手印を組みながら言った。
「やりかたはわかった。試してみる」
「結界印を組むタイミングに気をつけろよ」
 声を投げると、無言で首肯いた。いったん目を閉じ、また開いた。チャクラが高まり、気がうずまき始める。青白い光が起こり、大きく広がった。止まるところなく、どんどん広がってゆく。まずい。
「雷!印を解け!」
「なんだと」
「解けったら!崩れるぞ!」
 とっさに防御結界を張る。その直後、雷の結界が暴発した。
「わぁ!」
 爆発が起こったように、後ろへと吹き飛ばされる。数メートル飛んで、木にぶつかる寸前で抱き留められた。
「危なかったな」
 背中を抱きながら、雷が言う。
「おまえのせいだろ!早く印を解かないから暴発したじゃないか」
「本当に解いてなかったら、俺もお前も結界の残骸に切り刻まれている」
「周りの人間吹き飛ばしてたら、結果的に変わんないだろ!」
 大声で怒鳴り、おれは大きく息をついた。なんてチャクラだ。気も規格外。これじゃ、コントロールが大変だ。
 爆発的な威力の攻撃結界。まさにそれだけで武器になっている。
「ああもう、本当、たまんないよな」
「次は防御結界にしたらどうだ。それなら攻撃はしない」
「いい。暴発したら同じだよ。まずはもっと実用的な攻撃結界ができるように練習しないと。その都度あちこち破壊してたら、もう結界じゃないよ」
「では、もう一回だな」
「ちょっと待て。いちいち防御結界はってガードする身にもなってくれ。おれはおまえほどタフじゃないの。休憩させてくれよ」
 そう言いながら、どかりと木陰に座り込んだ。朝からぶっ通しで何度も結界を張りつづけたのだ。いくらなんでも、ここらでちょっと休ませてほしい。パタパタと手で風を送り、流れる汗を拭った。
「大丈夫か」
 雷が近寄ってきた。無表情のまま傍にしゃがみ込む。
「お前は体力が足りないな。すぐバテる」
「おまえが異常なんだよ。本当、化けモン」
「戦闘任務が多かったからな。自然とこうなった。途中でバテたら、それが命取りになる」
「里ってそんなに戦闘が多いのかよ。安全なんだろ?」
「まあな。・・・・俺は特別だったから」
「特別、ねえ」
 思わず苦笑した。果たしてどんな『特別』だったのやら。
「何かいるか?」
 漆黒の目が尋ねる。にやりと笑って「焼き鳥」と答えた。とたんに、眉に皺が寄る。
「お前な」
「いいだろ?腹減ったんだよ。もうぺこぺこ」
 そう言うと目を閉じ、ため息を一つこぼした。あきらめたようだ。
「困った奴だな」
 立ち上がり、くるりと踵を返した。そのままずんずんと前に進んでいく。おれは『いってらっしゃい』と手を振った。
 雷の後ろ姿が小さくなって消えた。





