いいのか。
たぶん、もう、離せない。
お前を諦めて、暗部で暮らすつもりだった。感情のない世界で、任務に身を埋めて。
離れて、二年耐えた。
堪えたのは暗部よりも、お前に会えないこと。
一度だけ繋いだ身体を、丹念に思いだした。
しなる背。染まる身体。噛み締めた唇。
この瞳が、覚えている。
漏れる声。あがった息。金の髪が、揺れる音。
この耳が、覚えている。
汗で湿る肌。震えていた舌。熱をはらむそこ。
この身が、覚えている。
どうしても、会いたかった。
何を言われても、抱きたかった。
何よりも、欲しかった。
お前。
今、この手に、俺の全てがある。
番い by真也
「遅くなっちゃったな」
暗くなった空を見上げて、あいつが言う。結局、今の時間までかかってしまった。
数日前に出した暗部への異動願い。どこの部所も人手不足だっただけに、いろいろともめたらしい。
今日、それをまた、覆したのだ。まさに大ひんしゅくの状態だったろう。
火影様には説教を。上忍たちにはあからさまな非難を。受付たちにまで、それとなく皮肉を言われた。まあ、約一名は『本当によかったです』と、汗を拭き拭き言った奴はいたが。
とにかく、あちこちで謝りたおして木の葉に戻してもらった。代わりに、二週間ほどの特別任務を単独でこなすことになったが。それくらいはたやすいものだ。なんせ、ナルトが手に入ったのだから。
「なあ、行きたい居酒屋ってどっちだ」
あいつが笑いかける。それを見ただけで、心が和んでしまう笑顔。
胸が、温かくなる。
俺の求めていたもの。
「こっちだ」
顎をしゃくって、歩き出す。あいつが小走りに追い付いてきた。軽く、肩が触れる。
二人とも気にならない、ごく当たり前の距離。
つい、二日前までは遠かった。遠くて、あまりに遠過ぎて。力ずくで引き寄せた。絡めとって、放さなかった。あらゆる手を使って束縛した。
ただ、欲しくて。
お前のいない二年を必死で埋めた。身体を貪ることで。
でも、身体は縫いとめられても、その内面はやはり遠くて。
手を届かせたくて、責めたてた。お前を壊す寸前まで。
高熱にうなされるあいつを抱いた。今なら、極限まで来た今ならば、俺を求めてくれるかも知れないと思ったのだ。
本気で。
解放でも、哀願でも、拒絶でもよかった。
でも、あいつは呼ばなかった。
その時、自分の愚かさを思い知らされた。
だから、諦めようとした。
「へえ、いい感じ。入ろうぜ」
のれんをくぐり、あいつが引き戸をからりと開けた。
「へい、いらっしゃい!ああ、これはどうも。今日はお連れさんとですかい」
「どこか、開いているか」
「どうぞどうぞ。すぐ付き出しをお持ちしまさあ」
居酒屋『喜八』の店主は、俺達を奥の座敷に案内した。
「お連れさんは初めてですかい。ま、ここでの挨拶みたいなもんでさあ。どうぞ」
卓の上に銚子が三本、置かれた。ナルトはしげしげと見つめている。
「サスケ。これ、酒だよな」
「ああ。駄目か?」
「いや、飲めるよ」
注がれた酒を、思い切ったように飲む。きっと、慣れていないのだろう。
「ここでは、まず最初に利き酒をやる。当たれば飲み代はタダだ」
「ふーん」
「うまいか」
「・・・・・わかんねぇ。でも、これは甘いな」
「それは、北の銘柄でさあ。さっぱりとした甘さがあって、口当たりがいいのが特徴で」
「俺はもうちょっと、辛いめがいいけどな」
「じゃ、お連れさんにはこれを。うちはさんには、いつものにしますかね」
「頼む」
店主は、機嫌よく調理場へと戻って行った。
結局、俺は二つの銘柄を当てた。ナルトは全部外してしまった。
「おれ、酒なんて飲まねぇもん。おまえが飲み過ぎなんだよ」
