「逃げるなよ。分かってるだろうな」
「わ・・・・分かってるってば」
「じゃ、目、つぶれ」
「な、なんで」
「いいから。つぶれよ」
 俺に言われて、ナルトは渋々目を閉じた。金色の睫が姿を現す。思ったよりも長いそれが、細かく震えている。
 口はへの字に結ばれて。その下ではきっと、がっちり歯を食い縛っているのだろう。
 こいつ。俺に殴られるとでも思ってるんだろうな。
 右手で顎をつかむ。ナルトの身体が波打った。
 俺はやんわり微笑んで、そのままナルトに口づけた。







立つ鳥になるために
 by真也







ACT 1



 カカシが最前線に旅立った翌日、俺は暗部への移動願いを上層部に出した。
 うちは一族最後の後継者。写輪眼の担い手。俺を暗部に送ることには、かなり反対意見があったようだ。しかし、結局は『暗部で生き残れないような写輪眼ならいらない。えぐり出す』と言った俺が、上層部を押し切る形になった。
 暗部へ行くこと。それを聞いたサクラは『やっぱりね』と、苦笑した。周りの奴らは『血継限界を持つ者がどうして』と遠巻きに見ている。そして、ナルトは・・・。
 ナルトは、俺を避け続けている。
「おい。待て」
「これから任務なんだ。じゃ、な」
 そそくさとその場を立ち去ろうとする。腕を掴んで引き戻した。
「何すんだよ!」
「こっちをむけ」
 言われても、聞かない。ナルトは横を向いている。強い意志を示す口元。焦れて、胸元を捕らえた。
 力任せにこちらを向かせる。
「・・・離せよ」
 そう言いながらも、目を合わせない。意地でもこちらを見る気はないらしい。
「言いたいことがあるなら、言え」
「んなもん、ねぇよ!」
 言葉と共に俺の手を振り切る。そのまま、駆け出した。
 通算五敗目。やっと二日振りにつかまえたのに、このザマだ。
 次に里に帰ってくるのは明後日の夜。俺がここにいられるのは、あと7日。その後は暗部として、隔離されたエリアに入る。上層部と約束した期間は2年。その間、全く会えなくなるのだ。なにかの任務で顔を合わせることがあっても、その時、俺は俺ではない。面で顔を隠し、個人を隠した、ただの暗部の一人。『うちはサスケ』ではないのだ。
「逃げられたの?」
 驚いて振り向く。サクラだった。
「全く。ナルトったら。いつまでたってもお子さんね。サスケ君も大変」
「・・・見てたのか」
「いいえ。『うちはサスケ』が呆然としてるから、そうじゃないかと思ったのよ」
 手に持った大判の封筒で扇ぎながら、薄紅の髪の少女は言った。
 封筒の中身が揺れて、かさかさと音が鳴る。
「サクラ。それ」
「ああ。アカデミー教官養成学校の願書よ。これから当分、試験勉強ね」
「お前」
「そ。前から思ってたの。アカデミーの教官になろうかなって」
「・・・そうか」
「なるからには、イルカ先生を目指すわよ」
 サクラは封筒を胸に抱いて、自信たっぷりに笑った。
 彼女は自分の道を見つけたのだ。彼女自身の力で。
「その、がんばれよ」
「当然」
「サクラ。・・・・お前からナルトに・・」
「冗談でしょ?甘えちゃ駄目。ちゃんと自分で言わなきゃ。大切なら、尚更ね」
 二の句が告げなかった。全て、何を言いたいかも御見通しだ。
『じゃあね』と、サクラが立ち去った。俺は情けなく後ろ姿を見送った。




 ナルトにだけは、きちんと伝えておきたかった。
 どうして暗部に行くのかということ。そして必ず帰ってくるというと。
 なのに俺は、それらを言いそびれてしまっていた。
 ナルトが俺の暗部行きを知ったのは、つい十日ほど前。それも、俺ではなく他の奴から聞いたのだ。
『ごめん。りーさんがしゃべっちゃったみたいなの。てっきり、もうナルトには言ってると思ったから・・・』
 サクラの困った顔が浮かんだ。リーに土下座された時は正直、恐縮した。
 ナルトは俺にとって、一番近い存在。傍で見ても分かるくらいの。
 しかし、どうしても言い出せなかった。浮かんでしまったのだ。あいつがそれを聞いた時の顔が。
「自業自得。だな」
 思わず、自嘲する。
 また一つ、ため息が出た。






 三日後の朝、俺は受付で愕然とした。ナルトが任務に出ていた。前回任務のあと、すぐに。
 朝になってここに来たら会えると思っていたのに、どうやら夜のうちに出発したらしい。
「急にキャンセルが出て困っていた時、ナルトさんが志願して下さったそうです。まあ、内容的にはそう危険な任務じゃないですから」
 受付の男はそう言って愛想笑いした。じろりと睨んでおく。急に汗をかいたのかハンカチを取り出して拭き出した。
 いくらなんでも、連続で行くなんて。どんな任務でも危険はつきまとうものなのに。無茶をして。
 それ程、会いたくないのか。俺と。
 説明のつかない怒りが、ふつふつと湧いてくる。
 俺は根暗く怒っていた。が、その場は引き下がるしかなかった。
 ナルトが帰ってくるのは三日後の夜。次の日の朝には、俺は暗部に出頭しなくてはならない。
 絶望的だ。
 
