求めていたのだ。
 身体はいつでも、あいつを欲しがっていた。
 心がそれに追い付かなかっただけで。
 こうしたかったのだ。







翼持てるもの    by真也





ACT10 〜『番い』編〜



「遅くなっちゃったな」
 空を見上げて言う。本当に遅くなってしまった。しょうがないかと苦笑する。
 あいつが出した暗部への異動願いと取り消し。ひんしゅくの嵐だったらしい。
 火影様。上忍たち。受付たち。
 ありとあらゆる人達から、こってりしぼられた。
『本当によかったです』
 あの受付の中忍だけは汗を拭き拭き、そう言ってくれたのだが。
「なあ、行きたい居酒屋ってどっちだ」
 サスケに訊く。もう腹がペコペコだった。 
「こっちだ」
 あいつが歩き出す。おれは慌てて追いかけた。肩が、触れる。
 近いな。
 そう思って嬉しくなった。今までサスケがわからなくて、ひどく遠く感じていたから。
 あいつを取り戻したい。ただそれだけで、ここまで来た。諦めずに。あいつだけを信じて。
 今、こんなに近くにいられる。なんの障害もなく、ごく当たり前の様に。
「へえ、いい感じ。入ろうぜ」
 のれんを前に言う。それをくぐって引き戸を開けた。
「へい、いらっしゃい!ああ、これはどうも。今日はお連れさんとですかい」
「どこか、開いているか」
 サスケが訊く。へえ、常連なんだ。
「どうぞどうぞ。すぐ付き出しをお持ちしまさあ」
 店主らしいおやじが案内する。おれたちは奥の座敷に進んだ。
「お連れさんは初めてですかい。ま、ここでの挨拶みたいなもんでさあ。どうぞ」
 銚子が三本。まだ注文してないのに。不思議に思って見つめた。
「サスケ。これ、酒だよな」
 一応訊く。たぶんそうだと思うけど。
「ああ。駄目か?」
 伺うように返される。ムキになった。
「いや、飲めるよ」
 宣言して杯を空ける。胸が焼けた。駆け巡ってくる血。
「ここでは、まず最初に利き酒をやる。当たれば飲み代はタダだ」
「ふーん」
「うまいか」
 小首を傾げて訊かれる。正直に答えた。
「・・・・・わかんねぇ。でも、これは甘いな」
「それは、北の銘柄でさあ。さっぱりとした甘さがあって、口当たりがいいのが特徴で」
 おやじが説明する。なるほど、いろいろあるんだ。
「俺はもうちょっと、辛いめがいいけどな」
「じゃ、お連れさんにはこれを。うちはさんには、いつものにしますかね」
「頼む」
 あいつとおやじの会話。ぼんやりと聞いていた。本当、慣れてるんだな。
 杯を手に酒を飲むあいつ。整い過ぎた外見は、まるで一つの絵みたいだった。
「おれ、酒なんて飲まねぇもん。おまえが飲み過ぎなんだよ」
 ぶちぶちと言い訳する。利き酒は全問外れてしまった。バツが悪くてまた杯を空ける。
 料理と酒が運ばれてくる。空腹に任せて、おれたちは食べた。
「ここ、料理も上手いな。・・・・高いのか?」
 予想外に美味しい料理を前に、気になって訊く。おれ、金持ってない。
「さあ。普通だと思うが」
 さして気にならない風でサスケ。ちょっと卑屈になる。
「ちぇっ。上忍はいいよな。金持ちでよ」
「そんなことない。酒代が結構、かさんだからな」
 ちくりと言った嫌味に、あいつは苦笑して返した。なんか調子狂う。上目遣いに見上げると、あいつは静かに飲み続けていた。
 長い指。結ばれた唇。濡れたような漆黒の目。深く、物思いに沈んでいる。嫉妬した。あいつの心を占めているものに。
「サスケ。何、考えてるんだ」
 声。かなり険があったかもしれない。耳の奥がじんじん言ってる。まわってきたのかもしれない。
「そろそろ、帰るか」
 宥めるように言われた。反発する。
「ええっ。おれ、もうちょっと飲めるよ」
「うそつけ。おやじ、勘定だ」
 ぴしりと言われた。厨房に声を投げるあいつを、おれはむっつり見ていた。もちろん、サスケの奢りだった。





