君の見た風へ by真也






ACT4 



 その日から俺達は、週に二日の割合で森で時間を共にした。俺は殆ど毎日訓練に来たが、少年が来るのは大抵、実験が終って三日後と実験の前日だった。
 少年の名はセンと言い、年は12歳らしいがどう見ても10歳位にしか見えなかった。センは本当によく笑った。世話をしてくれる研究所員のこと、他の子供たちのこと。いろいろなことを話したが、唯一つ、どんな実験に協力しているかだけは喋らなかった。知らされてないのかもしれないが。
「ねえ。山の向こうはどうなってるの?」
 センは、外のことを聞きたがった。数年前、両親と死別してここの施設に来てから、一度も敷地外に出たことがないらしい。 俺は、里の機密に触れない範囲で話をした。任務で行った国。木の葉の国のことも。
「すごいねぇ。外はやっぱり、広いんだ」
 オレの話す一言一言に、センは大きく首肯いて聞いていた。碧い、宝石のような目を輝かせて。話すのが苦手な俺なのに、全く苦痛を感じさせなかった。
「きれいだねぇ」
 木の上で休憩していた時、センが俺の髪を触った。手の感覚がくすぐったい。
「そんなことない。ただ黒いだけだ。きれいってのは、お前の髪みたいなのをいうんだよ」
「どうして?お兄さんの髪、黒くて、真っ直ぐで。オレ好きだよ」
 髪を撫でながら、にっこりと笑う。
「それにね。オレ、昔は黒い髪だったんだ。今は薬とかで、こんなだけど」
 自分の髪を触って、困ったような顔をする。
 センの日常を垣間見た気がした。明るくて、とてもそんなふうには見えないが、こいつは紛れもなく、ここの実験に協力しているのだ。
「つらいか」
「ううん。ここはいい人ばかりだよ。実験のある時はちょっと辛いけど。ちゃんと食べさせてもらえるし、大きくなったらここを出てもいいんだって。お金もちょっとはくれるって言ってた。岩の国にいた時はみんな、下働きや他の店に売られていってた。それに比べたら、どうってことないよ」
「おまえは・・・・強いな」
 本心から言った。物事にまっすぐ立ち向かってゆく心。あの人の強さそのもの。
「違うよ。強くなんかない。母ちゃんが死んで、食っていけなくて。弟や妹たちともバラバラになっちゃったし」 
 俯いたままセンが言った。肩が、震える。
 言葉をかけられなかった。不甲斐ない。拳を握りこむ。
「あのさ。オレ、強くなれるかな。お兄さんほどでなくていいんだ。別れた弟たちを守れるくらいで」
 顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめて言う。
「いつかここをでたら、弟達を探すんだ。それで、皆で暮らしたいんだ。血は繋がってないけど、母ちゃんが育てた兄弟だもん」
 俺は首を傾げる。センは言葉を継いだ。
「オレが生まれてすぐ、父ちゃん死んじゃったんだって。母ちゃん、身寄りのない子を引き取ってオレと一緒に育ててた。それが弟たちなんだ。みんな、すっごくかわいいんだよ」
「そうか」
 活き活きと話す。
「サスケ兄ちゃん」
「なんだ?」
「秘密だよ。・・・・・・オレね、本当は忍の血がちょっとだけ入ってるんだ。俺の父ちゃんの先祖って、凄い一族の人だったんだって。死んだ母ちゃんがそう言ってた。「この黒髪が『うちは』の証拠だ」って」 
「『うちは』だと?」
「うん。オレの名前も本当は『扇』って書くんだ。風を起こす『うちは』に巡り合えるようにって」
「・・・・そうか」
 木の上で扇に出会った時のことを思いだした。気配が読めなかった扇。おそらく、無意識に自分の気配を消していたのだろう。
 本当だろうか。一瞬、迷う。でも。
 俺は扇の両肩を掴んだ。扇は目を丸くしている。 
 いたんだ。ここに。もういないと思っていた『うちは』の血をひくもの。
「どうしたの」
「よく聞け。俺の名は、『うちはサスケ』だ」
「ええっ」
「お前の母親の話が事実なら、お前もおれと同族だ」
「・・・本当?」
「ああ」
「凄いなぁ!オレにも、お兄さんと同じ血がながれてるんだ」
「たぶんな。だから、強くなれる。なんなら方法を教えてやる。弟たちやお前自身を守る方法を」
「いいの?お兄さん、ありがとう」
「サスケだ」
「うん。サスケ兄ちゃん、オレ頑張るよ」
 扇が嬉しそうに笑う。胸が温かくなった。
 皮肉なものだ。あの忌まわしい出来事以来、憎み続けたうちはの血。でも、同じ血をひく扇を目の当たりにして、こんなにも嬉しく感じる。
 正直、半信半疑だった。でも、信じたい自分がいる。
 諦めずに前を見つめる扇。何かしてやりたいと思った





 その日の夕方、俺はシギに扇のことを話した。シギは扇の血統を知っていた。
「扇のサンプルを取っているのか?」気になることを、訊く。
「いえ。あの子は確かに『うちは』の因子を持っていますが、多種族の血が混じり過ぎて、それだけを取り出すことは困難です。ですから、血統の再生実験はしていません」
 俺は胸をなで下ろした。わけのわからない実験に巻き込まれるなんて、俺一人で充分だ。
「・・・・・彼には、一つの役割しか架していません。ひどくあの子を気に入られたようですが、深入りはなさらない方がいいと思いますよ」
 シギはぼそりと呟いて、部屋へと帰って行った。




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