言いながら、あいつは銚子を空ける。
注文した酒と料理が運ばれて、俺達は黙々と食べ出した。
今日は、疲れた。動き通しだったものな。
「ここ、料理も上手いな。・・・・高いのか?」
「さあ。普通だと思うが」
「ちぇっ。上忍はいいよな。金持ちでよ」
「そんなことない。酒代が結構、かさんだからな」
言いながら、杯を飲み干す。確かに、ここのところよく飲んだ。
酒は、暗部でもよく口にした。薬への耐性訓練などで、ろくに酔いもしないのに。すがるように飲んでいた。
里に帰っても、変わらなかったが。
飲みながら、よく思った。自分のしたことは、間違っていたのかと。あのまま、ナルトの傍にいればよかったのだろうかと。
ナルトは火影になる。裏を知る者が傍にいなくてはと思った。表の、正しい強さだけでは全体を総じてはいけない。裏の強さも必要不可欠だと。
俺には、ふさわしいと思った。あいつの為に、それが活かせるのなら本懐だと。
だから、俺は暗部へと行った。
ナルトの必要になりたくてしたことが、かえって追い詰める結果になり、俺は途方に暮れた。ただ、自分を哀れんでいた。
『おれは、どうしても言いたいことがあって、ずっとお前を待ってたのに・・・・今のお前じゃ、話す価値もない!』
頬の痛みと共に、あいつの言葉が突き刺さった。もう、終わりだと思った。
勝負を言い渡されて、戸惑った。が、心を決めた。
最期に、俺の総てを尽くそうと。もし、あいつが負けたとしても、暗部に行くつもりだった。
「サスケ。何、考えてるんだ」
首を傾げて、訝しそうに訊く。かなりまわってきたか。目が、据わりかけている。
「そろそろ、帰るか」
「ええっ。おれ、もうちょっと飲めるよ」
「うそつけ。おやじ、勘定だ」
振り向いて、厨房に声を投げる。約束通り、俺が奢ることになった。
「うーん。気分、いいよな。おれあの酒、気に入った」
「そうか」
「うん。甘いし」
「あれな」
「なんだ?」
「イルカ先生の、好きな銘柄だ」
一瞬、ナルトの目が大きく開く。柔らかに笑った。
「そうかぁ。じゃ、ちょっとは供養になったかな」
「さあな」
「そうだ、サスケ?」
「何だ」
「任務、一段落ついたらさ。イルカ先生に会いに行こうぜ。おれさ、この間イルカ先生の前で、かっこ悪いとこ見せちゃったから」
知ってる。慰霊碑の前で、泣いていた。
任務報告をしてすぐに、お前の後を追ったから。
胸が痛んだ。でも、止められなかった。自分では。
お前が言葉にすれば、やめられるような気がした。
求める自分と解放したい自分。いつもせめぎあっていた。そんな時。
『おまえの言う強いって・・・・どんなことなんだ?』
お前が訊いた。
おかしかった、自分が。
俺の成したことは、お前に届いてはいない。少しも。
怒りよりも虚しかった。
「ここまでだな。明日、遅れるなよ」
別れ道で、あいつを振り向く。完全に据わりきった目が睨んでいた。
「おい。また、置いてゆく気だな」
「何を言っている」
「もう、騙されないぞ」
つかつかとやってきて、胸ぐらを掴んだ。ずいと顔を寄せる。
「朝になったら、行くんだろ」
「馬鹿な」
「嘘つけ」
「何処へだ」
「うるさい。確かめてやる」
俺はため息をついた。今日は一緒にいたら、何事もなく済ませる自信がないのだが・・・。
「それに。おれ、まだ言ってないぞ」
「何をだ」
「文句だよっ!・・・・・二年後、聞いてやるって言っただろ」
確かに言った。遠い約束。帰リつく為の。
俺は苦笑した。
「わかった」
ナルトの手をそっと外させる。
「来たいなら、来い」
諦めて、歩き出した。あいつは黙ってついてきた。
