君の見た風へ by真也
ACT6
「今週から複合毒物の量を増やします。かなり副作用がきつくなると思いますので、覚悟して下さい」
シギが宣言した。ついに致死量を越えて投与されるらしい。俺は首肯いた。
耐性実験もあと二ヶ月程。ここまで来たら、少々無理をしても最終段階までいきたかった。
「念のため、補助物質の量も増やします。でも、いつまでいけるかわかりませんので」
ぼそりと言った。気になって問う。
「どういうことだ」
「言葉どおりです。これからは、あなたも、補助するものも負荷が強くなるということです」
「ぐだぐだいっても仕方ない。必要なんだろう?」
「まあ、そうですね。くれぐれも、身体を休めてください」
「わかった」
そういったやりとりの後、耐性実験は開始された。確かに今回はきつい。久し振りに嘔吐や発熱など副作用を味わった。
それでも、最初の頃に比べたらましだった。やはり、補助物質が増えたからか。構わず、俺は訓練を続けた。
「来ていないのか」
俺は辺りを見回した。扇の姿がない。これで、三度目だ。どうしたのだろうか。
先日から、扇は森に姿を現さなくなった。今まで律義に通ってきただけに、気になる。いつも研究所を抜け出して来ているようだったし、見つかって怒られているのだろうか。
「サスケ兄ちゃん」
扇だ。ゆっくりと歩いてくる。俺は手を挙げた。
「来れなくて、ごめんね。ちょっと、出られなかったんだ」
すまなそうに扇が言った。少し、元気がない。コンコンと小さく、咳をしている。
「大丈夫か」
「うん。大したことない。風邪かな。それに時々、眠くなるんだ。寝ちゃったら、起きないみたい」
「そうか」
「変だよね。水汲みとか、してないのにねぇ」
「今日は、やめるか?」
「ううん。いっぱい休んじゃったから。忘れたくないし」
「そうか。じゃ、基本からやるぞ」
「うん」
俺達は組手を始めた。動きが鈍い。足元が、安定してないようだ。
「危ないっ」
突き出された腕を避けようとして、扇はふらついた。慌てて受け止める。軽い。
出会った時より、扇は軽くなった気がした。
「ごめん。サスケ兄ちゃん」咳き込みながら言う。
「いや。今日はもう、やめよう」
「ええっ?オレ、まだやれるよ。せっかく、抜け出してきたのに」
「また次にやればいい。・・・あそこに連れて行ってやるから」
「うん。サスケ兄ちゃんがいうなら。わかった」
こくんと、首を縦に振った。俺は黙って、扇を背に乗せた。
木の上の風は冷たくなっていた。厚い雲に被われて、日差しも期待できない。俺は、扇を連れてきたことを後悔した。咳をしているのに、こんなところでは悪化させてしまう。
「もう、降りよう」横に座る扇に促した。
扇がこちらを向く。いつもと違う表情。初めて見た、寂しそうな。
「風邪、ひどくなるぞ」言葉を継ぐ。
「サスケ兄ちゃん」
「なんだ」
「もうちょっと、いていい?」
すがるように見上げる。どうしてそんな瞳をするんだ。
「扇」
「あのさ。オレ、行けるかな」
「何処へだ」
「あの、向こう。オレの生まれた国へ」
ぽつりと呟く。何で、そんなこと言うんだ。
思わず扇の肩を両手で包んだ。真っ直ぐに見つめる。
「行くんじゃないのか?大きくなって。強くなって。弟たちを探すんだろ?」
「うん。そうだね。・・・・そうだ」
「どうした?お前らしくないぞ」
「ごめん。なんとなく、そう思ったから」
小首を傾げて、笑う。驚くほど儚げに見えた。
なぜだろう。胸がつまる。
「もう、降りよう」
絞り出すように、俺は言った。扇が首肯く。降りようとしたその時。
「うわっ」
「危ない」
扇は足を滑らせた。とっさに引き上げる。
「気をつけろ」
「うん。あ、痛」
「どうした?」
「腕、すりむいちゃった。必死で掴んだから。大したことないよ」
次に笑った時は、いつもの扇だった。
その日以来、あいつは森に来なくなった。
どうしたのだろう。
咳と、ふらつき。扇の身体は、明らかに弱っていた。数日間の空白の後、無理を押して森へと来たのだろう。
身体をそこまで消耗させるもの。それは実験しかない。
あいつの関わる実験。それはどんなものなのだろうか。
髪の色を変え、成長を妨げる、それ。
かなりの、それも著しく身体に害をなす薬剤が使われている可能性がある。
例えば毒物や、自白を強要する薬のような。
「あのさ。オレ、行けるかな」
遠くを見つめた瞳。透き通った碧いそれ。力なく呟かれた言葉。
導き出される仮定。漠然と、でも確実に押し寄せる不安。
認めたくない自分と、答えを出したい自分がせめぎあう。
苛立つ感情。
「畜生」
空を見つめて、俺は絞り出すように言った。
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