「ナルトくんと、会えないんですか」
 急に訊かれて、俺は内心跳び上がった。リーだった。
「・・・なんで、知ってるんだよ」
「サクラさんから聞いてます。おれの責任です」
 リーはすでに土下座用意だ。慌てて身体を引き上げる。
「やめろ」
「でも、それではおれの気がすみませんし」
「そんなことしても、どうにもならないだろ」
「それはそうですけど・・・困りましたね。ナルト君、今度はいつ帰ってくるんですか」
「三日後の夜。俺が移動する前日だ」
「それじゃ!会えないじゃないですかっ」
「だから困ってるんだよ。ったく」
 俺は頭をガリガリと掻いた。リーはなにやら真剣な顔をして考え込んでいる。
 責任を感じているのはいいが、どうする気だ?
「わかりました!」
「えっ」
「サクラさんと考えればいいんです!サクラさんならきっといい方法を考えてくれるはずです!」
 では。と、リーは全速力で走っていった。
 それだけのことを思いつくのに、今まで考えていたのか。
 俺は、脱力した。




 今日一日、ナルトへの説明にあてるつもりだったので、時間が余ってしまった。
 することもなくて、俺は下町をぶらついた。暗部に入ったら当分、ここに来ることもない。今のうちにいろいろ見ておくか。
 行き交う人々。親子連れ、カップル、俺みたいにぶらつく奴、走り回る子供たち。
 活気に満ちて。みんなここで人の営みをしている。
 何度かここを、ナルトと二人で通った。あいつが俺に『必要とされたい』と言った。『何かをあげたい』といった。
 俺に『くれる』と言った。
 素直に、欲しいと思った。
 今、俺が欲しいのは・・・・。




 のれんをくぐると、奥から威勢のいい声が飛んできた。
「へい、いらっしゃい!て、相すみません。只今準備中でして・・・」
「いや。・・・酒を買いに来ただけだから」
「お兄さん、贈り物ですかい?」
「ああ。そんなもんだ」
「どんな銘柄にしましょうかね。お兄さんがもう少し年取ってたら、味見して頂くんですがね。お兄さん、大人になったら是非きてくんなさいよ。うちは利き酒が当たればお代はいただきませんから」
 居酒屋「喜八」の店主は、そう言って笑った。
 俺は、一つの酒の銘柄を言った。
 ここは、カカシが贔屓にしていた店。あの時読み取ったカカシの記憶が、俺に告げる。
 五合びんを抱えて、俺は森へと足を進めた。
 森を抜けて、かつて学んだ演習場を通って。昼をだいぶ過ぎてから、俺はその場所に着いた。
『英雄』の眠る慰霊碑の場。
 佇む慰霊碑に、俺はゆっくりと近づいた。
「イルカ先生。・・・挨拶に来たんだ。暗部、行くから」
 自分に言い聞かせるように呟いて、慰霊碑の前にすわった。持ってきた酒のビンを差し出す。
「カカシに教えてもらったんだ。先生、これ好きなんだってな」
 俺はビンの詮を抜いた。さわやかな、果実酒にも似た香り。その酒をトクトクと慰霊碑に注いだ。
 透明なそれは碑の表面を伝い、地面へと染み込んでゆく。
 うちは一族にあんなことがあって以来、俺は墓参りのたぐいをしたことはなかった。しても、復讐を遂げない限りは無駄だと思ったからだ。
 でも、今日は無性にイルカ先生に会いたかった。だから、カカシの力を借りたのだ。

 イルカ先生、あなたは幸せでしたか。奴に愛されて。奴を愛して。わずかな時間でも、奴と共に生きて。
 俺は、あいつと共に生きたいです。あいつが、必要なんです。
 いいですか。俺で。

 ビンに半分ほど残った酒を少しずつ口に含む。初めて味わうアルコールに胸を焼かれながらも、最後まで飲み干した。日が暮れて月が出るまで、俺はそこに座っていた。

 



 次の日は二日酔いだった。頭痛を抱えて異動の為の準備をした。
 もう、ナルトのことは諦めつつあった。仕方ない。今さら、どうしようもないのだ。
 俺は自分の不甲斐なさを噛み締めて、一日を過ごした。


その次の日の昼、サクラが家にやってきた。
「サスケ君、まだここに住んでいたのね。もう中忍なんだから、もっとちゃんとした所に住めばいいのに」
 森の中の小さな小屋。そこに俺は住んでいた。
「まあでも、暗部に行くから引き払うんでしょ」
「いや、置いておく。住み慣れてるしな」
「うーんと。じゃあ、時々手入れしないとね。ま、ナルトにさせるわ」
 俺は黙っていた。こんなに俺を避けているナルトが、家の面倒を見るとは思えなかった。
「ところでサスケ君、いつたつの?」
「明日の早朝」
「ふーん。じゃ、今夜は出かけないわね」
「そんなことしねぇよ」
「今夜、お餞別差入れするから。絶対ここにいてね。約束よ」
「はあ?」
「わかった?絶対ね!」
「・・・・ああ」
 あまりの剣幕に退いてしまう。餞別って、何だ?
「じゃあ。元気でね」
 サクラは言いたいことだけ言って、帰っていった。まあ、来てくれただけましか。
 俺は仮眠を取ることにした。どうせ明日は早いのだ。せいぜい、寝ておくことにする。
 明日からは暗部。なにが起こるか分からないのだから。



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