君の見た風へ by真也






ACT8 



 白く大きな部屋。目粉しいほどに、たくさんのシグナルが瞬いている。不規則に発する電子音。先程とは大違いの場所。
 その中で扇は、精密機械に囲まれるようにして眠っていた。
「もう、そんなに時間がありません。行ってあげてください」
 シギに促されて、俺は扇の枕元まで来た。痩せた、ちいさな顔。頬に血の気はなく、陶磁器のような白さだけが目立った。
 管の入っていない手をとる。冷たい手だった。
「扇」
 反応はない。
「扇。俺だ。サスケだ」
 もう一度、大きめの声で呼んだ。うっすらを目が開く。あんなに透き通っていた目が、混濁してしまっていた。
「・・・・・兄ちゃん」
 消え入るような声。微かに笑った。
「わかるか?」
「・・・・・練習、行けなくて・・・ごめ・・・んね」
「そんなこといい。元気になれば、また出来る」
「うん。そう・・・だ・・ね」
「扇。何か、して欲しいことないか?」
 沈黙が流れる。扇は少しの間、考えているようだった。ゆっくりと、口を開く。
「あのね・・・見ても・・いい?」
「何が見たいんだ?」
「写輪・・・眼。サスケ兄ちゃんの・・・・」
「ああ」
 俺は目を閉じた。そして目を開ける。写輪眼。よく見えるよう、間近に顔を寄せた。
「見えるか?」
「きれいだねぇ・・・・赤くて・・・・・火みたいだ」
「そうか」
「うん。オレ、この眼・・・・・好きだよ」
 柔らかく、微笑んだ。
「こんなの、いくらでも見せてやる。だから、頑張れ」
「ありがと・・・・ごめんね、眠くて・・・もう寝るね」
 そう言って、扇が大きく息をついた。目が閉じられる。頭が微かに揺れた。




 
 しばらくして、生を表す波形が、一本の線になった。





 言葉が出ない。瞬きさえ出来ない。
 信じたくなかった。でも。
 小さな手を握り締め、俺は扇を見つめた。
 



「おとなしくて、かしこい少年でした」
 ぽつりと、シギが言った。
「どういったわけか、姿をくらますのが上手くて。いつも職員が探していました」
 俺に聞かせるでなく、言葉を継ぐ。
「かなり免疫能が低下した時点で、外に出ないように隔離していたのですが・・・上手く抜け出したようです。呼吸器と腕に、感染を起こしていました。もともと薬の効かない身体にしていましたから、致命的だったようです」
 白い寝具に、扇が横たわっている。眠っているような、穏やかな顔。  
「何故、こいつが・・・・・」
「『うちは』の因子をひくものでないと、『うちは』に適合する可能性は低いです。うちは一族での一件があった時、彼は何かの時のために、ここに引き取られて来ました」
「そこに、のこのこ俺が来たというワケか」
「あなたが来なくても、いずれ彼は何かの実験に協力することになったでしょう。今回、半分は彼が選びました」
「どういうことだ」
「彼はあなたを見て、この実験への協力を申し出ました。『あのお兄さんを助けたい』と言って。当時、あなたは副作用でわからなかったかもしれませんが」
 思いだす。熱にうなされた俺の額に当てた手。あれは・・・・。
 ただ、奥歯を噛み締めた。
「なぜ・・・」
「あなたが『うちは』の血をひいていたからです」
「どうしてだ!こんなの、人殺しの血だ!」
「・・・・あなたにはそうでも、扇にとっては、大切だったんです。たった一つの、希望だったのでしょう」
「馬鹿な」
「だからこそ実験にも耐え、補助物質を採取され続けたのではないですか?」
「・・・・」
「あなたがどんなに忌み嫌う『うちは』の血であっても、扇は守ろうとしたのです。命をかけて」
 拳を握り締める。やり場のない憤り。不甲斐ない自分。
 どうして守れなかったのだろう。いや、守るどころか、俺こそが扇を蝕んでいたのだ。
「実験はまだ、十項目ほど残っています。明日にでも、適合する者を選んで、再開するつもりです」
「必要ない」
 シギがこちらを見つめる。俺は視線を反らさず言った。
「『補助物質』がなくても、耐えてみせる」
「副作用は、最初の比になりませんよ」
「構わない。絶対生き抜いてみせる。だから、余計なことをするな」
 沈黙が流れた。シギが目を閉じる。また開いて、俺を見た。
「わかりました。では一応、先にサンプルを採取させてもらいます。いいですね」
「ああ」
 サンプル。俺を作り出し、うちはを残しつづける為のもの。
 意を決して、俺はシギの目の前に立った。シギは怪訝そうに俺を見上げる。
「あんたに頼みがある」
「なんですか」
「『うちは』一族を再建する。そう言ったな」
「はい」 
「細胞でも何でも、好きなだけ取ればいい。俺が死んだら、体ごとくれてやる。だから、必ず『うちは』を作れ」「そのつもりです」
「あと、扇の因子をその中に入れてやって欲しい。・・・・ほんの少しでもいいから」
「そうすると、より多くのサンプルをあなたから頂くことになります。たぶん、継続的に」
「かまわない。生きている限り、通ってやる」
「約束ですよ」
「わかった」
 視線が絡み合う。二人とも、動かずにいた。
「あなたも、困った方ですね」
 ため息をつきながら、シギが言った。眼鏡を外して、眉間に手をやる。ハンカチを取り出して、レンズを拭いた。
 俺はその姿を見つめていた。





 絶やしてはいけない。うちはの血を。
 俺にとっては、忌むものだけど。
 あいつが、守ろうとしたのだから。
 扇のかわりに、せめてそれだけでも、守り続けて見せよう。
 全力で。



 実験は翌日から再開され、俺はそれに耐え抜いた。
 扇を失ったことに比べれば、容易い苦しみだった。



 予定通り、半年で俺は研究所を去り、暗部の部隊へと配属された。





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