翼持てるもの         by真也





ACT8 〜『追尾』編〜



 欲しくて啼く心を、つぎ込む酒で宥めすかす。
 酔いもしないそれは、ただの気休めに過ぎなかった。
 酒。
 俺は暗部でそれを覚え、すぐに量をこなせるようになった。飲むことで自分を誤魔化していた。
 夜毎、心は求めていたから。
 酒ビンを抱え、胸焼く液体をただ、流し込む。


 止まってしまえ。 
 凍ってしまえ。
 捨ててしまえ。
 もう、不要なのだ。
 あいつに呼んで欲しい俺など。


 ナルトの部屋を出てすぐ、任務受付所に向かった。
 機械的に手が動く。一枚の書類をしたためて。
 俺は、異動願いを提出した。
 希望先は暗部だった。


 自信はなかった。
 頭では理解できている。でも。顔を見れば全てが飛んでしまうような気がした。
 止められない。
 止められるほど、強くない。
 荒れ狂う自分を完全に封じ込められるほどの、強固な自制心はなかった。
 会うな。
 会えばきっと、あいつを屠る。
 今度は止まらない。身体も。心も。それこそ、魂まで食らいつくすだろう。
 それだけはできない。してはならない。過去の自分が必死で叫んでいる。お前はナルトが好きなのだろうと。


 ああ。好きだとも。
 そんな言葉で言い表せる感情じゃない。
 欲しくて、制したくて、傷つけたくて、愛おしみたい。
 抱きしめて口づけて、引きずり倒したい。
 相反する衝動。でも。一つの感情を起源としている。
 だから、会うことはできなかった。
 このまま、心を凍らせたまま、あいつの顔を見ずに暗部へと行こう。行って、日々をおくるのだ。
 償い続ける日々を。 





 異動願いを出した当日から、俺は任務に没頭した。次々と任務を入れる。休みは殆どなかった。
 任務に感情は不要だ。遂行だけを考えていればいい。そのほうが楽だ。
 誰かに似てるな。
 今さらながらにそう思う。そうだ。これは同じだ。俺が暗部に行くと知った時、あいつがとった行動と。
 会うと崩れる。そう思ったのかもしれない。崩れた自分が受け入れられなかったら。現実を直視することを恐れたのかも。当然、自ら進んで傷つきにいくやつはいない。
「うちは上忍」
 固い声で呼びかけられた。黙って目をやる。受付の中忍だった。
「上から苦情が出ています。うちは上忍が休みなく任務を遂行されますので、A級任務が他所に回ってこないと」
 びくびくと見上げる。睨み返した。
「そんなの早い者勝ちだろう。危険率の高い任務を優先的に引き受けているのだ。なにが悪い」
「しかし・・・・・もうかなりの期間、休まれていませんし。身体に悪いです」
 縋るような目。無理に自分を押し通してもよかったが、敢えて曲げた。休暇届をだして、家路につく。
 さて。休みの間、何をしようか。
 飲むしかない。答えは簡単に出された。




 森の家で一人呑む。
 馴染んだ気配が近づいてきた。
 戸が、開く。
「サスケ」
 名前が呼ばれた。誰を呼んでいる。
「サスケ」
 今度は少し大きめの声。俺の名前か。ぼんやりと声の方に顔を向ける。ナルトだった。


 来たのか。
 来てくれたのか。
 否、期待してはならない。
 あいつは俺を呼ばなかった。


「・・・・何しに来た」
 牽制。暴れだす自分を押し隠して訊く。
「暗部に戻るって本当か?」
 あいつの問い。それには答えなかった。言えばその先を期待してしまう。かき消す様にコップの酒を空けた。
「酒びたりだな」
 険のある声。無視が気に障ったのか。
「いいだろう。酔わないんだから」
 お前の知った事じゃない。
「じゃ、何で飲むんだよ」
 あいつの言葉。耳に落ちてくる。なぜだろうな。ぼんやりと考えながら、コップに酒を注いた。揺れる液体を見つめ続ける。
「もう、これしかない」
 答えは知っていた。そうだ。これしかない。
「どうゆうことだよ」
「おまえを手放して、あっちに帰ったら・・・・・これだけだ」
 何もない。俺の中には。もう、何も。
「だったら何で!」
「もういい!これ以上俺に構うな」
 同情などいらない。偽りでもたせる位なら、捨て置け!
「何とも思ってないくせに」
 呼ばなかっただろう?必要ではないのだろう?ならば・・・・。
「サスケ!」
 くどい。
「それとも、餞別でもくれるのか?俺と離れられて嬉しいだろう」
 どうしてそう俺に構う。本物などないくせに。蔑みに来たのか?それとも嘲笑いに。そして、恵んでくれるのか?可哀想だと。
「・・・・いいぜ」
 大きく息を吐き、再び吸いなおしてナルトが言った。何を言ってる。口を結び、手に持つコップを脇へと置いた。
「本気で言ってるのか」
「ああ。そんなに欲しけりゃ、くれてやるよ」
 あいつの言葉。一瞬耳を疑った。そうか、そんなに・・・・。
「・・・・・俺も、落ちぶれたもんだな。お前に情けをかけられるなんて」
 俺はとうとう、それになったのか。ただ、憐れむだけのものに。
「来いよ」
 言葉を投げる。それでもいい。俺は這いつくばってお前に乞おう。恵んでくれと。与えてくれと。未練たらしく。憐れに。
 あいつが両手を握り締め、俺の前へと進んでくる。視線が絡み合った。
「本当に、懲りないな。それとも身体が欲しがってるのか」
 言葉で貶める。本当は自分が堕ちているのに。右手を伸ばし、頬に触れた。嘘でもいい。最後に口づけたかった。その時。
 頬に衝撃。はずみで身体が左に流れる。呆然と見上げた。碧い瞳が見ている。焔を宿して。
「いい加減にしろ!人の話を聞きもしないで、意地はって。確かにおれはおまえにいろいろされたけど、嫌だって言ったか?やめてくれって、頼んだか?おれは、おまえが何をしても、嫌いにだけはなれなかった。最初の時だって。滝でのことだって。でも今、一人で勝手に思いこんで逃げようとしているおまえなんて、大嫌いだ!」
 宣告。言葉が胸に突き刺さる。
「おれは、どうしても言いたいことがあって、ずっと待ってたのに・・・・今のおまえじゃ、話す価値もない!」
 確定。全てが決った。目を閉じ、黙って口角を拭う。終わりだ。
「勝負だ」
 俺は目を開く。勝負?何故。
「こうなったら、力で決着つけてやる!」
「ばかな・・・」
 どうしてそんなことをする?お前はもう決めたはずだ。現に、俺をいらないと言ったではないか。
「そのかわり、おれが勝ったら話を聞いてもらうからな」
 話。まだ俺と話せるのか?では、俺の言葉を聞いてくれるのか?ならば、俺が勝てば?
「おまえの好きにすればいい。暗部に行くのも。おれも。明日の夜明け、アカデミーの第二演習場だ。ぜったい来いよ!」
 最後の機会、なのだろうか。天が与えてくれる、最後の。
「逃げんなよな」
 言い捨てナルトが背を向ける。俺は呆然とそれを見送った。



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