 この三ヶ月間程、こんな日々が続いている。
 二人で任務に行き、帰ってくる。次の任務までの合間にそれぞれ、結界術とチャクラのコントロールを習う。習ったことは次の任務で実践する。その繰り返し。それまでおれがこなしてきたものとは全く違う毎日だった。
 雷がシノに申し出たせいか、閨での任務は入らない。どうやら他の部所に回されているようだ。
 ともあれ、おれはさまざまな術を使い、それに慣れていった。もちろん雷のサポートがなければ、それはとても出来なかっただろう。
 正直、毎日が楽しかった。正々堂々と自分の力で戦う。姑息な取り引きや騙し討ちのない任務。命の危険率は上がったが、やりがいもそれに比例していた。
 チャクラのコントロール方法も覚えた。以前より多くの術が一度に使えるようになり、より楽に術が繰り出せるようになった。
 雷の教え方は特殊だった。専門用語が殆ど出てこない。理論より身体で覚えると言う感じだった。
「難しいことは説明できない。俺自身も実践で覚えたことばかりだからな」
 ぼそりと言った。誰も教えてくれなかったのだろうか。仮にも『うちは』が。里でも有数の強い一族と聞いているが。
『うちは』
 ふと思いだして、苦笑した。おれは最初、それを確かめてやろうと奴を試した。身体で誘い、油断した隙に毒で動きを封じてやろうと。
「失敗・・・・だったよな」
 こっそりと呟く。そうだ。あれはまさしく失敗だった。それも初めての。
 理由はわかっている。おれ自身が流れてしまいそうになったのだ。
 雷を初めてこの身に受け入れた時、身体が震えた。今まで感じたことのない感覚。ぴったりと最初からあつらえたような感じ。そして、おれ自身の中に湧き出た感情。
 確かに思ったのだ。『嬉しい』と。
 もうすこし、感じていたいと思った。だから、針を取り出すタイミングが遅れたのだ。
 どうしてああなってしまったのかわからない。それまで、数えきれないくらいその行為を経験したはずなのに。
 さすがに、あの後痛めつけられている時は苦痛しか感じなかったけど。
 もう一度雷としたら、おれはまたああなってしまうのだろうか。確かめてみたい気もする。
 でもいい。おれはこの状況に満足している。今まで叶わなかったことが実現しているのだ。贅沢は言わない。
『よお。元気そうじゃん』
 背後から声を掛けられた。姿は見えない。どうやら遠話で話しているようだった。
『一時は心配したけど、奴と上手くいっているみたいね』
 遠話の主はオウガだった。たしかこの間、雷の情報を取ってきてやると言っていたが。それだろうか。
「まあまあね。思ったより扱いやすいよ」
『そりゃラッキーだったな』
「で、どうだった?」」
『ああ。アキヒ、ダチだけど。そいつの話によると、案外まともだったみたいよ。アキヒの弟と奴は親しかったらしい。確かに数年前、任務中に写輪眼が暴発して味方に被害がでたけど、誰も死ななかったそうだ。そして、その後はそんなことはなかったって。でも、里では皆にはじかれちゃってたみたいね。いつも単独で動いて、暗部顔負けの危険な任務をガンガン受けてたって話。ま、だからさ。強いのは当たり前』
「ふうん」
『問題の写輪眼もその後はバンバン使っててね。砂方面の忍は蔭で『雷神』とか言って恐れてたらしいよ』
 そこで合点する。確かに砂での任務は段取りもよく、無駄がなかった。かなり慣れてたんだな。しかし、通り名まで出来ているとは。
 試されていたんだ。ぼんやりと思う。だってそれほどの奴なら、おれが行かなくても単独で充分こなせていたはずだ。なのに、あいつはおれに陽動させた。おそらく、それでおれの力を見たのだろう。
 苦笑する。同じことをしていたのか。でもそれはお互い様。結果的におれはあいつと組んでいる。ということは、一応認められたのだろう。
『あいつねー、報われてないのよ。理解者は唯一、五代目だけだったって話。それだけ』
「そうか・・・・・ありがと。わざわざごめんな。何か、礼を」
『いいよ』
「でも」
『いいんだって。三年前、お前が皆にいいようにされてた時、オレ達同期に入った奴はそれでずいぶん楽させてもらってたのよ。だから、いいの。オレ、あん時何も出来なかったし』
 何と言っていいかわからなかった。あの日々を生きるだけで必死だった時代。皆が敵だと思っていた。
『それと・・・・気になることがあんのよ』
「何?」
『ザクロ。あいつ、お前や雷のこと、いろいろ嗅ぎ回っている。気をつけな』
「大丈夫だよ。あいつは勿論、おれだってザクロなんかに負けない。ここ三ヶ月で強くなったんだぜ」
『そうか。ただの取り越し苦労かな。ま、頑張れよ。あいつの臭いが近づいてきた。そろそろまずいから、オレ、行くわな』
 確かに雷の気が近づいている。なかなかするどい。奴の気が消えた。
 前方に小さく雷が見えた。手に山鳥を持っている。
「誰かいたようだな」
「ああ」
「何話してたんだ?」
「秘密」
「ろくなことじゃないな」
「三年前、おれがここに来た時のこと話してたんだよ」
 苦笑して言うと、雷は複雑な顔をしていた。確かにそれは事実。嘘は言ってない。
『うちは』の雷。類いまれな能力を持ち、さぞいい思いをしていると思っていた。恵まれていたのだと。でも、違う。 
「山鳥でいいか」
「うん。前にやったやつでいいよ」
「お前がやれ。火遁の練習になる」
「ええっ。焦げたら嫌だよ」
「焦げたとこだけ落とせばいい。ほら」
 ずいと鳥が差し出される。
 おれは苦笑して、火炎印を組んだ。






ACT17へ続く

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