 星空の中を歩く。ふわふわとした感覚。妙に気持ちがよかった。
「うーん。気分、いいよな。おれあの酒、気に入った」
 浮かれながら言う。「そうか」とあいつの声。
「うん。甘いし」
 素直に答えた。ちょっと飲み過ぎたような気がするけど。酔ったような気がするけど。
「あれな」
 立ち止まりあいつが言う。なんだろう。聞き返した。
「イルカ先生の、好きな銘柄だ」
 ぽつりと告げる。その名が思い出させた。あの、穏やかな微笑みを。自然と胸が温かくなる。 
「そうかぁ。じゃ、ちょっとは供養になったかな」
 笑みながら言った。あいつが曖昧に返す。ふと思いついた。
「そうだ、サスケ?」
「何だ」
「任務、一段落ついたらさ。イルカ先生に会いに行こうぜ。おれさ、この間イルカ先生の前で、かっこ悪いとこ見せちゃったから」
 まったくそうだ。たぶん、イルカ先生も心配している。言わなきゃ。仲直りしたって。
「ここまでだな。明日、遅れるなよ」
 別れ道で振り向きサスケが言った。そのまま帰ろうとしている。無性に腹が立った。
「おい。また、置いてゆく気だな」
 思いだす。あの時おれは置いていかれた。おれに言ってくれなかった。
「何を言っている」
「もう、騙されないぞ」
 安心させておいて朝にはいない。そんなの洒落にならない。胸ぐらを掴んで顔を寄せた。
「朝になったら、行くんだろ」
「馬鹿な」
「嘘つけ」
「何処へだ」
「うるさい。確かめてやる」
 朝になったらわかる。朝まで離れてやらない。朝まで、いたい。
 あいつがため息をつく。もう一押し。
「それに。おれ、まだ言ってないぞ」
「何をだ」
「文句だよっ!・・・・・二年後、聞いてやるって言っただろ」
 切り札をだす。二年間温めた言葉を。あの時、お前がくれた言葉。サスケが仕方ないという顔をした。
「わかった」
 おれの手をそっと外し、言う。
「来たいなら、来い」
 言葉が継がれて、あいつが歩き出した。





 サスケの家に着いた時、夜はもう更けていた。
「何もないぞ。あがれ」
 言いながらあいつが戸を開ける。言われるまま中に入った。急速に襲う眠気。
「も、だめ。眠い」
 畳の上に転がる。もう起きられないぞ。もう帰らないからな。背を丸めた。
「おい、退け。布団敷くから」
 背中を足で蹴られる。隣に布団が敷かれた。
「まったく・・・・」
 ぼそりと愚痴。身体が運ばれようとしている。どこへやるんだ。首に腕を回した。
「おい」
 少し怒ったような、困ったような声。
「んーっ。なに?」
 敢えて酔ったフリをした。
「手を離せ」
「やだよ。おまえ、暗部行くもの」
 しがみつく。サスケの肩に頭をこすりつけた。離すもんか。
「やめろ」
「やだ」
「知らないぞ」
 必死の警告。妙におかしい。あんなに、したのに。
「今さら、だろ?」
 そっと囁く。おれから誘った。





 口づけ。
 ひどく優しく触れてきた。もう何も、止めるものはなかった。
 受け入れる。あいつの舌が侵入してくる。おれの舌を見つけだし、絡めながら吸い上げてゆく。更に深く求めてきた。
「んっ」
 苦しくてかぶりを振った。それを無視して、あいつが隅々まで蹂躙する。抵抗に背中を叩いた。全く効かない。思い余って爪を立てた。やっと解放されて喘ぐ。悔しくて睨み付けた。
 サスケが笑いながら、唇を落としてくる。頬へ、額へ、瞼へと。
 耳を噛まれて身体が跳ねた。羞恥に唇を噛む。目を瞑った。
「目を開けろ」
 囁き。優しいそれ。あの時と同じだ。二年前のあの日と。ドキドキしながら目を開いた。再び口を塞がれる。彷徨う手。少し冷たい。すぐに熱くなってきた。
「う・・・」
 どうしたらいいかわからなくて身を捩る。自分の中に別の誰かがいるみたいだ。身体の奥に息づく熱。
「サス、ケっ」
 そこを掴まれ、焦って言った。いいよ。そんなことしなくても、もう・・・・・。
「何だ」
「もう、い」
 言葉を封じられた。あいつの手が生み出す、狂おしい感覚で。肩を掴み、ひたすら耐えた。
 噛み締めても漏れてくる声。息。おれの意と関係なく、身体が高められてゆく。
 その瞬間、自分が仰けぞるのがわかった。

「もう、いいだろ」
 あいつの言葉。耳の奥に落とし込まれた。まだ息は整ってない。それでも滑り込んできた。
 もう何もわからない。自分のだす声さえも。ただ乱れて、それを待ち受けていた。

 入ってくる。
 サスケが、あいつがおれの中に進んできている。
 その時、全てがわかった。



 求めていたのだ。
 身体はいつでも、あいつを欲しがっていた。
 心がそれに追い付かなかっただけで。
 こうしたかったのだ。



 息が絡み合う。あいつが溶けて、徐々にしみわたってゆく。おれ全部を満たして。
 歓喜ともいえる感情を抱えながら、おれはあいつを抱きしめた。



 番おう。
 心はこんなにも求めているから。
 たとえ限られた時間であっても。
 離れずに、離されずに。
 ずっと。



END


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