■オウガを愛でる作品 NO1■ *登場人物オウガ、日向アキヒについては、こちらをご覧下さいませ*
いつも難しい顔している奴を見ると、どうも厄介なムシが騒ぎ出す。
辛気くさいしかめっ面を、崩してみたくなるのだ。
自分でも自覚している。人騒がせな性分だと。でも。
頑な顔が呆然とする瞬間。それがとても、貴重に思えるのだ。
気まぐれな破壊者 by真也
三年ぶりでそいつに会った。木の葉の里の郊外の森で。
「元気そうだな」
長い黒髪に白眼。相変わらずの難しい顔。困ったように再会の挨拶をした。
「そっちこそ元気そうじゃん。偉くなったんだってねー。努力が実を結んだじゃない」
にやりと笑って言葉を返す。堅苦しい顔が更に引き締まった。
「こんなの、大したことじゃない」
「相変わらずだねー。そんなじゃ、いつまでたっても満足しないよ」
「大きなお世話だ。お前こそ暗部で幅を効かせてると聞く」
揶揄えば憮然と返された。オレは苦笑する。さすが、耳が早いなと。
「犬塚上忍が話していた。おまえは最も使いでがあると。期待されているのだな」
「冗談」
速攻で打ち消す。期待などと、そんなものはいらなかったから。目の前の男が怪訝そうに顔を顰めた。自分の価値観と大きく外れた答えだったのだろう。
「オウガ」
「オレはねー。楽しければいいんだよん。期待なんてまっぴら。偉くなる気なんてさらさらないの」
右手をひらひらと振って踵を返す。後ろで大きなため息が聞こえた。
「やっぱり、おまえは分からないな」
ぼそりと途方にくれたように呟く。独り言のように聞こえた。
「アキヒ(秋日)みたいに宗家のお坊ちゃんじゃないからね。オレは妾腹の五男。おまけに犬塚家に入ってわずか三年よん。同じ価値観だったらコワイって」
振り向いて答える。アキヒが困ったように笑った。
生まれた時から名字はなかった。母親がえらく変わった女で、七人も子供を産んでおきながら犬塚家に入ろうとしなかった。なんでも自分は狼と交わる一族だから、犬には従属しないということだ。
彼女は流れの忍だった。どこの出身かも知らない。兄弟皆知らなかった。ただ、寒い国の生まれであることはなんとなく分かった。
犬塚キバは彼女を愛していた。よく郊外の掘立小屋にやってきては、うちに来ないかと説得していた。もちろん、一度として彼女は首を縦に振らなかったのだが。
犬とも言える人懐っこさの父を、狼のようにひと吠えで追い払う母。それでも子供は増え続ける。本当に、いつ作ってるんだと不思議に思っていた。
『あのさ。なんで追い返すの?』
どうにも納得できなくて訊いたことがあった。すると彼女は自慢げに言った。
『アタシは一人で生きたいのよ』と。
彼女の言わんとする意味は分からなかった。でも。人は一人で生きてゆくものなのだと、その言葉だけが漠然と心に残った。
「アンタ達もね、いつかは離れて行くのよ。生きてりゃいろいろあるけど、取り敢えず生きてなんぼなのよ」
彼女は口癖のように言った。決して裕福ではない生活。犬塚家の援助は全て断っていた。兄弟達はアカデミーに通う金も満足に払えず、半数が忍を目指さなかった。
「アンタは素質があるからねぇ」
本当にそうだかわからなかったが、オレはアカデミーにやられた。当然満足な費用はない。仕方なく、下町でいろいろと細かい使い走りを引き受けては費用の足しにしていた。
オレも彼女も人に媚びることはなかった。きちんとした家の名もない。したがっていろいろと足を引っ張られた。幸い、それをカバーするだけの器用さは持ち合わせていたが。
順調にアカデミーを卒業し、中忍になって初めて実戦に配備された時。夜に伽を命じられた。未知の経験。それでも何とか遠征を終えて帰った時、彼女は気配を察した。そして一言、こう言った。
