■森の国の人々を見守る作品 NO9■
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家族の肖像     byつう








 森の国の重臣の多くは、王城を囲むようにして建てられた屋敷町にその居を構えていた。むろん、城内にそれぞれ執務室や詰め所はあったが、平時はそれぞれの屋敷に戻るのが常であった。
 五家八公と呼ばれる大臣クラスの重臣たちの屋敷は、王城に近い一角にあった。その中のひとつ、軍務尚書の屋敷では、その日、ひとつの決定が伝えられた。
「なんでいまさら、そーゆーことになるんだよ」
 二十歳を過ぎたばかりの金髪の青年が愚痴る。彼は砂の国の出身だ。
「堅苦しいのは苦手だけど……」
 同じ年頃の亜麻色の髪の美女が小首をかしげる。彼女は花の国の出だ。
「でもさあ、そしたら、おれたちだけでもお城に上がれるじゃん」
 十代半ばの黒髪の少年が目を輝かせて言う。ちなみにこの少年は霧の国の生まれだった。
「なに言ってんの、義単。登城なんて、あんたにゃ十年早いわよっ」
 同じ年頃の、気の強そうな女衛士が少年の頭をばしっと叩いた。南方の出身であることを如実に物語る、明るい赤茶色の髪をしている。
「ってーなあ、もう。衛士府に配属が決まったからって態度がでかいんだよ、真赭(まそお)。ひとつしか違わないくせに」
「ふん。弓のひとつも扱えないようなガキになに言われても、あたしは平気だもんねー」
「親父どのが決めたことだ。それでいいではないか」
 重々しく言ったのは、二十代半ばの鈍色の髪の男だった。目の色も濃い灰色で、年よりかなり上に見える。
「それとも、皆は親父どのの子供になるのが嫌なのか」
 その場にいた全員が、一斉に首を横に振る。
「んなわけ、ねえだろ。みんな、醍醐のこと、ほんとの親父みたいに思ってんだから」
 金髪の青年が唇をとがらせた。
「けど、べつにこのままでもいいじゃんか。紙切れ一枚で、わざわざおれたちの関係を確認するまでもねえだろ」
「いままでなら、な」
 灰眼の男は、穏やかに言った。
「村にいたころや、砦を転々としているころなら、それでもよかった。親父どのはわれらの親父どの。そんなことはわれらだけが承知していればよかった。だが、いまは違う」
「なんたって、『軍務どの』だもんなー」
 少年が口をはさむ。彼は自分の保護者がそう呼ばれることを自慢に思っているようだった。
「そういうことだ。わかるな、民武」
 民武と呼ばれた金髪の青年は、むっつりとした顔で頷いた。
「わたくしたちも、お役に立たねばなりませんね」
 亜麻色の髪の美女が、ひっそりと言った。
「香李(こうり)には、礼部から打診があったぞ。侍女たちの作法係として出仕してもらいたい、と」
「まあ、それはうれしいこと。また加煎さまにもお目にかかれますわねえ」
 香李は村にいたころ、加煎から書画や歌や作法を習っていた。
「えーっ、そしたら、仕事ないのっておれだけ?」
「掃除と洗濯、よろしくねー」
 真赭が鼻先で笑う。義単は頬をふくらませて、
「そんなの、いまじゃ雇人がやってくれるもん。あーあ、おれも早くお城に上がりたいなー。なんとかならねえの、慶臣」
「焦るな」
 慶臣は灰眼を細めた。
「親父どのがほどよき時期を選んでくれる。それまでは、下の者たちのこと、頼んだぞ」
 この屋敷には、まだほかにもたくさんの子供がいた。醍醐が戦のたびに各地で拾ってきた孤児たちだ。総勢、十六名。いちばん下は、まだ五つになったばかりの女の子だった。
「けっ。おれは子守りかよ」
「兄弟の面倒も見られぬ者に、まともな仕事などできようか。不平を言う間に、為すべきことを為せ」
 いわば長兄の立場にある慶臣の言は重い。
「今夜にでも、親父どのから話があろう。幼い者たちについては、何件か余所から養子の申し入れも来ているようだから、皆で話し合おう」





 こうして。
 十六人のうち十四人が醍醐の養子となり、あとのふたりはそれぞれ、近衛府の大夫と刑部尚書に引き取られた。
 のちに森の国は、この子供たちがまつりごとの中枢を担うこととなる。が、それはまだ、先の話。
 軍務尚書の屋敷は、今日も子供たちの声が賑やかに響いていた。



   (了)





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