君の見た風へ by真也
ACT2
暗部に配属されてすぐ、俺は研究施設へと送られた。木の葉の里から離れた、山奥のまた奥。
研究施設というより、それは病院に近いものだった。
俺には二年という時間しか与えられていない。その短い期間に己を磨き、暗部を網羅するつもりだった。なのに、どうしてこんなところに来なければならないのか。
納得がいかなかった。
俺は研究所員にくってかかった。しばらくして、シギという40代半ばの男がやってきた。
眼鏡に白髪が半分くらい交じったボサボサの黒髪。時折、ガリガリと頭を掻いた。姿勢の悪い立ち方は、記憶の中の誰かを髣髴とさせた。
「言いたいことは、わかります。でも、あなたはうちは一族の生き残りです。簡単に死なせる訳にはいかないんですよ。こちらも上から、あなたをちょっとやそっとで死なない身体にするよう言われてますので」
「大きなお世話だ」
「まあ、そうですね。しかし、これは火影様からの勅命です。嫌でもなんでも、ここで薬物と毒物の耐性をつけること。あともう一つ、あなたの役目を果たして下さい」
「もう一つとは何だ」
「じき分かります。とにかくあなたは上層部と約束した二年の間、暗部で生き残らなければならない。そうですね」
「・・・・ああ」
「では、実験に協力して下さい。必要なことしかしませんので」
俺は承諾するしかなかった。火影様からの勅命もさることながら、暗部で生き残らなければならないことも事実だったから。
そうだ。おれは、途中で倒れるわけにはいかない。あいつの横で、あいつの影になると決めたのだから。
不本意ながら、実験の日々が始まった。
耐性実験。それは三週間で一回りする日程だった。
まずは単体の薬物又は毒物を致死量に至らぬ量投与される。普通は食べ物などに混ぜて、少しずつ時間をかけて耐性をつけてゆくのだが、おれには体内に直接投与という方法がとられた。その分、反応は即効で大きく、吐き気や発熱など、多種多様の副作用に苦しむことになった。耐性がつくのも早かったが、体力の消耗も激しかった。
こんなことして、本当に役に立つのかと疑問はあった。しかし、シギという研究者はその都度、細かく血液検査の成績と耐性の出来た薬物、もしくは毒物の性質と特徴を細かく説明した。それどころか、どの薬物や毒物に耐性がついたか覚えるように俺に言ったのだ。
最初は不可解な行動だったが、それは奴なりの誠意であると納得するに至った。確かにどの種のものに耐性があるか、その薬物や毒物の知識を得ることは、極めて大切な事であったから。
しかし、一度に投与されるものが複数になったとたん、俺の体力は急激に落ちた。
何度目かの実験の最中、俺は副作用の発熱に苦しんでいた。意識が、高熱で朦朧としている。何か考えようとしても、上手くまとまらなかった。
熱い。身体が痛い。手足が痺れて、上手く動かない。こんなことで、暗部で耐えられるのだろうか。それより、この落ちた体力をどうにかしなければ、忍としてもやっていけないかもしれない。
駄目だ、こんなことでは。
俺は頭を振った。何とか意識をはっきりとさせたかった。
唇を噛む。写輪眼なんか、こんな時役に立ちやしない。何が血継限界だ。人殺しの能力じゃないか。
そのとき、額に何かが触れた。手の感触。ちいさな。子供みたいな。
誰・・・だ?
ああ、冷たくて気持ちいい。そういえば、母さんがよくしてくれた。
俺は氷嚢も冷やした手拭いも嫌いだったから。母さんが自分の手を氷水で冷やして、当ててくれた。兄さんが「サスケは甘えてるよな」って、よく怒ってた。でも母さんが用事ある時は、兄さんが冷やしてくれたんだ。まくら元でずっと文句を言いながら。嬉しかったよな。
ふいに冷たさは消えた。俺はまたうなされ続けた。
「聞こえますか」
シギの声だった。遠くに聞こえる。俺は首肯いた。
「かなり副作用が強いようです。このままでは体力的に心配ですので、補助物質を使います」
そう聞こえた。腕に通された管から、何かが入れらる。しばらくして呼吸が楽になった。疲れもあってか、俺はそのまま眠りに落ちた。
翌朝、不思議なことが起こった。
身体が軽い。いつも実験の後は一週間ほど倦怠感に悩まされた。なのに今回、全くそれを感じない。
俺は眉をひそめる。何をしたんだ。
シギは一言「ああ。うまく適合したみたいですね」と、呟いた。あとは何を訊いても話してくれなかった。
その後二日程、様子を見ていた。が、体調は変わらず、おれはトレーニングを開始した。
一応シギにはそのことを言っておく。彼は「脱走しないならいいです」と、端的に答えた。
脱走などするはずがない。俺はここで、成果を上げなければならないのだから。
自分で思ったよりも更に体力は落ちていた。特に足が、かなり鈍っている。この数週間、寝たきりに近い状態だったのだ。無理もない。
俺はまず歩くことから始めた。研究施設とその周りの森を歩く。思ったよりもその施設は広く、多くのセクションに分かれていた。自給自足なのか実験動物か、飼われている動物たち。栽培されているさまざまな植物。勿論、そこには毒草といわれるたぐいのものもあった。姿は見ないが、きっとどこかで毒虫や他の毒を持つ生物も飼育されているのだろう。
ある場所で珍しい気配を感じた。これは、まさか。
俺はその方向へ足を向けた。
声がする。明らかに、これは子供の?
「おっと」
その扉を開けようとして、何かがぶつかってきた。歓声とともに、飛び出てきた子供。
「ナギ!駄目だ!」中からもうひとり飛び出してきた。
銀髪。碧い目の少年。
とっさに、子供をひっつかまえた。抱きかかえて、その少年のもとに連れてくる。
「ほら」
明るい空色の瞳が、呆然と俺を見上げた。
「出ちゃ、駄目なんだろ」
ぼそりと促すと慌てて子供を受けとった。にっこりと微笑む。
「ありがとうございます。オレたち、あっちへ行っちゃ、いけなかったから」
礼儀正しく、ぺこりとお辞儀する。
「それでは」と言って、部屋の中へ帰っていった。
丁寧な物言い。そしてあの笑顔。
それはどことなく、心の奥底に住む人に似ていた。黒い髪と、黒い瞳。穏やかに笑って、背筋を真っ直ぐ伸ばして歩く、あのひとに。
『修行が足りねぇな』大きく息を吐き出す。
ここに来て初めて、肩の力を抜いた自分に気がついた。
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