家に着いた時はもう、夜半を過ぎていた。
「何もないぞ。あがれ」と、戸を開ける。ナルトが中に入った。
「も、だめ。眠い」
一間しかない畳の部屋で、ごろりと転がった。
「おい、退け。布団敷くから」
丸まる背中を足で蹴り、一つしかない布団を敷く。
「まったく・・・・」
自然と愚痴る。俺は何処で寝るんだ。それよりこのまま寝ろというのか。
明日は任務。早く睡眠をとらなくては。
あいつを布団に運ぶ手が、止まった。首に巻きつく、腕。
「おい」
「んーっ。なに?」ふにゃりと、笑う。
「手を離せ」
「やだよ。おまえ、暗部行くもの」
腕の力が、強まった。あいつの頭が、肩のあたりにすりつけられる。
「やめろ」
「やだ」
「知らないぞ」
「今さら、だろ?」
囁きが、耳に、落ちた。
いいのか。
たぶん、もう、離せない。
お前を諦めて、暗部で暮らすつもりだった。感情のない世界で、任務に身を埋めて。
離れて、二年耐えた。
堪えたのは暗部よりも、お前に会えないこと。
一度だけ繋いだ身体を、丹念に思いだした。
しなる背。染まる身体。噛み締めた唇。
この瞳が、覚えている。
漏れる声。あがった息。金の髪が、揺れる音。
この耳が、覚えている。
汗で湿る肌。震えていた舌。熱をはらむそこ。
この身が、覚えている。
どうしても、会いたかった。
何を言われても、抱きたかった。
何よりも、欲しかった。
おまえ。
今、この手に、俺の全てがある。
唇を重ねる。もう、止まらなかった。
開かれていた歯列の、その奥のものに舌を絡める。吸い上げて、更に深く重ねた。
「んっ」
息を求めて首が振られる。放さず、隅々まで味わった。背中を拳が叩く。
まだ、だ。まだ、はなさない。
腕に爪が食い込む。ふいに解放すれば、酸欠で喘いでいた。睨み付ける目の端が、僅かに濡れている。
笑みながら、唇を落とす。頬へ。額へ。瞼へ。
耳を捕らえて、軽く噛んだ。飛び跳ねる身体と、噛み締める唇。固く瞑られた、目。
「目を開けろ」
そっと、囁く。しばらく待つと、恐る恐る顔を覗かせた。碧い瞳。奇麗なそれ。
再度息を奪って、手を這わせる。どこも、見逃すつもりはなかった。
一つ残らず、触れてゆく。手で。唇で。舌で。
ゆっくりと、味わった。
「う・・・」
身を捩って逃げる。慣れない身体を、もて余している様だ。押さえつけて、そこを捕らえた。あいつの目が、大きく開く。
「サス、ケっ」
「何だ」
「もう、い」
皆まで言わせず、動かした。肩を持つ手が細かく震える。噛み締めた間から、声が漏れてくる。
高まるそれを握り締めた時、背が弓なりの形を描いた。
「もう、いいだろ」
言葉を耳に、入れ込んだ。まだ、荒い息をしている。構わず、中に指を進めた。
声は音になっていた。苦痛と、もう一つのものを告げる音。徐々に後者が、鮮やかになってゆく。
我慢できなくて、身を進めた。何度もかぶりが振られる。熱くて、愛しい躯。
後は、欲しくて。
声も。息も。肌も。熱も。その身も。心も。
全部、欲しくて。ありったけもらった。
惜しくてたまらない気持ちを抑えて、そっと身体を離した。
閉じた瞼が、過分な疲れを物語っている。
「連帯責任だからな」
ぼそりと呟いて、口づけた。
共犯者は今、眠りの中にいる。
空の白んでくる様子を見ながら、俺は目を閉じた。
『くれよ』
『えっ』
『俺の欲しいもの、全部』
『うん。いいぜ』
『いいのか』
『何が?』
『全部、なんだからな』
『わかった。あげるよ、好きなだけ。おまえだから』
<END>
オマケ(翌朝の話です)
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