君の見た風へ by真也






ACT9 



 雨は降り続いていた。
 サスケの腕の中で、おれはその話を聞き終えた。
 涙が目尻を伝って、耳の近くまで流れている。
「すまない」
 長く、きれいな指で涙を拭われる。黒い瞳に後悔が滲んでいた。
 額に、触れるだけのキス。そのまま頬が押しあてられた。
「・・・・後味の悪い話しだったな」
「そんなことない。ありがと。話すの、辛かっただろ?」
「俺は、扇を始め、さまざまな命を犠牲に生きてきた。自分の、たった一つのエゴの為に」
 自嘲気味に微笑む。おまえ、一人で苦しんできたんだな。今まで、誰にも言わずに。
 自分を責めて。たぶん、泣くこともできなかったんだろ?
 胸が痛い。自責と後悔、哀しみが肌を伝って流れてくる。
「サス、ケ」
 喉がつまって、言葉がでない。癒したいのに。守りたいのに。その痛みを分けて欲しいのに。
 自分が不甲斐なくて、あいつの服を握り締めた。
「熱も下がった。もう、休もう」
 おれの顔を覗きこんで、優しく笑う。傷ついた瞳をしているのに。




 もう、一人で泣くな。
 涙も流せず、心から血を流して。自分を赦せなくて、傷つけ続けてきたおまえ。
 何かしたい。今、おまえに何かしたい。
 犯した罪は消えなくても、共に持ち続けることは出来る。
 罪も、哀しみも、怒りも。
 すべておれに、与えて。
  



「くれよ」
 首に、手を回した。闇色の瞳が見開かれる。
「ナルト?」
 戸惑いの視線。真っ直ぐに受けて、笑みを返した。
「・・・・いいんだ。今、くれ」
 顔を引き寄せて囁く。身体を抱く腕に、力が入った。
 落ちてくる唇を、目を閉じて待ちうけた。
 


 そうだよ。今、感じたい。
 おまえの生を。扇という少年が守った、おまえの命を。おれの身体で確かめたい。
 だから、注いで。
 おまえの生も。命も。哀しみも。怒りも。後悔も。罪さえも。
 みんな、おれのものにしたいんだ。
 おまえのすべてを、この身体に満たしたい。



 サスケが、泣いている。
 おれの身体を抱くことで。
 祈るように。すがるように。慟哭するように。



 丹念に、あいつの舌が、指先が、掌が身体を辿る。
 残すところなく、感じて。
 熱も。汗も。息も。視線も。想いも。
 身体全部で受け止めた。





「ありがとう」
 荒い息の下であいつが言った。
 呼吸を整えながら、その顔を見上げた。いつもの、あの表情。
 嬉しくて口づけた。深く。深く。息の続くまで。
 唇を離して微笑む。額が合さった。目を閉じる。
「お前でよかった。すべてを犠牲にしても。そう思える」
「犠牲なんて払わなくても、おれはおまえのものだ。そして、おまえも」
「ああ。お前のものだ」
 そうだ。おれ達は共に生きてゆく。
 お互いのすべてを与え合って。すべてをもらい合って。
 ゆるされる時間の限り。





 里の入口に入った所で、おれは振り返った。
 遠く、連なる山々を見渡す。
「どっちのへんだ?」
「何が」
「おまえの行った研究所だよ」
「何で、そんなことを訊く」
「馬鹿だなぁ。会いに行くのに、決まってるだろ」
 漆黒の瞳が僅かに見開かれる。おれはにやりと笑って、言葉を継いだ。
「今度行く時、連れてけよな。扇って奴、いるんだろ?」
「ああ。きっと寂しがってるよ。会ってやってくれ」
 目が細められて、唇が奇麗に弧を描いた。おれの好きな、あの顔。
 おれ以外に向けられてるのは、ちょっと気に入らないけど。
 きっと、好きになるだろう。眠りについてるその少年を。
 精一杯話しかけて仲良くなるんだ。
 そして言いたい。『ありがとう』って。


 
 ありがとう。おれも守るよ、あいつのすべてを。
 君みたいに。全力で。
 本当に、ありがとう。



<END>




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