「おまえは不本意な辛さを知った。弱者の立場を知ったんだよ。だから、もっと伸びることができる」
彼女に帰る所はなかった。同じ一族はもう、誰も残っていなかったらしい。一人で生粋の血を残すことは不可能だった。
「それでも、生きて行けば何かが出来るのよ。お前達を産み出したのもその一つ。自分の忍術に終止符を打つのも、他の血を交えて別の種族を創り出すのもその一つ。要は自分がそれで納得するかね」
明るく笑った彼女は数年後、帰らぬ人となった。七人も子供を残して。他所の子供を一人救って。金狼になって里の侵入者と戦って逝った。
戦い抜き、子供を守りきったその顔は血塗られていたけど、満面の笑みで飾られていた。その時オレ達は納得した。彼女は、後悔していないのだと。
そうして彼女は最後に示して去った。死に方を。それにつながる生き方を。子供達に。
彼女の死後、オレ達兄弟は正式に犬塚家に引き取られた。
「うちは雷のこと、調べてくれたー?」
頼んでいた要件を切り出す。
「ああ。弟が彼とは親しかったからな。アカデミーの頃は、うちにも何度か来ていた」
そう言って数枚の紙を差し出す。
「へえ。意外なもんだね」
言いながら書類を受け取った。中をざっと見る。それは全て特殊な文字で記してあった。
「これ、犬語じゃん。よくわかったねー」
「勉強したからな」
答えに目を見開く。苦虫を噛みつぶしたような顔が言葉を継いだ。
「知りたいと思って何が悪い。枕を・・・交わした相手だぞ」
「でも、それってたった一回きりじゃんか」
「一回でも・・・事実は事実だ」
急に可笑しくなる。相手の考えは予想がついた。どうせ、責任を取ろうとでも思ったのだろう。
「馬鹿だねー。女じゃあるまいし。それに、あれは合意の上でショ」
「しかし。おれはおまえを拒まなかった。むしろ、おまえならばいいと思ってしまった。だから・・・」
「ストーップ!それ以上はいいっこなし」
かなり真剣な決意を遮る。駄目だよ。そんな簡単に決めちゃ、軽く騙されちゃうね。
「オウガ」
「あのね」
言いながら腕を引く。軽く唇を重ねた。すぐに離して囁く。
「オレはこういうこと、気軽にしちゃうのよ。だから、本気にするだけ無駄」
「でも。おれはあの時、救われた」
「なら、それでいいじゃん」
白眼が大きく見開かれる。呆然と言う顔を見つめながら、オレは言葉を重ねた。
「オレはあの時したかったし、お前はそれでラクになった。それだけで充分価値あると思うよ。それに」
「それに?」
「今は手が離せないのよ。暗部に放っておけないコが一人いてね。目を離したら何するかわかんないのよ。それと、しかめっ面で胃痛を耐えてるおっさんが一人。こちらも世話焼かないとすぐ胃壁に穴が空きそうでね。だから、駄目」
「おまえ・・・・」
「資料、ありがと。また何かあったら聞いてよね。そのくらい、いいでしょ」
言葉と同時に走り出した。アキヒが見送っている。いつものしかめっ面は、そこになかった。ただ、呆然と見つめる顔が一つ。
「またねー」
振り向きながら手を振った。これでいい。あの時お前は潰れかけていた。日向家という重圧に。優秀な兄と厳格な父の前に、自分の価値を見いだせないでいた。あいつなりに素晴らしいものを内包していながら。オレはそのコンプレックスの皮を破ってみたかっただけ。中身を覗いてみたかっただけなのだから。
「さーて。鈴に知らせなくちゃねー」
もらった資料に目を通しながら、暗部宿舎へと急いだ。もうすぐ日が暮れる。鈴も任務から帰ってくるだろう。もうすっかり息のあった雷との任務から。
その前に、誰かさんに報告しなくては。
帰りついた場所で見るだろう、もう一人の仏頂面を思いだし、オレは小さくほくそ笑んだ。
end
戻る