終わらない夢
 〜暗部編〜 by真也







ACT1



 夢。
 その中にいることを、おれはいつも自分でわかってしまう。
 夢は優しい。穏やかで、温かな空気に包まれている。ほら、シギだって出てきた。
「鈴。君の信じた道を行ってください。未来は未知数です。君を待つ人に会えるかもしれないし、会えないかもしれない。でも、だからこそ、諦めずに」
 淡々と紡がれた言葉。嘘偽りは言わない、事実のみを告げる。死出に向かう直前でさえも、彼は誠実だった。
 シギ。暗部研究所主任。おれを生み出した人。
 彼はもういない。空の上に行ってしまった。
 目覚めてすぐ、気を張り巡らせる。ぼんやりとなんかしてられない。油断したら終わりだ。ただ、貪られるだけ。仲間といっても、いつ襲いに来るかわからない。それは、この三年間で身にしみていた。
 細く窓を開けて外を見る。窓にかけた結界は破られていない。ほっと胸を撫で下ろした。
 微かに覗く月。いつ見ても変わらない。研究所で見た月も、ここで見る月も。
 同じように欠けては満ちてゆく。何度も、何度も。
 あの位置からして、もうすぐ集合時間だ。おれは床から立ち上がった。それまで身体に巻いていた毛布をパサリと落とす。物置がわりの寝台に腰かけ、装備の再確認を始めた。針。クナイ。数種類の毒。そして、解毒薬。
 再度立ち上がろうとすると、寝台がギシリと鳴った。いやな音に顔を顰める。
 寝台。身体を休める所。
 おれにとっては違う。そこはもっとも忌むべき場所だった。
 そこで為すことは、いつも決まっていたから。
 身体を供することと、人殺し。
 どちらもろくなことじゃない。だから、おれはいつも床で寝ていた。小さな部屋の、そのまた片隅に腰かけて。
 そのほうが安心して眠れたのだ。



 立った姿勢のまま、改めて装備をつけなおす。鏡に暗部装束のおれが写った。じっと見つめる。
 金色の髪。碧い瞳。小さい頭。細い首。ここにいる連中のなかでは華奢な部類の身体。そして、整いすぎた顔。
 だんだんと、でも確実に似てきている。同じ髪と瞳を持ったあの人に。
 穏やかに笑い、切なく訴えた人。何か大きなものと戦いながら、おれに生きる方法を教えてくれた人。
 鳴(なる)。
『諦めてはいけないよ。・・・いつかきっと、君を待っている人がいる。君と生きる人が。それまでは、絶対に諦めてはいけない。生き抜くんだ。わかるな』
 おれを抱きしめ、彼は言った。声を震わせ、胸をつまらせながら。それでも必死で。全身全霊かけて願うように。
 おれは信じた。彼の言葉を。
 信じ続けてここまで来た。生き残るために何でも使って。媚も。駆け引きも。身体も。使えるものは全部使った。
「鈴、集合だぜ。開けてくれよ」
 ドンドンと無粋に扉が叩かれた。うっとおしい声。あれはザクロ。ばっくりと弾けた姿と血の味と言われる果肉が気に入ってつけた名だと言っていた。
「鈴〜」
 情けない声。ちっと舌打ちする。
「結界を解く。触るなよ」
 言いながら印を組んだ。一瞬、青白い光が走った後に外の気が流れ込んでくる。がちゃり。おれは扉を開けた。
「よお」
 おれより僅かに高い位置で、ザクロの顔が笑っていた。こげ茶色の肌に緑の目。ぼてっと厚めの唇が緩んでいる。粘着質で、まとわりつくような視線。吐き気がしそうになった。
「鈴。任務明け、いいか?」
「嫌だ」
「冷たいこというなよ〜。昔はよく、させてくれたじゃねぇか」
 薄すぎてよくわからない眉が下がる。おまえと、だって?冗談じゃない。昔はよくさせただと?騙しただけじゃないか。任務で守ってやると。だから、ヤラせろと。実際、おまえが守ってくれたことはなかった。時々、長のシノが助けてくれたことはあったけど、大抵は攻撃を真っ向から受ける派目になった。おかげで、早く忍術は上達したけれど。
「なあ鈴、昔のよしみじゃないか」
 何がよしみだ。隙あればおれを狙っているくせに。
「りん〜」
「うるさい」
 正面から睨みつけた。緑の目玉に脅えが走る。
「おれは嫌だと言ってるんだ。そんなにしたいんなら、新しい技作ってこいよ。そしたら、それと引き換えにさせてやってもいいぜ」
「そんな、無理だよ」
「じゃ、諦めな」
 言い捨て、先に行こうとする。もう、おまえの相手はごめんだ。
「鈴!」
 腕が引かれた。思ったより強い力。振り向き、敵意を示す。
「やるのか」
「そんなこと言ってねぇじゃねぇか」
「なら、離せ」
「なあ、考え直してくれよ」
「しつこい」
「退いてくれ。通行の邪魔だ」
 聞き慣れない声が降ってきた。思わず見上げる。おれは目を見開いた。
 漆黒の瞳と同じ色の髪。おれより拳二つ分高い位置の端正とも言える顔。無表情に見つめているのに、まっすぐな視線。目を反らせなった。
 数瞬、おれたちは見つめあった。
 への字に曲げられていた唇が開く。薄めだが形のいいそれが言葉を紡いだ。
「聞こえないのか。退け」
 響く低音。気を伴ってぶつけられる。嫌でも感じる威圧感。
 なんだろう。はっきりと感じた。『こいつから逃げたくない』と。
 そいつが三度目の言葉を発しようとした時、ザクロがこそこそと道を譲った。奴が歩きだす。スタスタと前を通り過ぎていった。
『誰だよ』
 そう思った時、おれは心臓を鷲づかみにされたような気になった。
 数メートル前にいたそいつが、振り向いてこちらを見ていた。



 何だ。
 何で、おれを見るんだ。



 何か言ってやろうとした時、奴は視線を外した。踵を返し、ずんずんと前に進んでゆく。つきあたりの通路で左に折れた。
「誰だろうな」ザクロが言う。
「ひょっとして、シノの言ってた新入りかな」
「新入り、だって?」
 ザクロの胸ぐらを掴み、締め上げた。茶色い顔が赤黒く染まる。
「なにすんだよう!シノ、言ってたぞ!新入りが、それもえらくタチの悪い奴が来るってさぁっ!鈴!は、離してくれよう」
 泣きそうに哀願する。急に興味をなくして、おれは手を緩めた。ザクロが咳き込んでいる。
 おれはそれを無視したまま、奴の後を追った。つきあたりを左に行けば集合場所。本当に新入りならば、そこに行ったはず。


 確かめてやる。


 あの目つき。表情のない顔。何もかもに苛立った。
 ほぼ全力と言えるくらいに足を速めながら、おれは集合場所へと急いだ。






ACT2へ続く

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