君の見た風へ by真也
ACT3
その日の夕方、俺はシギに尋ねた。なぜ子供たちがいるのかと。
「あの子達は、ある目的のためにあそこで養育されています」
シギは端的に言った。
「何の目的かと訊いても、教えないんだろうな」
「よくおわかりですね。あなたは察しが早くて助かります。彼らは皆、行き場のない子供たちです。ある一定の期間ここで研究に協力してもらって、時期が来たら解放します」
「実験動物ということか」
「人聞きの悪い。たしかに、その要素が全くないとは言えませんが」
「正直だな」
「あなたに嘘を言っても、意味がないですから」
「ふん」
「そのうち、あなたにも協力してもらいます。木の葉としても、あなたの血統を失うわけにはいきませんから。ある程度身体に耐性がついた時点でサンプルを頂きます」
「サンプル?」
「はい。血液から精液、毛髪一本まで。あなたの遺伝情報を含むものは総て」
「嫌だといったら?」
「拒否は出来ないでしょうね。うちは一族の一件がなかったら、まだ必要ないことでしたが。仕方ありません。あなたの血統の再生は最優先事項の一つです」
「・・・・同族殺しの血でもか」
「戦禍においてこれほど有効な血継限界の能力はありませんからね。現に、はたけカカシ上忍の例もあります。まあ、あれは血統によるものではないですが」
「お前、どこまで知ってるんだ」
「言いません。しかし、我が一族は代々、木の葉の里の下でそれぞれの血継限界の能力者の血が途絶えないように維持管理してきました。あなたの血統もこれから何とかします」
「反吐が出るな」
「あなたは嫌いですか?うちはの血が」
「これのせいで、どんな目にあってきたと思ってるんだ」
「でも、その血があったからこそ、あなたは今まで生き延びて来れたのではないですか?これから、暗部に行かれるのでしたら、その能力はますます必要になってきますよ。どのみち、逃げられませんね」
確かにシギの言うことは図星だった。身体に流れるうちはの血。それからは死ぬまで逃れられないのだ。
「個人的意見としては、忌み嫌うよりも受け入れた方が楽になると思いますよ。一生離れられないのなら、尚更ね。まあ、ここにいる間は我慢して下さい。半年で暗部でも充分通用する身体を手に入れて、あなたの目的を果たせばいい」
目的。俺自身が掲げたもの。どうしてこいつが知っているのだ?
「何故、そんなことを言うんだ」
「いえ、なんとなく。あなたの目をみれば分かります。でなければ、期間を限定して暗部に行こうなどと思ったりしませんよ。だいたいの者が、向こうにいったままになりますからね。・・・・・たぶん、暗部に慣れるより、こっちに帰ってくることのほうが難しいと思います」
苦笑してシギは言った。おそらく、今まで何人も暗部に行ったものを知っているのだろう。そして、彼らがどうなったのかも彼は知っているのだ。
「あなたにはお分かりにならないかもしれません。が、いまある血継限界の血を絶やさずにいること。それが、ある意味では国の存亡に関わるのです。戦いが続く限り、その能力は必要になります」
「分かりたくもねぇけどな」
俺は横を向いた。シギは気にせず、手元のファイルをめくった。
「耐性実験のほうは、上手くいっているようですね」
「ああ。嘘みたいに楽になった」
「よかったです。彼にもそう言っておきましょう」
「彼?」
「あなたの耐性実験を補助する役割の者がいます。誰かは言えませんが。心配していましたので」
「そうか」
「これから、徐々に耐性をつけさせる物質の量が多くなってゆきます。最終的には、致死量でも自己解毒出来るまでに、持ってゆきますので」
「わかった」
言いくるめられたような気がしないでもなかった。でも、ここは引き下がるしかない。何にせよ、こいつは全力で役目を果たしているし、誠意を示していることには変わりないのだ。
依然として耐性実験は続いた。毎回補助を使い出した為か、それまでとは比べ物にならない程、身体は楽になった。さすがに、実験当日と翌日は副作用を見る為に施設を出してもらえなかったが。他の日にはある程度、自由を得ることが出来た。
俺は本格的に訓練を開始した。今までの遅れを取り戻したかった。せっかく、ここを抜けて暗部に行っても、そこで殺られしまっては意味がない。自分で積み上げて、取り戻すしかないのだ。
その日も俺は森で訓練していた。木を渡り、高速で移動する。少しずつ、勘が戻ってきていた。
「あっ」
突然、声が聞こえた。下に目をやると、子供が一人木にぶらさがっていた。
どうやら、俺の木を渡る振動で足を滑らせたらしい。両手で必死につかまっている。
気配に気が付かなかった。俺も、まだまだだな。そんなことを思いながら近づいた。助けなければ。
間近に行って、気付く。銀髪碧眼。いつかの少年だった。
急いで引き上げる。
「ああ、こわかったぁ。お兄さん、ありがとうございました」
大きな息と共に言って、笑う。人懐っこい笑顔。つられて、口元が緩む。
「お前、何してたんだ」
「木に登ってたら、急に枝が揺れて。足が滑っちゃった」
鼻の辺りを掻いて、恥ずかしそうにしてる。活き活きと表情を持つ、瑠璃の瞳。
妙な感じだった。髪の毛はカカシで、目はナルト。笑顔は、まるでイルカ先生だ。
なんだか懐かしい。
「木登り、好きなのか」
「ううん。オレの生まれた所って、木がなかった。でも、高いところに行きたかったから」
意味が分からず、おれは見つめた。察してか、少年が言葉を継ぐ。
「高いところなら、岩山くらい、見えるかなと思って」
「岩山?」
「オレ、岩の国で生まれたんです。岩だらけで、何もなかったけど。やっぱり見たいから」
「そうか。・・・・上、連れていってやろうか?」
「いいの?実は、登れるかなって心配だったんだ」
「ほら、来い」
引き寄せて、背負う。予想外の軽さに驚いた。そのまま木の上へと登ってゆく。
いい訓練になるかもな。
漠然とそんなことを考えていた。
木のてっぺんからは、周辺の山々と、遥か向こうに小さな村落が見えた。ここからは、木の葉の里も見えない。
「見えなかったな」
「うん」
「山にかこまれているから」
「でも、風が気持ちいいよ。お兄さん、本当にありがとうございます」
「いや。大したことじゃない」
風が、銀色の髪を揺らす。まだ子供の色を残した、柔らかいそれ。遠くを見つめる瞳。透けるように碧い。
不覚にも、あいつを思いだしてしまった。
「お兄さんは、木の葉の人?研究所の人と服がちがうね」
「これは・・・・・忍服だ」
「やっぱり!忍なんだ」
「まあな」
「そうかぁ。強いんだろうな」
「・・・・そんなことない。俺より強い奴は、一杯いる」
そうだ、俺より強い奴など、掃いて捨てる程いる。俺は、そこからのし上がって行かねばならない。
「オレ、岩登りは得意なんだよ。毎日、岩山一つ越えて水汲みに行ってたから。湧き水のでる岩山があってさ。雨が降らなくても、そこいけば水があったんだよ」
身振りする手、足。岩山を登れるとは思えぬほど、それらは細いものだった。
「あ、もう行かなきゃ。研究所の人に、怒られちゃう。抜け出してきたから」
俺は登ってきた時と同じように、少年を背負って木を降りた。
「お兄さん、いつもここにくるの」
「ああ。実験がない時はな」
「オレ、またきていいですか?邪魔しないから」
「構わないが。いいのか?」
「大丈夫。また三日後。ここにくるね」
にっこり笑って、駆けて行った。本当によく笑う。
「何か、変だな」
俺は苦笑した。子供の相手をするなんて、まるでナルトみたいだったから。
柄にもないことをした自分が、妙に可笑しかった。
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